special3.クリスマスイブ

異世界でも年末に近づくほど町は賑やかになっていく。ただ、こちらの世界のようなイルミネーションとかはなく、町に旗や特別なご飯が並ぶだけだ。また、年末の日しか騒ぐことをしない。つまり、こちらの世界のようなクリスマスという概念が存在しない。


「イロナちゃんは、サンタさんに何を頼むの~。明日はクリスマスだよ~」

開店前でお客が一人しかいないため、柚乃もイロナものんびりしていた。その際に柚乃がふと言った一言だったが、イロナにとっては何もわからない。

「柚乃さん。申し訳ないのですが……サンタってどなたでしょうか?一度ゆずみちでお会いしたことありましたっけ?」


僕はあまりの吹っ飛んだ返しに、入れていたコーヒーをこぼしかけた。サンタがこの店に普通に来たら明らか不審人物だ。この異世界にあのような赤い服、帽子で白いひげを蓄えた人はさすがに見たことがない。柚乃もどのように返事をすべきか悩んでいるようだ。


僕の動揺を目の前のカウンターに座っている魔王は少し怪訝な顔をして聞いてくる。

「マスター?どうかしたの?」

「いえ、ちょっと……お気になさらず。はい、アメリカンコーヒーお待ち」

魔王にサンタの話をしても伝わらないことがわかっていたのでお茶を濁した返事をしつつ、淹れたアメリカンコーヒーを魔王に手渡した。


「ありがと!開店前に来ちゃってごめんねー」

「いえいえ、お気になさらず」

僕は開店に向けて準備をする素振りをしつつ、イロナと柚乃の会話に入る。


「イロナちゃん。サンタっていうのは、僕たちの世界で、一年間いい子にしていた人に色々なプレゼントを配る人のこと。ちなみに、クリスマスイブの深夜にプレゼントを置いてくれるだ」

まぁ、本当は色々違うが、異世界の人たちに関係のないことは省いて話した。イロナが目を輝かしてくれるかと思ったが、少し悲しそうな感じで聞いてくる。

「マスターさん……私、この一年間いい子にできていたのでしょうか。マスターさんと一緒に住むまでは何一ついいことできてないですし……このお店に出会ってからもいい子だったっていう自信がないです……」

なるほど、そう考えるのかと思いつつフォローを入れようとしたら、柚乃が少し怒りながらイロナに話す。


「イロナちゃんは、すっごくいい子だったよ~!!私も、マスターもずっと一緒に見てきたから自信もって~」

ナイス柚乃。そう思いながら続けて僕が話す。

「そうだね。確かにイロナちゃんがここに来るまでのことはわからないけど、ここに来てからすごくいい子にしていたから大丈夫だよ!」

そんなことを話していると、魔王もコーヒーカップを持ちながら話しに来た。

「なんか詳しい話は分からないけど……イロナちゃんは、ちゃんとこの店でしっかり働いて、みんなからも愛されているし。大丈夫なんじゃない?」


みんなから優しい言葉をかけられたからか、少し目に涙をためながらイロナが話す。

「皆さん……ありがとうございます」

イロナが頭をこっちに下げる。いや、頭を下げるような話だったか?

そう思いながら、僕はイロナに聞いておく。


「で、イロナちゃんはどんなものが欲しいの?」

イロナはうーんと悩み始めた。確かに、急に欲しいものを聞かれたら普通は悩むか。すると思い出したかのように小さな声で呟いた。

「……マフラー」

僕は頭に?マークが飛び交う。なんでマフラーなんだ?そう思っていると柚乃が理由を教えてくれた。


「確か雪合戦の時にその話したね~。イロナちゃんがマフラーをしてなかったんだよね」

「そうです、柚乃さんが雪合戦の時にマフラーしていて。初めて見るものだったから、長いやつなんですか、って聞いてみたらわざわざ私の首にかけてくれて。その時とっても嬉しかったし、とっても温かかったので……」


なるほど。ってあれ? 柚乃に渡したマフラーって、イロナが高校生に上がった記念でどうしても欲しい~って駄々こねた時に買ってあげたものだった気が。なかなか高かったから覚えてる。


「マスター、イロナちゃんはマフラーが欲しいらしいですよ~。サンタさんに届くといいなぁ~」

柚乃がにやにやしながらこちらを向いて話してくる。うーん。聞いちゃったからには何かしてあげないと。まだ朝だし、昼に抜ければ間に合うでしょう。

「そうだね。サンタさんに届くようにクリスマスツリーにでもメッセージカード書きますか」

そんな風習は無いはずだが、これでマフラーが来たらさすがにあやしすぎる気がしたので、メッセージカードを書く案をその場で考えた。目を輝かしながらイロナは返事をする。

「はい!マスターさん。私、やっぱりマフラーが欲しいです!一年間いい子だったかわかりませんが、もしかしたら思いが届くかもしれないので、メッセージカード書きます!!」


うん。絶対に買いに行かないと。そう思いながら、裏手に残っていたメッセージカードとペンをイロナに渡す。柚乃も僕の話に乗ってくれて、イロナと一緒にメッセージカードを書き始めた。その様子を見た魔王が一言、

「やっぱりこの二人、姉妹みたいね。仲良くて嬉しいわ」


僕もうれしい気持ちになりつつ、二人が楽しそうにメッセージカードを書く様子を少し眺めていた。

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