order17. コーヒーフロートと終戦

夏の暑さは完全に消えつつも、秋の訪れを感じさせるぐらいの気持ちいい風が外は吹いている。木々も冬に向けた身支度を始めたのか葉などが風にあおられて少しずつ落ちていく。その中、とてもきれいな女性とメイド服を着た人、甲冑を着た人の三人が喫茶「ゆずみち」の扉を開く。


「いらっしゃい。みんないつものね」

マスターは三人がはいってくると共に準備に取り掛かる。魔王とアリスと黒騎士はマスターの言葉にうなずきながら、カウンターに向かう。表情がわかる魔王とイロナの表情は最近の中で一番明るい。

「マスター、戦況を話しに来た……柚乃ちゃんとイロナちゃんは?」

「あぁ、ちょっと買い物に行ってもらってる」

「そうか、それは残念だわ。せっかくいい情報を持って来たというのに」

魔王は少し残念そうにそういいつつ、ニコニコしている。


「あいよ。アメリカンコーヒーとオレンジジュース、それとレモネードね。寒くなってきたからコーヒーとレモネードはホット、オレンジジュースは氷抜きだから」

「マスター様、お気遣い頂きありがとうございます」

アリスは立ってマスターからの飲み物を受け取り、各人の目の前に置いていく。


「マスターも何か飲み物もって」

と魔王がマスターを急かす。何を言っているのかわからないマスターはとりあえず手元にあったコップに水を入れて持った。そして魔王が立って少し大きな声で話し始める。

「こほん。長いようで短い期間でしたが……ついに今回の戦争、終戦しました!みんなお疲れさま!!」

そういうと、アリス、黒騎士、マスターのグラスに当てて一口飲んだ。同じくアリスも黒騎士も同様にして飲む。マスターだけ、グラスを持ったまま茫然としていた。我に返ったのか魔王に問い詰める。


「魔王!本当に終戦したのか!?休戦とかではなく??」

「あぁ。昨日、人間側の軍隊が騒がしくなった。斥候の話によると、急に数名がノアの国まで目に見えないぐらいの速度で走り始めたらしい。それで部隊は慌てふためいて散り散りになり、なし崩し的に撤退したということだ」

「人間側が撤退の偽装の可能性は?」

マスターは心配性なのかその話をまだ完全には聞き入れていないようだった。だが、ここまで一言も話さなかった黒騎士が兜の口部分を外してレモネードをフーフーしながら口を開く。


「俺もそれは疑った。だが、戦場を駆け巡って確認したが誰も残っていなかった。あと……パラユニのオーラが完全に消えた」

そして一口レモネードを飲んで、口元がにやける。

その話を聞いたマスターはほっとしながらさらに尋ねる。

「そうか。それは良かった……で、結果的な損害は?」

「マスター様、それがですね……」


アリスが話そうとした瞬間、店の扉がゆっくりと開かれた。暗めの青色をした甲冑を全身に着込んでいる人が立っていた。顔や表情は全くわからない。そして入ってきた人物が店の中を見回しながらカウンターにいたマスターに尋ねる。

