order16. バニラアイスクリームとお薬

夏の暑さも峠を越え、少しずつ涼しさが感じられる季節となった。気が早い木々はほんの少し色が変化してきているようにも見える。喫茶「ゆずみち」からは、凄く大きな声で笑い声が聞こえる。


「いやいや、あれはおかしいって」

勇者は目に涙をためながらげらげらと笑っている。柚乃もイロナも何が面白いのかさっぱりわかっていない。

「勇者さん~この店入ってからずっと笑ってますが、何が面白いんですか~」

「勇者さん。はい、アイスカフェオレです。で、何が面白いんですか?」


二人共に尋ねられたことと、アイスカフェオレが来たことで勇者は少し素にもどる。それでも笑うのをこらえながら話す。

「いや、クク……戦場で見た光景があまりにも滑稽で……」

内容を話そうとするものの、笑いをこらえれなくなり再びお腹を押さえながら笑い始める。

「うぅ……笑いすぎておなかが痛い」

そう言いながらカウンターの机を叩いている。

柚乃とイロナは見合わせて、この勇者は一旦ほっておこうとなったのか仕事に戻る。


すこし経って様子を見たマスターがデザートをもって勇者に尋ねる。

「勇者さん、笑うのは全然いいが、せめて戦争のことは話してくれないか?僕はどうなっているのか、ちゃんと聞きたいから」

そう言いつつ、デザートのバニラアイスクリームを勇者の前に置く。バニラアイスクリームは小さなお皿に半球の形で2つ乗っており、上からチョコレートソースがかかっている。店内が温かいからか若干だけ溶けているが、それがさらにおいしそうに見える


そのマスターがアイスクリームを持ってきてくれたことに気づき、目に涙をためながら笑うのをやめる。そしておかれたバニラアイスクリームを一口食べて目を閉じ、バニラの甘さとアイスの冷たさ、その中にあるチョコレートの香りを楽しんでいるようだ。


そして、半分程度食べ終わってから、マスターの質問に答える。

「戦争はまだ続いている。だけど、色々対策もとれたし、原因おおよそわかったらしい」

「で、対策っていうのは?」

「これだよ」


勇者は床に置いていた小さな袋からどうやって入っていたのかと思うぐらいの立派な剣を取り出す。

「ただの剣じゃないか」

マスターはふざけているのかと少し怒った口調で話す。すると勇者は手に持っていた剣をそのままマスターの頭に振り下ろす。あまりに振り下ろす速さが早かったため、マスターは避けることができなかった。そして頭に剣が当たる。

「いたっ!……くない」


マスターは何が起こったのかわからない。明らかに勇者に剣で殴られたというのに痛みを感じなかった。

「あぁ~私のあげた剣を改良して使ってくれてるんですね~」

マスターがあげた悲鳴に驚いた柚乃が来て、勇者の持っていた剣を見ながら言った。

「これが・・・おもちゃ?」

マスターは困惑する。どこからどう見ても本物の剣にしか見えないようだ。その様子を見た勇者は説明する。


「前来た時に柚乃ちゃんが持っていた、異世界の柔らかい素材でできたおもちゃの剣を、こちらの世界の魔法の力を借りて本物そっくりに加工してもらった。だから、本物の剣っぽいけど殴られても怪我はしない」

すこし自慢したいのか、嬉しそうに話し続ける。

「このおもちゃの剣を人間側のパラユニに配ってやった。この作戦のいい所は一つ目が、この世界にない素材だから『新しい武器だ』と言えば持ってもらえる、二つ目がパラユニ操られていることがわかっているから、おもちゃだとわかることがない」

勇者は少しためてどや顔をしながらさらに話し続ける。

「三つ目。俺が勇者だということだ」


自慢話の途中から聞いていたイロナが不思議なのか聞く。

「勇者さん、なんで勇者なのがいい所なんですか?」

「よくぞ聞いてくれた……新しい武器を渡す方法だが、魔族だと不可能だし、普通の兵だとかなり怪しまれる可能性が高かった。でも、勇者であることを紋章で示しつつ新しい武器を持って来たといえば、そこらへんの人はみんな騙せた。だから勇者であることがかなり活きた」

