order21. コーンスープと酔っ払い再び

お昼以外は寒いと感じるようになってきた季節。雪はまだ降っていないものの、夜はかなり冷える。閉店しかけの時間にもかかわらず、店内からは何を話しているかわからないような悲鳴が上がっていた。



「あいちゅは……ほんとうに……くずやろうだわ!!」

魔王はカウンターで泣き叫んでいる。どこかで見たことがある風景にマスターはため息をつきながらアメリカンコーヒーを作っている。さらに、今回は以前と違ってアリスもいないのでイロナが対応する。


「魔王様……このお店入ってきてから飲み物も頼まずに泣いてばかり。どうしたんですか?」

「ありすちゃん。くずやろうにゃのよ……あいつは!!」

「魔王様。何があったか教えてくれませんか?」

「うぅ……くずやろうで、しゃいていで……」


アリスがいないので全く会話になっていない。それどころか、止める人がいないからなのか、前よりもべろべろに酔っている。かといって相手が魔王であるが故にイロナは無下にもできない。こんな時に限って柚乃も買い物に行っていたため店にはいなかった。

イロナがあまりにも困っているようなのでマスターがアメリカンコーヒーを持って助け舟を出す。


「魔王さん。イロナちゃんが少し困ってますよ。ちゃんと今回のお話を聞かせてください」

「うん……」

マスターにやさしい注意を受けた魔王は少ししゅんとしながら、自分の言葉で少しずつ話始めた。マスターとイロナはちゃんと間違えずに聞くために真剣な眼差しで魔王の方を見る。


「こんかいのしぇんしょうで、いろいろたしゅけてもらったから、ごはんにいきましょっていってきたの。そこで、あまりわたしはいわないけど、『こんかいは、ありがと!』っていったのよ」

マスターは地雷を踏みぬかないように念のため復唱する。

「戦争で助けてもらったから、お礼にご飯行ってきたのね。そこでありがとうと言ったと」


「しょしたら、あいちゅはなんていったとおもう?『うわ。きもちわりゅ』っていってきたのよ……がんばっていったのに……ほんとうに、さいていのくずやろうだわ!」

「頑張ってお礼言ったのに、相手は気持ち悪いといってきたと。魔王さんは頑張って話したのにその方は最低ですね」

「しゃいていなやつだったから、ぼこぼこにしてきた……うわーん。ましゅたー。なぐしゃめて……」

魔王は珍しく、入れられたコーヒーに口もつけずカウンターに突っ伏す。マスターは朝に見た光景を思い出しながら話しかける。

「よく頑張ったよ、魔王さん。僕は思いをちゃんと伝えることができただけでも、すごい手柄だと思うよ」

「うぅ……ないちゃう」

魔王はさらにボロボロ涙を流し始めた。あまりにもボロボロ泣くので、イロナはハンカチを渡す。

「はい。魔王様。これで涙を拭いてください」

「はんかちありがと。ますたーといろなちゃんになぐさめてもらってうれしかった」

そういうと、少し落ち着いたのか涙を拭いたハンカチをイロナに返す。


魔王が落ち着いて、少しコーヒーを飲んでいると、喫茶店の扉が勢いよく開いた。そこには頭に可愛い角がある、汗だくになったメイド服の女性と、これまた頭にかっこいい角がある、汗だくになった足がなく尻尾だけの女性が立っていた。そしてメイド服をきた女性が叫ぶ。


「魔王様!!!!!!!探したんですよ!!!!!!!!!」

つかつかと入ってきたアリスは魔王の方にとてつもない形相で入ってくる。その後ろから尻尾だけの女性が申し訳なさそうについていく。

「アリスとルーリエ?わざわざどうしたの?」

「どうしたもこうしたもありません!ご飯の終わりの時間に合わせてルーリエが魔王様をお迎えに行ったところ、30分も前に店で喧嘩して出て行ったと言われ、パニックですよ!昨日の夜から色々な所を探したんですから!」

