order22. ココアと秘密の言葉

雪がちらほらと降っている夜中、魔王とメイドのアリスは暖かい場所を求めて、隅っこの電気ヒーターがおいてあるテーブル席でのんびりしていた。

「外は寒いけど、この赤く光るものの前はあったかくてたまらん」

「そうですね、魔王様。私たちの城にもたくさんほしいです」


魔王とアリスは両手をヒーターの近くに出して温まりながら待っているようだ。

そこにイロナが飲み物をもって現れた。

「はい。魔王様はアメリカンコーヒー、アリスさんは氷抜きのオレンジジュースです」

「ありがと!これでさらに温まれるわ……」

「イロナ様、持ってきていただきありがとうございます。私はもう少し温まってからいただきますね」


魔王とアリスはイロナから自分たちの分を受け取り、魔王はすかさず飲み始める。

「体の中もアメリカンコーヒーで温まってきたし、もうこの店からは出られないわね」

そう呟きながらまったりと魔王はアメリカンコーヒーを飲んでいた。


店内は夜中だからか、いつも通りほとんど客がいない。ふと、魔王は何の気なしにイロナの方を向いた。イロナは空いたテーブルを拭いていたものの、顔は少し悩んでいるようだった。それを見た魔王は店内のマスターに聞こえるぐらい少し大きな声で話す。

「イロナちゃん。せっかくだから横に座らない? マスター、別にいいわよね?」

「別にいいよ。客も一通り帰っちゃったし」

とマスターは明日の仕込みをしながら、カウンター奥から振り向かずに返事をした。

「決定!イロナちゃん、それ片づけたら来てね」

「わかりました。魔王様」

イロナは少し固くなりながらも返事をした。


魔王とアリスは各々の飲み物を楽しみつつ話しながら少し待った。すると、イロナが現れた。

「すみません、お待たせしました」

「いや、気にしなくていいよ。それより、もう少し固くない方が良いかなぁ。あくまでこの店では友達と思ってくれたら嬉しいな」

「イロナ様。魔王様はこのお店では威厳なんてほぼないみたいなものですから。べろべろに酔っぱらってきた時なんて……なので、まったく気をつかう必要なんてありません」

「ぐぬぬ……本当のことだから何も言えないわね」


魔王はアリスの言葉に一瞬顔を歪ませたものの、すぐにニコッとしてイロナの方を向く。するとマスターが飲み物をもってきた。

「魔王さん、アメリカンコーヒーのお代わり持って来たよ。そろそろだと思って。あとイロナちゃんにはホットココアね。今日がんばった分のプレゼント」

「マスター、さすが。完璧なタイミングだわ」

「マスターさん、ありがとうございます」

魔王とイロナはほぼ同時に感謝を伝えた。マスターは少し恥ずかしそうにカウンター奥まで明日の準備のため戻っていった。


魔王はイロナの方に向かってゆっくりと話しかける。

「イロナちゃんってこのお店にきて、どれぐらい経った?」

「そろそろ二か月ぐらいでしょうか……」

「まだそんな期間しか経ってないの!?完全に馴染んでいるけど」

「いえ、そんなことはないですよ」


イロナは恥ずかしいのか少しうつむきながら、でも嬉しそうに答えつつホットココアを飲んだ。ホットココアのしっかりした甘さとその温かさからイロナの顔がさらに緩む。でも、すぐに少し悩んでいる顔になった。その顔を魔王は見逃さず、さりげなく聞いた。


「いやいや、もっと自信持った方がいいよ。それとも、何か悩みでもあるの?」

「えっ!? いえ、悩みというほどではないのですが……」

「マスターも柚乃ちゃんもここにはいないから。言っていいわよ」

「イロナ様、私もぜひ何かお手伝いできることはありませんでしょうか。いつもお世話になっているお礼もかねて」

魔王とアリスは優しい言葉でイロナに声をかける。イロナは自分の持っているホットココアを少し揺らしながら見ていた。そしてもじもじとしながら少しずつ話し始めた。


「絶対言わないでほしいのですが……ここにきて二か月、マスターさんや柚乃さんがすごく優しくて、本当に楽しい日々を過ごせています。でも、ここまでやさしくされたことがこれまでなかったので、何か急に失望されたりしないか凄く不安で……」

どんどん声が小さくなっていく。魔王もアリスもお互いの顔を見合わせた。アリスは魔王に対して無言で頷き、魔王はイロナに向かってゆっくりと問いかけた。


「なるほど。その素直な気持ちはすごく大切なものだね。ちなみにマスターや柚乃ちゃんには直接聞いてみた?」

「いえ、何を聞けばいいかもわからないですし、聞く勇気もなく……」

「そうでしょうね。じゃあ、勇気の出る秘密の言葉を教えてあげようかしら。次話すときに……」


・・・・・・


魔王とアリスはイロナとの話が終わったのかマスターにまた来るわと言いながら帰っていった。

そのあと、イロナとマスター、柚乃の三人でごはんを準備して食べ始めた。


「マスターのご飯はおいしい~」

柚乃はいつも通りニコニコしながらご飯を食べる。

イロナも普通に食べているようだが、その顔は少し固い。そして深呼吸をして意を決したのか口を開く。


「マスターさん。あのね……」

イロナは言葉が続かなかった。マスターと柚乃が不思議そうに問いかけた。

「イロナちゃん。どうかした?」

「イロナちゃん~。まさか晩御飯に嫌いなものでもあったの~」

イロナは優しい言葉に泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。


「……二人はどうしてそんなにも私に優しくしてくれるのですか?私は二人に何もできてないのに」

マスターと柚乃はその言葉と姿にほんの少しだけ声が詰まった。でもすぐにマスターと柚乃はいつもの顔に戻って声をかけた。

「いや、イロナちゃんから色々もらっているよ。元気も明るさも。今やこの喫茶店になくてはならない人って感じかなぁ。恥ずかしいけど、半分家族だとも思っているよ」

「そうそう~。マスターの言う通り。こうやって一緒にご飯を食べられるだけで楽しい気持ちをもらっているよ~」


言った後にマスターは少し恥ずかしそうにしていたものの、二人ともイロナの方をまっすぐ見ながら話した。イロナは泣くのを我慢できず、泣き始めた。そして、

「……ありがとうございます」

と呟くように言った。その姿を見た柚乃は

「そうだ~!秘蔵のデザート作ってたの忘れてた。みんなで食べよ~」

そういいながら、イロナの頭をポンとたたいてカウンター奥の冷蔵庫めがけて行った。

イロナはマスターと柚乃に感謝しつつも、魔王の言葉を思い出して心から感謝していた。



「……深呼吸してから、『マスター、あのね』って言ってみなさい。そのあとは自分の心から出る言葉に素直になってみなさい。この言葉がちゃんと言えれば、もやもやは解決すると思うわよ」



ここは、あのね……の一言から話がつながることのできる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどんな秘密の言葉を聞くことができるでしょうか。

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