order19. 紅茶と四天王
秋の涼しさも通り越して、寒いと感じるような夜。喫茶ゆずみちはいつも通りお店を開いていた。喫茶の中をのぞいてみると戦争が終わったためか、活気はいつもの感じに戻っていたのだが、今日は少し活気が少なかった。その原因はカウンターにいる三人の姿であり、特に魔族は入店するや否や踵を返すものもいた。
「ちょっとお礼を言いに来たわ」
カウンターに座った魔王はマスターにそういった。あとの二人は魔王の後ろで直立不動、微動だにしない。
「お礼は嬉しいのだが……後ろのお二方もカウンターにお座りになれば?」
マスターは後ろ二人の姿が気になって二人にいう。
二人とも全身黒いマントで覆われている。ただ、一人は明らかに立派な八重歯がきらりと光っており、もう一人は腰ぐらいの長さで先端にとてもきれいな宝石か何かを埋めている立派な杖を携えている。姿からどちらも女性のようには見える。
「魔王様の同伴なので、お気になさらず!」
「はい。ありがとうございます……ただ、お気にならさず……」
八重歯の女性ははきはきと、杖を持った女性は静かに答えた。
マスターは頭を抱えて魔王に言う。
「後ろ二人をカウンターに座らせてくれ。やりにくいのと、お客の邪魔になるかもしれないから」
「そうだね。アヤメ、フェニル、横に座ってはくれんか?」
「「御意に」」
魔王の後ろで立っていた二人はさっと魔王の両隣に座る。その姿を見て少しほっとしたマスターは三人に尋ねる。
「で、お礼の前に何を飲む?魔王はアメリカンコーヒーとして、お二方は?」
「お茶とかはあるか?それがあるなら飲みたい」
「私は……アヤメと同じもので」
「お茶ねぇ。紅茶ならあるから、それにするよ。ちょいとお待ちを」
マスターは三人分の飲み物を準備し始める。魔王はそのマスターに声をかける。
「さて、ちゃんと戦争終結のお礼を改めて言いたくて今日は伺ったわ。本当にありがとう」
「ありがとうございます。まぁ、僕は何もしてないですから」
「いや、ちょっと前にあいつに会って、ことの顛末を聞いたわ。どう考えてもマスターのおかげもあるじゃない。まぁ……とりあえずどうにかなってよかったわ」
魔王はニコニコしていて、心の底から今回の戦争が平和に終わってよかったと思っているようだ。そして続けて話す。
「で、今回は側近でお礼をどうしても言いたいってうるさい二人を連れてきたわ。八重歯の彼女が吸血鬼のアヤメ、立派な杖を持った彼女が大魔導士のフェニル」
すると魔王の両隣の二人は起立し、マスターに向かって話しながら頭を下げる。
「初めまして。私がアヤメと申します。今回の戦争では本当にありがとうございました」
「初めまして……私がフェニルと言います……。アヤメともどもありがとうございました……」
マスターは準備しながらも二人の様子に驚き、返事をする
「アヤメさんとフェニルさんだっけか。いえ、こちらこそ平和に戦争を終わらしてくれてありがとう」
マスターの返事もそこそこにアヤメが話しかける。
「いえ、感謝するのは私たちの方です。魔王様の勅命であちらの青い兜をかぶったやつと背の高さ大剣を持ったやつをフェニルと共に止めに行ったのですが……正直勝てるとは思えないぐらい強く、守っているだけで精一杯でした」
アヤメは戦争時の怖さを思い出しているのか、若干ながら震え声になっていた。ただ続けて力強く話す。
「バックにいた魔物にサポートをお願いしながらギリギリ耐え忍んでいたのです。とある日、急に武器を振るスピードが急激に早くなり、もう勝てないかも……とあきらめかけたのですが、なぜかダメージがなく。逆に反転攻勢して責め立てることができました。ただ、あまりの身体能力に敵を捕まえることはできませんでしたが、前線を誰も欠けずに維持することができました」
横で話を聞いていたフェニルも話はしないものの、うなずいていた。
「なぜこのようになったのかわからなかったのですが、魔王様に聞くと、この店の店主が裏で暗躍したとお伺いして、お礼をどうしても言いたく……本日はお伺いした限りです」
アヤメはキラキラした目でマスターを見ている。マスターは羨望の眼差しから目をそらしながら魔王にだけ聞こえる小声で話しかける。
「おい魔王さん、どう考えても話盛りすぎじゃないか?あくまでやったのは人間側だろ?」
「魔族にはその話を大っぴらにできないのよ。人間嫌いも全くいない訳じゃないし。そうなるとマスターみたいな中立の人間がやったことにすれば幾分か、マシじゃないかと思ったのよ。まぁいいじゃない、感謝されて嫌じゃないでしょ」
「……ここまでの感謝はちょっとごめんだね」
マスターは魔王との小話を終えつつ、飲み物ができたので三人の目の前に飲み物を置きつつ話す。
「アヤメさん。感謝は受け取っておきますが、この戦争はあなた方によって止めたことは誇ってくださいね。さて、魔王さんにはいつものやつを。お二方には紅茶を用意しました」
魔王にはアメリカンコーヒーを置き、アヤメとフェニルには紅茶を置いた。
紅茶は透き通った赤色をしていて、ほんの少しだけ柑橘系のような香りがする。魔王がアメリカンコーヒーをすでに飲んでいることに気づいた二人は紅茶を手に取る。
「あっ。本当に……いい香り……」
フェニルは自然と声が出ていた。アヤメもその言葉を聞いてうなずいている。
そして一口飲んで……二人とも目を見開く。
「こんなおいしいお茶飲んだことない!!」
「私も……飲んだことない……」
2人は香りを楽しみながら、おいしそうにお茶を飲む。
その姿を見て魔王は嬉しいのか少しニコニコしながら自分のコーヒーを飲む。
マスターは紅茶が受け入れられたことにほっとしつつ、魔王に再び小声で尋ねる。
「このお二方がパラユニを止めていたんだ。お強い方なんだろうな」
「まぁ、一応……魔族の四天王の二人だからね」
「えっ、マジで?」
「マジよ。この二人と黒騎士、あとオーガ族のダズで四天王。まぁ、黒騎士だけとびぬけて強いけど」
魔王はしれっと答える。マスターは四天王を目の前に魔王にため口で話していることが怒られないか急に気になり始めて少しびくびくする。魔王はその姿をみて笑った。
「そんな気をつかわなくて大丈夫よ。この二人にはマスターとの関係は話しているから。そんなことよりコーヒーお代わり」
魔王のその言葉を聞いた左右の二人も声を合わせて言う。
「マスターさん、私にもこれのお代わりを!」
「おいしかったです……私もお代わりお願いできませんか?」
マスターは緊張が抜けないのか、少しぎこちない様子で答える。
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ……」
いつもと違って少し緊張しているマスターを見ることができた魔王はクスクスと笑っていた
ここは、マスターでも緊張することのある喫茶「ゆずみち」
さて、次はどのようなお偉い人を見ることができるのでしょうか。
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