「尋ねたいことがある。ここが……今回の人間と魔族の間で行われた戦争で、重要な情報拠点となった場所と聞いているが、本当か?」

その姿を見た瞬間、魔王、アリス、黒騎士の三人に緊張が走り、黙り込む。マスターは何も感じないのかいつも通りの感じで話を返す。


「そうだが……お客様は一体?」

「これは失礼した」

青色の甲冑を来た人は頭部分の兜だけすべて外した。そこには20代、金髪でイケメン男性が姿を現した。


「私の名はトリア。竜騎士という職業をやっている。お礼を兼ねてこの喫茶に伺いに来た」

そういうと、カウンターまで歩き、アリスの横の開いている席に座り尋ねる。

「この喫茶店は……とても懐かしい香りがする。完全に元居た世界の喫茶店とまったくおなじだ。マスターも同じく異世界転生側か?」

「いえ、異世界転生というわけではなく、単純にこの世界に店がつながってしまっただけですね」

マスターは素直に答える。すると、トリアは目を輝かせながら尋ねる。


「なるほど。ではコーヒーフロートはあるか?あれが昔から大好きで……この世界にないことを知ったときは絶望したもんだ」

「ありますよ。少々お待ちを」

マスターはコーヒーフロートを作り始めつつ、疑問に思っていたことをトリアに尋ねる。

「で、トリアさん。お礼をしに来たとお話されていましたが、何の件のお礼でしょうか?」

「あぁ、今回の戦争を止めてもらったお礼だ」

トリアは少し遠い目をしながら続きを話す。


「実際、私自身この1か月ぐらいの記憶がほぼないのだが……何やら戦争に駆り出されていたらしく、気づいたらチャンバラソードっぽい剣で魔族を叩いていた」

その言葉を横で静かに聞いていた魔王とアリスは顔をしかめる。

「ただ、気づいた時点で目の前の魔族は誰も死んでいなくて……正直にホッとした。すぐにその場で俺に命令していた人間をボコボコにして、その後に記憶が無くなる寸前までいたノアの国まで戻り、王様に話を聞かせてもらった」

トリアの目がすっと細くなる。


「初めは何も話さなかったので、一緒にいた仲間と問い詰めた所、王様からは本当に素晴らしいお話をお聞かせいただけた。お話を聞かせていただいた手前、何もプレゼントをお渡しできないのは失礼かなぁと思ったので……一緒にバカンスに行ってきた」

トリアはニコッとしながら最後に話す。

「あまりにも素晴らしい所だから、王様はそこに移住するそうだ」


マスターはニコッとしたトリアの笑顔が怖すぎて少したじろぐ。ただ、コーヒーフロートの準備もちょうどできたため渡す。

「それは大変でしたね……まぁコーヒーフロートでも飲んで落ち着いていただければ」


渡したコーヒーフロートは8分目までコーヒーが入っており、その上にソフトクリームが乗っている。ソフトクリームが多いためグラスの淵からはみ出して上に伸びている。一応、コーヒーが飲めるようにストローとソフトクリームが食べられるようにスプーンがついている。

トリアはスッと顔つきが戻り、癒されるような笑顔でお礼を言う。

「ありがとう!久々にこの飲み物にありつける!!」


そういうと一気にコーヒーフロートのストローからコーヒーを飲み、その次にスプーンでソフトクリームを食べる。コーヒーの苦さとソフトクリームの甘さがマッチしているようで、どんどん飲み物が無くなる。

あまりのなつかしさにトリアは半分ぐらい食べ終えるまでマスターのことを忘れていたようだった。トリアは自分が夢中で食べていることをふと思い出し、すこし恥ずかしそうに話を戻す。

「さて、今回の戦争では私自身の不注意で魔族の方にご迷惑をかけてしまった。なので、今はご迷惑をおかけした方やご協力してくださった方にお詫びとお礼に旅に出ている」

「まぁ、うちの店はほぼ何もしていないので気にしなくていいですが……聞いていいの微妙ですが、魔族の方は?」


トリアはニコッと笑って話す。

「いえ、魔族の方もほとんどすべての方から許して頂いている。結局誰も死んでなかったらしい。もちろん怒られることは多いが、それは当たり前なので、受け止めていくつもりだ」

横で黙って聞いていた二人と甲冑を来た者は少し優しい目になった。それには気づかず、トリアはコーヒーフロートのコーヒーを一口飲んでさらに話す。


「今回本当に運が良かったのは、おそらくどなたかが、私の剣をあんなおもちゃに変えてくれたから、この結末になったと思っている。その方にどうしてもお礼が言いのだが……誰か知らんか?」

マスターは少し黙った。そして答える。

「すみません、そこは知らないですね。またわかり次第ご連絡しますよ」

「ありがたい。また、この店には寄らせてもらうよ……さて、お礼もしたし、次の町まで行くか」

そういうと、コーヒーフロートを一気に飲み切り、代金を置くと兜をかぶって出発した。


ずっと黙って話を横で聞いていた三人は思った事を話し始める。

「あれはイケメン枠だな。たまらん」

「あのお方、とてもお優しい方でしたね」

「……あいつはすごく強いな。手合わせ願いたい」


その三人の意見を聞き流しながら、マスターは今回の戦争で誰も死者が出なかったという事実を知れてうれしそうな様子で、トリアの飲み切った容器を片づけ始めた。


ここは、戦争が終わっても戦っていた者が集まる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような強者を見ることができるのでしょうか。


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