「勇者さん!天才ですね!!」


イロナは勇者を褒めたたえ、勇者は褒められたことでさらに天狗になっている。

勇者のその姿をため息交じりで見ていたマスターが尋ねる。

「そこまでは理解した。で、笑っている理由はうまくいきすぎたからか?」

「もちろんそれもある。だがそれ以上に、パラユニがこの剣をもって魔族と戦っている姿が面白くて。剣があまりにも軽いからか、剣が見えないほど早く振り下ろされ、その風圧だけで魔族どころか味方の人間まで吹き飛ばされているところが……」


勇者は話の途中だが、人間と魔族が吹き飛んでいる姿を思い出したのか、また笑って話せなくなる。

マスターはその勇者の姿を見てハァとため息をつく。すると、喫茶の扉が開く音がした。


「勇者、調合薬お持ちしました」

そこにはルイが緑色の液体の入った小瓶を持って現れる。勇者は笑うのをやめてルイに感謝する。

「ルイ、今回は本当に色々ありがとう。魔術に疎いから本当に助かったわ」

「いえいえ、色々な方からご助力頂けたので」

マスターは不思議そうに聞く。

「ルイさんいらっしゃい……で、それは何だい?」


ルイに対する質問に勇者が答える。

「さっき話した今回の戦争の原因を除くための薬さ。小さいコップ2個借りれる?」

マスターは言われた通りコップを渡す。そしてルイから受け取った袋の中身をコップごく少量注ぎ入れて真面目な声で言う。

「マスター……それと柚乃ちゃんにも、この薬を飲んでほしい」

「こんな緑色の意味の分からない液体を飲めと本気で言ってるのか?」

「マスター、勇者が言うとあれですが、私からもお願いします。安全性は私が保証しますので」

マスターの疑いを晴らそうとルイもお願いする。


マスターと柚乃はコップを持ち……意を決してその薬を一気に飲む。

「に~が~い!!!!」

柚乃は叫んだ。マスターも顔をしかめる。

「ゲホゲホ……これ、本当に薬なのか!?」

「この世界では、必須と言っていい薬だ」

勇者はいつにもまして真面目な声で話し始める。


「この薬は以前の大戦争末期に開発された薬『マイドル』と呼ばれるものだ。実は大戦争の時に人や魔物を洗脳し操るキノコ『コントロ』という食べ物が魔族側の領地で見つかり、両陣営がこぞってその食べ物を使い、相手を操って内部から崩壊させるという最悪な状況だった」

その話を聞いていたイロナが思い出したかのように話す。


「あっ!!コントロなら私も知ってる。あと、この薬飲んだことあった。めちゃくちゃ苦くて……」

「そう。コントロは前回の大戦争を生きていた奴なら誰でも知っているぐらい有名になった。あと、この薬はどこから生まれたのかよくわからないが、これを飲むと洗脳を解除する上、洗脳にかからなくなるという効能があるため、イロナも話した通り、人間・魔族のほぼ全員がこの薬を飲んだことがある。さすがに誰も操られて家族を殺したりはしたくないからな」

勇者はイロナの頭をなでながら話を続ける。


「今回のパラユニできたメンバーはこの薬の効果が消えていた。おそらく人間側の誰かがこの効果を消す薬を開発したのだろう。そして……このコントロを知らないであろうパラユニに食べさせて操っていたようだ」

勇者は奥歯をかみしめる。マスターは驚く。

「つまり……パラユニだからこそかかってしまった洗脳ということか?」

「そうだ。パラユニ以外は、そもそもこのコントロは絶対食べない。これを知らないのは赤子と……大戦争末期に表れ始めたパラユニだけだからな。だから、一応念のためにマスターと柚乃ちゃんにはこの薬を飲んでもらった」

「なるほど。疑ってすまんかったな」


マスターは勇者に謝る。それにルイが答える。

「いえいえ、勇者が悪いのでお気になさらず……では、勇者、これをあちらの部隊のパラユニの飲み物に紛れ込ませてきます」

「ルイ、大変だとは思うが……頼んだぜ」

勇者とルイはお互いの手をバチンとたたきあった。

そしてルイはすぐに出て行った。


その姿を目で追いながら、

「これで……このクソみたいな戦争を終わらすことができるはずだ」

カップの中で完全に溶けたバニラアイスクリームを見ながら、勇者はつぶやいた。


ここは、戦争を止めたいものが集まる喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような結末を見ることができるのでしょうか。

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