order20. カツサンドと薬箱
お昼以外は寒いと感じるようになってきた季節。雪はまだ降っていないものの、かなり朝から冷える。ゆずみちも開店したばかりにもかかわらず、店内からは若干の悲鳴が上がっていた。
「痛い!しみる!!柚乃ちゃん、もう少し優しくして!!」
「えぇ~これでも優しくしてるつもりですよ~」
テーブル席で勇者の足に消毒液を柚乃がつけている。その様子を見ていたイロナは勇者に尋ねる。
「勇者さん、なんでそんなにもボロボロなんですか?全身いたるところが汚いですし……怪我してますし……」
「いや、それが覚えてなくて……昨日、夜にご飯行ったんだけど、お酒をかなり飲んでから記憶があいまいなんだ……イテテ」
勇者は本当に覚えていないようだ。その姿を見て処置をしながら柚乃が言う。
「また、誰かに迷惑かけてぶち切れられたんじゃないですか?勇者さんはそういうことしそう~」
「いや、さすがに同じことを繰り返すほど愚かじゃない……と思いたいんだけどなぁ……ギャー!」
勇者は再び痛みに耐えかねて雄たけびを上げる。そこにマスターが現れた。
「勇者さん、とりあえずここにアイスカフェオレ置いとくね。まぁ柚乃の処置終わってからゆっくり飲んで」
「マスターありがと!すぐにもら……イタイ!!!」
勇者は痛みに耐えかねて丸くなる。柚乃は消毒するたびに痛がるのですごくやりづらそうだ。
すると、お店の扉がチリンとなった。柚乃は勇者の対応をしているので、イロナが対応に向かう。
「いらっちゃいませ。お客様」
そこに来たお客は、女性で少し大きめのカバンを背負っていた。服もこの世界で一般的なものだ。頭に角が無いことから人間であることはわかる。
「初めてなんだが……どこの席に座ってもいいか?」
「はい。空いている席であればどこでも結構ですよ!」
女性はカウンターの方に歩き、カバンを自分の座る席の隣においてから椅子に座る。
マスターがカウンターの女性の方に向かって話しかける。
「いらっしゃい」
「こんにちは。この店初めてなんだが、どんなものが頂けるんだ?」
「はい。この店では……」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
マスターと女性が話そうとした途端、テーブルの方で処置を受けていた勇者が大きな叫び声をあげた。
「勇者さん~この足にある大きな傷だと仕方ないですよ~我慢してください!」
柚乃が少し怒った様子で勇者に話しかける。勇者はあまりの痛さに返事もできていない。
その様子を見たマスターは女性に謝る
「お客さん……うるさくてすみません。お気になさらず」
「いつもあの方はあんな感じなのか?」
「いえ、そんなことはないのですが……昨日お酒を飲んで何かやらかしたようで全身ボロボロという感じです」
「はぁ……」
女性はため息を大きくつくと、横に置いていたカバンから箱をひとつ取り出して床に転がってうずくまっている、勇者の方に向かって話しかける。
「そこのあなた。傷を見せなさい」
「……」
勇者は悶えて答えることもできない。女性はうずくまっていた勇者の傷をわざと蹴った
「ギャーーーーー!!!」
勇者は女性に傷を見せる姿になった。女性は傷を見てから箱の中から一つ、手に乗るぐらいの容器を取り出す。それを開けると、白い色をしたクリームのようなものが入っていた。
それをひとすくいして、勇者の傷に塗り広げる。また叫び声が聞こえると思っていたイロナは両目をギュッとつむりながら耳をふさぎ、柚乃も違う方を向く。が、待っても悲鳴は一つも上がらなかった。
「痛く……ない!?」
勇者は驚きながら自分の傷を見る。すると傷はすでにふさがっていて、痛みもなくなっているようだった。勇者は怪我をしていた部分を恐る恐る動かす。
「動かしても痛くない……その薬は一体……」
「これかい?これは私が調合した傷薬さ。あんたにはもったいない気もしたが、あれだけ痛がられてたら気の毒になっちまった」
女性は薬を薬箱に片づけながら答える。それを見ていた残りの三人が声をかける。
「あんたすごいな。ありがとよ!」
「ありがとうございます~助かりました~!」
「勇者さんを助けていただいてありがとうございます」
女性は手を振りながら
「こんな小さなことは気にしないでくれ。さて、何を食べようか……マスター、おすすめは?」
「そうそう。どんな感じで食べたいですか?」
「うーん、今のうるさいので腹が減っちまった。がっつけるもの何かあるか?」
「はいよ。ちょいとお待ちを」
マスターはそういうと、さっそく料理に取り掛かる。
勇者は女性に向かいお礼を言う。
「そこの女性、本当にありがとう。お名前を教えてくれないか?」
「あぁ。私の名か?ゆず、ってもんだ」
その名前を聞いて柚乃が驚く。
「ゆずですか~?私の名前とかなり似てますね!!」
「そうなのかい?名前は何て言うの?」
「柚乃って言います~」
「柚乃ちゃんねぇ。よろしく!」
「はい!よろしくお願いします~」
これを機に、イロナと勇者とも自己紹介を始めた。そこからたわいもない話になる。
「ゆずちゃんは、なんでここに来られたんですか~」
「正直大した理由は無いかな。世界の色々な所を見たくて、色々回っていてたまたま見つけた店だからね」
「理由もなく色々なところを旅しているんですね~。大変そう」
「そうなのよ。最近は疲れなのか、あんまり記憶がはっきりしないのよね……」
「そこまで疲れるなんて大変ですね……普段は何しているんですか~?」
と、色々な話で盛り上がっていると、マスターが食べ物を持って来た。
「ゆずさん。先ほどはありがとう。これは僕からのお礼で。はい、カツサンド」
マスターはトーストで作ったカツサンドを持って来た。トーストは対角線に切られていて、カツの部分がはっきり見える。カツはかなり厚く、パンとカツの間からとんかつソースのような濃い茶色の液体が少し漏れている。野菜は一つも入っていない、本当にパンとカツで作ったカツサンドのようだ。
「うわ!カツが厚くてすごくおいしそう!!頂きます!!!」
そういうと、ゆずは手でカツサンドを握って頬張った。噛んだそばから肉汁があふれ出るのか、ゆずの顔はどんどん緩む。
「揚げたてのカツサンド……やっぱりおいしいなぁ」
そういうと、どんどん食べていく……お腹が減っていたのか気づいた時には食べ終えていた。
「ご馳走様!マスター、これ本当においしいね。ジューシーで最高だよ!」
「ありがとうございます、勇者を助けてくれたお礼としてはお安いものです」
マスターはそういうと、改めてゆずにお礼を言った。ゆずはお礼を言われてむず痒いのか明後日の方向を見ながら答える。
「そんなのやめてくれ。薬師として当たり前のことをしたまでさ……さて、お腹も満たしたし、出発するか」
ゆずはカバンを持って立ち上がって扉に向かう。柚乃とイロナ、勇者も再びお礼を言った。
「ゆずちゃん。また来てくださいね~」
「ゆずさん、本当にありがとうございました。また来てください」
「ゆずさん、ありがとよ!またどこかで色々話でもさせてくれよ~」
ゆずは三人の方を見ずに手をひらひらしながら去っていった。
ここは、とても心優しい人も集まる喫茶「ゆずみち」
さて、次はどのようなやさしさを見ることができるのでしょうか。
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