後ろから来ていたラミアの女性であるルーリエは目の前のアリスの怒りようがあまりにも怖くて少したじろいでいた。


「アリス……本当に申し訳なかった」

魔王はアリスに頭を下げる。アリスは少し冷静に魔王の顔を見ると、完全に目が涙で腫れていることがわかり、少し怒りが落ち着いたようだった。

「魔王様。あなた様がいらっしゃらないと魔族はおしまいなのです。次からはどんだけ辛いことがあっても、せめて私にご一報だけでもください」

アリスは本当にほっとしたのか、魔王の目を見ながらしっかりと話す。魔王もしっかりと言葉を出さずにうなずいた。その様子を見てルーリエが話しかける。

「魔王様。本当に何もお怪我が無くて良かったです。わたくしめも本当に安心いたしました」

「ルーリエ……本当に迷惑をかけた」


魔王はルーリエにも頭を下げる。

「もったいなきお言葉。お気になさらないでください」

ルーリエも頭を下げた。魔王は頭をあげてアリスとルーリエに話す。

「せっかくだから、何か三人で飲まないか?ルーリエはこの店は初めてだろうし、お詫びも込みで」

「アリス様、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか。わたくしめ、色々走り回って喉が渇きました」

「そうですね。少し休憩しましょう」


二人は魔王の両隣に座る。アリスは目の前のバタバタに呆気に取られていたマスターに話しかける。

「マスター様、色々ご迷惑おかけいたしました……そしてさらに申し訳ないのですが、オレンジジュースの氷ありをお願いいたします。ルーリエは何を飲みますか?」

「わたくしめは……喉は乾いたものの、外が寒かったので温かい飲み物が欲しいです。できれば野菜の甘みを感じれるものだとうれしいです」

マスターは話しかけられて我に返ったのか、返事をする。

「あぁ。アリスさんと……ルーリエさんだっけか。了解。ちょいとお待ちを」

マスターは準備に取り掛かる。


マスターが準備している間、魔王はどうしてマスターの店に行ったのか、マスターに話した話を二人にもした。二人共から出た言葉は「本当にそいつ、最低なやつですね……」という言葉だった。


話が終わったと同時ぐらいにマスターが飲み物を持って来た。アリスにはいつも通りのオレンジジュースを、ルーリエにはコーンスープを持って来た。

「はい。アリスさんにはいつものやつ。ルーリエさんには温かくて野菜の甘みが欲しいとのことだったので、トウモロコシという野菜のスープを持って来たよ。おそらくこっちの方が飲みやすいだろうしね」

コーンスープはそこの浅いお皿に入れられていた。トウモロコシ黄色と牛乳の白がいい感じに混ざった綺麗な薄黄色になっていた。真ん中にはクルトンがほんの少し入っているだけで他は何も内容だった。ただ、出来立てなのかかなり湯気が立っていた。


その湯気の甘い香りにルーリエは驚く。

「初めてこの甘い香りをかぎましたが……とってもおいしそうですね。いただきます」

そういうと、器用にスプーンを使ってスープをすくい、長い舌を使って舐めはじめた。コーンスープの温度が火傷しない程度のちょうどいい温度なのか、どんどん食べ続ける。アリスと魔王も各自の飲み物を楽しそうに飲みはじめた。ただ、スープをなめていたルーリエはあまりにおいしかったのか、あっという間に完食した。そしてマスターに話しかける。


「マスターさん!わたくしめ、これまで食べてきたもの中で一番おいしかったです!!ぜひもう一杯いただけませんでしょうか?」

「あいよ。魔王を心配してここまで来てくれたんだ。どうせ魔王が払ってくれるからどんどん頼んでくれ」

その言葉に魔王はむっとしながら返事をする。

「マスター。それは酷くない?」

「魔王さん、これだけ心配してくれた部下をないがしろにするのかい?僕は幻滅しちゃうかも……」

「アリス、ルーリエ。いくらでもお代わりしていいからね」

マスターに幻滅されたくないのか。魔王は慌ててアリスとルーリエに話しかける。アリスとルーリエは珍しい魔王の慌てふためきを見ることができて、我慢できずに笑った。


ここは、上司思いの部下が集まる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような酔っ払いを見ることができるのでしょうか。

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