order18. ホールケーキとお祭り

外は完全に日が落ちて、夜になっている。いつもならこの時間でも表に「OPEN」の文字がかかっているはずなのに、今日は「CLOSE」の文字が。ただ店は煌々と光が漏れている。さらにいつもより、笑い声などかたくさん聞こえる。


「おい、そろそろ始めるぞー。みんな飲み物は持ったか?」

マスターはいつもなら飲まないビールを片手に声をあげる。

この場にはマスターのほかに勇者、サーシャ、柚乃、イロナ、ルイ、リリー、ミアが集まっていた。

そして机は中央に集められ、大量の食べ物と飲み物が並べられている。

各々、飲み物を持つ。もちろんビールなどが飲めないイロナやリリーはオレンジジュースを持っていた。


「じゃぁ時間ももったいないので……戦争お疲れさまでした!!乾杯!!」

「「「 乾杯!!!」」」

みんな一斉に叫ぶ。そして……一夜限りのどんちゃん騒ぎが始まった。



・・・・・・



「……しかし、私たちはいてもいいのでしょうか。何もしてない気が」

リリーは横にいたミアに話しかける。それを横で聞いていたルイは答える。

「いえ、実はかなりご協力していますよ。私から術式の解明のお願いしたの覚えていますか?」

「……あの緊急要件で、何が何でも早く結果をくれとお願いされたやつですか?あれは……」


リリーが話を答えようとしたときに横からミアが酔っぱらいながら叫ぶ。

「あの、たった少ししかない魔力残滓を解析しろとかいうやつか?ヒック。あまりにも魔力が弱すぎるからかなり大変だったわ!!」

「……ミアさん、酔いすぎですよ」

リリーは水を注いだコップをミアに渡す。だがミアは受け取らない。

「まだまだ飲めるぞー!もっと酒を持ってこい!!」

「本当に数年たったというのに変わりませんね」

その様子を見ていたルイはぼそっと言った。リリーはミアを一旦無視してルイに聞く。


「……確かにあの術式の解析はかなり大変でした。私だけだとかなりの時間がかかると判断してミアも協力してもらい、二人がかりで丸々数日かけて行いましたが……結局大戦中に使われていたコントロでしたよね」

「そうです。ただ、あの結果が実は今回の戦争を終結する鍵でした。戦争中であのようなほんのわずかな魔力残滓しかお渡しできなかったのですが、お二方のおかげで解析ができたからこそ、パラユニ対策の薬の作成に取り掛かれたのです。なので、お二方はこのお祭りに参加しても全く問題ないですよ」

「……そうなのですね。大変でしたが、私の検討が勇者さんや皆さんのちゃんとお役に立てたのであればうれしいです」


リリーはニコッとしながらルイの方を向く。二人の様子を見ていたミアが

「ルイ!私のリリーを奪うなんて許せない!!ルイを吹き飛ばしてやる!!!」

と叫び始めた。その様子を見たリリーとルイは懐かしさを感じながら見合わせて笑った。



・・・・・・・



「サーシャちゃんは魔族なのに、魔族の方のお祭りに参加しなくて怒られたりしないの~?」

左手にサンドイッチを持ちながら柚乃はサーシャに尋ねる。何を思うのかサーシャはワインを揺らしながら答える。

「いいのよ。私は戦争で何もしてないから」

「ふーん。ちなみに魔族のお祭りってどんな感じなの~?」

「魔族のお祭りねぇ、基本的には、ただただ男女問わず、ずっと酒の強さ比べしてるかなぁ。私は弱いからあまり飲まないけど」


サーシャは全く興味なさそうに答える。

「でも、サーシャちゃんって、絶対お酒強いよね?」

「なんで……そう思うの?」

柚乃の質問にサーシャは固まりながらゆっくりと尋ねる。


「だって、すでに机の上にワインボトル5本空いてるよ~」

机の上を指さしながらサーシャに教える。サーシャは頭を少し抱えた。その様子を見た柚乃は尋ねる。

「どうしてお酒強くないと思われたくないの?」

「さっきも話したけど、魔族の中ではお酒が強いとめちゃくちゃ飲まされるのよ。みんな勝気だから、負けまいとずっと飲んだりもするのよ。それが本当に面倒で……だからお酒は弱いって言ってるの」


サーシャは机の上のワインボトルを恨めしそうに見ながら話す。

「やっぱり、自分の好きなタイミングで飲みたいじゃない?まぁ、魔族の飲み会みたいに面白くない訳じゃないし、おいしい料理が出るこの店なら飲めることを明かしてもいいか」

