special5. サシ飲み ~勇者編~

年末のお店の大掃除も終わって、完全に店も休みに入った。イロナと柚乃は一緒に休みを楽しむため、買い物に出かけた。休みだから新しいメニューでも考えるか……と思っていると、店の看板がcloseにもかかわらず、とある人が店の中に入ってくる。


「マスター、お店開いていないところ、ちょっといいか?」

勇者が片手に袋を携えて、店に入ってくる。はぁ、面倒事の香りが……


「おい!なんか面倒なことを持って来たって思っただろ?今回は違うぞ!」

「そう思うってことは、いつも面倒事持ってきている自覚はしてるようだな」

「……年末だろ?せっかくだから飲みたいなぁと思って、酒を持って来たんだ。飲もうぜ」

「質問を完全に無視しやがったな……まぁいいか。店も今日から閉めてるしいいよ」

何なら、暇だったところに酒を持ってきてくれたんだから、少し嬉しかったりもする。


「マスターならそういうと思ってた。ビールだけどいいか?」

そういうと袋から小さな樽を取り出した。二人で飲むのにちょうどいい量だ。

「あいよ。グラス持ってくるわ。あと、つまみも作ってくる」

「頼むー」


喫茶だから、普段はつまみなんてほぼない。ただ、今は年末に向けて色々ため込んでいる時期だから、つまみになるものがあったりする。


まぁビールのつまみ……としては微妙かもしれないが、ベーコンのカリカリ焼きを作った。

カリカリ焼きとグラスを二つ持っていく。勇者はカウンターでまったりと外を見ていた。


「お待ち。さて、飲みますか」

「待ってました!飲もうぜ」

グラスを持つ。すると勇者がビールの樽の栓を開けて注いでくれる。次は勇者が持ったグラスに僕が注いだ。そしてグラスを持つ。


「マスター、今年も色々お疲れさん。乾杯!」

「ホントだよ……頼むから事件は起こさないでくれ。乾杯!」


チン!とグラスを当ててから一口飲む。異世界のビールは割とフルーティーものが多く、これもそっち系だった。あえて言うなら、ヨーロッパにあるフルーティーなビールに似ていた。


「うーん。うまい。マスターが前に飲ましてくれた辛いビールもおいしかったが、やっぱり俺はこの世界のビールが一番上手いわ」

「まぁ、ビールは好き嫌いあるからね。僕もこっちのビールは好きだよ」

そういいつつ、ベーコンを食べる。ビールとベーコンって止まらないなぁと思いながら、勇者に不思議に思っていたことを聞く。


「で、なんで来たんだ?話したいことでもあるんだろ?」

「いや、何の用もないぞ。あえて言うなら、もしかしたらマスターやイロナちゃん、柚乃ちゃんと飲み会ができないかなぁと思って来ただけ。年末だし」

「……で、何を隠している?」

「俺って信用無いなぁ……いや、さすがに今回は何もないよ」


勇者からそんな言葉が出るなんて……驚きだ。


「無理やり理由を作るなら、マスターと忘年会をしたかっただけさ。今年は色々あっただろ?人間と戦争もしたし、イロナの親も探したし。ほかにも色々あったし」

「そうだな。人間との戦争は完全に勇者のおかげだしな。イロナの親の件は、、、まぁ、勇者のおかげっていうよりかは、本当に運が良かった、奇跡に近いものだと思ってる」

「それは俺も同意だね。ただ、あの件も元をたどればマスターの人徳かなぁと思ってたりもする」

「そういってくれるのは嬉しいねぇ」


人に褒められた時のビールってなんでこれほどおいしいんだろう。


「と、色々あったんだからこそ、忘れたいこともいっぱいあるわけで。だから忘年会をやりに来たのさ」

勇者はぐっとビールを飲む。空いたグラスに僕からビールを注ぐ。


「ありがとよ。まぁ、ここ数日、色々なやつとどんちゃん騒ぎで飲んではいたが……マスターとサシ飲みっていうのも悪くない」

「そういってくれるのは嬉しいが、また酒で失敗してないだろうな?」

「さすがの俺も二回も同じミスはしない……と思いたい」


話せば話すほど声が小さくなっていく。言葉に自信が無いということは、絶対何回か記憶飛ばしてるな……そう思っていると、勇者が俺の方をじっと見て話しかけてくる。


「そういうなら、マスターは今年は何も忘れたいことは無いのか?」

「うーん。そうだな。あえて言うなら、初めてイロナを連れてきたときに、勇者に対して面倒事を持ってきやがって……って色々言ったことか。あれはイロナが可哀想だったと思うし、少し反省してる」

「まてまて、もっとあるだろ?柚乃ちゃんに手を出しかけたとか、イロナちゃんに大人の階段を教えちゃったとか」


僕はビールを思いっきり噴き出した。この勇者は何を言ってるんだ!?僕がそんなことやるわけないだろう。

「ビールを噴き出すってことは、まさかの図星? マスターがそんな人間だったなんて……」

「とりあえず……デコピンでもしてあげようか?」

「やめてくれ。この店でのマスターのデコピンは殺人級じゃないか」

「昔、ミアにやったときはすごく手加減したんだ。なんか全力で今やりたい気分なんだ」


勇者に打つ練習として、何もない所目掛けてデコピンをはじいてみた。すると轟音と衝撃波で10m程度先にあった観葉植物の葉っぱがバタバタとかなりなびいた。それを勇者が見て顔が真っ青になる。


「……マスター、冗談が過ぎた。すまん。お酒を飲みすぎたみたいだ」

「そうだよな、勇者。僕は今回はたまたま何も聞こえなかったが、次なんか聞こえたらデコピンを遠慮なくするからな」


目の前の勇者はこくこくと首を縦に振るだけだ。相当怖かったように見える。僕はビールをぐっと飲んで、話しかける。


「勇者は来年、何かしたいことはあるのか?」

勇者はうーんと悩みながら、返事をしてくれた。

「俺の夢をそろそろ叶えることかな、今は色々あって進めれてないけど、来年こそ夢をみんなの力で叶えたいと思ってる」

「ふーん。で、その夢っていうのは?」

「あれ?マスターに言ったことなかったっけ?俺の夢はな……」



話はどんどん盛り上がる。この後、柚乃とイロナが帰ってきて、昼間に関わらずお酒をがぶ飲みしていることが、ばれてしまい、勇者ともどもこっぴどく怒られたのはまた別の話。

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