横でずっとナポリタンをぱくついていたイロナがその発言を聞いて顔をあげる。

「サーシャさん、私もそう思います!魔族のお祭りってとりあえず酒を飲んでるだけで、あまり見ていて面白くないです!あと、こんなおいしい料理出てきません」

「イロナちゃん~お口周りケチャップで真っ赤だよ~」


柚乃はナプキンを取ると、イロナの口周りを拭く。がっついていたことが恥ずかしくなり、イロナは顔を真っ赤にしながら下を向く。その様子を見ていたサーシャはニコニコしながらワインを一口飲んで誰に言うわけでもなく呟く。

「うん。このワインはおいしい……この笑顔を守れたのであれば頑張ったかいがあったというものだ」


・・・・・・


「お疲れ」

「おう」

マスターと勇者はカウンターでお互いのコップをチンと当てた。そして互いに中に入ったビールを飲む。


「大活躍だったようだな。ちゃんと毎回アイスカフェラテ入れておいてよかったよ」

「そうだな。アイスカフェラテなかったら、こんな本気でやってないかもしれないね」

たわいもない話をする。マスターは周りにいないことを確認したうえで、勇者に真面目なトーンで聞く。


「でだ、なんで今回は異世界の奴ら……パラユニだけが見分けられて、洗脳させられたんだ?パラユニの見分けはお前含め両手で数えられるぐらいしか見分けられないという話だったはずだが?」

「そうだな……正直わからんというのが答えだ。パラユニの見分けができる奴は俺が知っている人間の範囲では片手で足りる。それぐらい難しい術式だ。あと、見分け方法が一般的に広まったら、さすがに噂になるはずだ」


勇者はいつにもまして真面目な顔をしながら答えつつ、続けて話す。

「今回攻め込んできたノアの国の国王とその側近が見分けられる可能性はない。あいつらは魔術のセンスがあまりにもないからな……それ故に気持ち悪いのが本音だ」

勇者の話を聞いたマスターはハァとため息をついたものの、少しにこやかになる。

「勇者がそこまで言い切るのだから、仕方ない。わからないものはわからないでいいか。とりあえず戦争が終わってよかった」

「そうだな。今回は色々なやつが助けてくれたから最高の結末だった。さすがに全員は守れないと思っていたが、ここまでうまいこといくとは」

勇者は話し終えて、グラスのビールをすべて飲み切った。

「マスター。ビールはもういいや。アイスカフェオレ頼むわ」

「あいよ。ちょいとお待ちを」


そういうと、マスターは自分のビールを置いてアイスカフェオレを作り始めた。

その姿を勇者は楽しそうに見ていた。すると、後ろから叫び声がした。

「リュイ!待ちなしゃい!!リリーをとったちゅみはおもいのよ!!!」

片手にビール瓶を持ったミアが千鳥足になりながらルイを追いかける。そのミアを止めようとリリーが必死になり、ルイはその様子を見ながら笑って逃げている。


その横からも悲しそうな叫び声が。

「あぁ~サンドイッチ無くなっちゃった~」

「ナポリタンもです……」

「ワイン全部開いちゃった……」

三人ともすごく寂しそうな声で話している。


マスターがアイスカフェオレを作って勇者の元へ帰ってきて一言。

「これは……大惨事だな。さて、あれを持ってくるか」

そういうと、厨房の方に行って……すぐに戻ってきて叫ぶ。


「みんな!今回のお祝いに、手作りのデザートを持って来た!!みんなで食べようか!!!」

マスターの両手には大きな二段に積みあがったホールケーキが持たれていた。

基本はショートケーキなのか、白いホイップクリームが全面に塗られており、いたるところに丸々のイチゴが。そして一番上のチョコのプレートには「お疲れ様!!」と書いているうえ、吹き出し風に可愛らしいキャラクターがあしらわれていた。

かなり大きなケーキを持って来たので、その場にいた全員が興味津々でそのケーキを見ている。そのみんなに向かって、マスターは話す。


「僕は戦争が嫌いなのに何もできず……みんなが頑張ってくれたおかげで無事戦争が終わった。そのお礼として、僕ができる最大限のケーキを作ってみた。ぜひみんなで食べよう!」

その言葉を聞いた勇者は少しだけ怒ったように話す。

「マスター、あんたは色々なやつを引き合わせてくれた。だからこそ今回の戦争はうまく乗り切れたんだ。そこは誇ってくれ。なぁみんな!」

周りにいた全員がわっと盛り上がり、拍手が自然と始まる。


「このケーキはマスターが切り分けて、みんなに配ってくれ。俺以外もマスターに言いたいことがたくさんあるだろうからな」

そういうと、柚乃とイロナは素早くお皿をマスターの横に準備する。

「さぁ、マスターに言いたいことあるやつから言ってやれ!!そして最後はありがとうで締めろよ!!」

その言葉を聞いたマスターは苦笑いをしながらも、包丁を持つ。そして一言。

「さぁ……みんなかかってこい!」


ここは、誰もが心穏やかに楽しむことができる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのようなお祭りを見ることができるのでしょうか。

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