order15. レモネードと甲冑
外は夜だというのにまだまだ暑い。それでも夜深くの時間帯は昼に比べると涼しく感じられる。夜も遅いからか喫茶ゆずみちの扉には「Close」の文字が。それにもかかわらず店内から光が漏れ出ている。そこに魔王と黒い甲冑のかぶった人物が入っていく。
マスターは一瞬入店を断ろうとしたものの、入ってくるのが魔王だったため、お店の中に引き入れる。
「いらっしゃい、魔王さん。お疲れ様です。その後ろのお方は……」
マスターは魔王と後ろにいる、黒い甲冑をかぶった人物に関して尋ねた。
「こいつは前々から話題に出ていた黒騎士。今日、戦況報告を受けている時にこの喫茶の話をしたら、ぜひついていきたいと言い出して……頑張ってくれていることも含めて連れてきたわ」
魔王は黒騎士を紹介した。黒騎士は端的に
「俺が黒騎士だ。よろしく頼む」
としか話さなかった。マスターはあまり気にせず、
「魔王さんと黒騎士さん、カウンターへどうぞ」
とカウンターに進める。魔王と黒騎士はカウンターの方に歩いたと思ったその時、黒騎士が盛大に前にずっこけた。
魔王はこめかみに手を少しあて、すぐに黒騎士の元に近づいて手を差し伸べながら話す。
「黒騎士よ……そこまで歩きづらいなら、いつも言っている通り甲冑を外せばいいのに」
「魔王様、ありがとうございます。ただ、俺のことはお気になさらず」
黒騎士は魔王の手を取り起き上がり、お礼を言う。マスターはその様子を見ながら
「あれ? なんか少し前に同じことを見た気が……」と呟いた。
二人がカウンターに座ると、マスターは黒騎士に尋ねる。
「魔王さんはアイスコーヒーとして、黒騎士さんは何を飲まれますか?」
「なんでもよい。ただ、できればさっぱりしたものをくれないか?」
「わかりました。少々お待ちください」
そういうと、二人分の飲み物を準備し始めた。
準備しているマスターに向かって魔王は話しかける。
「今日は一応マスターに現状を知ってもらいたくて来たの」
「戦争の現状かい?あまり悲惨な話は聞きたくないねぇ」
マスターはコーヒーを入れながらしかめた顔を向けずに答える。それに対し魔王は少しにこやかな顔で話しかける。
「それが……まだ戦争で魔族側も人間側も誰も死んでいない」
「パラユニがいるから、ほぼ不可能だって言ってたじゃないか?」
「それはそう。でも事実は事実。集めた情報によると、パラユニが何か新しい武器を持っているらしく、魔族側は打つ手立てがないらしい。あまりの速さに武器が何かも見れていないわ」
マスターは眉をひそめて聞く。
「それだとつじつまが合わなくないか?そんな強そうな武器なら、なんで誰も死んでいないんだ?」
「そこが不思議なのよ。その武器で殴られた魔族や吹き飛ばされたものは全員昏倒しているものの、誰も大けがはしてなくて……何なら人間側もなんでか吹き飛んでいるらしい。まぁ最近はこんな状況だから連絡取ってないけど、恐らくあいつが裏で何かやったのだと思う」
魔王は何が起こっているかわからないものの、どうにかなりそうと少し安心している。横にいる黒騎士は顔が見えないので何を考えているのかわからない。
「で、そういう状況だから、パラユニは一旦放置。黒騎士には1万人の兵を止めてもらってるわ。黒騎士にお願いしているのは、人間を殺さず、できる限り傷めない方法で無力化してって」
マスターは驚きのあまり、二人に作っていた飲み物を作るのが自然と止まった。
「いや、1万人の人間を殺さず、傷めずで止めることなんてできるのか?」
黒騎士はこれまで黙っていたが、マスターに答える。
「まったく問題ない。相手の武器を折ったうえ、服一枚残らず切っていけば全員逃げ出すからな」
「いや、それができるなら確かに止めることができるとは思うが……」
マスターはチラッと魔王の方を見る。魔王も目をぱちくりしながら黒騎士の方を見ていた。
「現時点で約2000人は素っ裸にして返してやった。まぁ、あと8000人程度であれば、恐らくできるだろう」
黒騎士はどのような顔で言っているのかはわからないものの、その声には自信が見え隠れする。マスターは狐につままれたような顔をしながら、二人に準備した飲み物を渡す。
「まぁ、どのような方法でも、誰も傷つかないのであればいいか。ハイ、魔王さんはアイスコーヒー。黒騎士さんはレモネード」
そういうと、魔王には黒い飲み物の入ったグラスを、黒騎士には黄色の飲み物が入ったグラスと半分に切ったレモン、あとレモンを絞る道具を渡した。マスターは黒騎士に絞る道具の使い方を話そうとしたが、黒騎士は
「キャッ!」
意外にも黒騎士から可愛らしい悲鳴が上がる。レモンを力強く絞りすぎてレモンの汁が目に入ったようだ。
マスターはとっさにタオルを取り黒騎士に渡す。
「……大丈夫ですか?もし甲冑取るのが嫌であれば、店の奥の水場使ってくださいね」
「いや、大丈夫だ。迷惑をかけた」
そういうと、黒騎士は可愛らしい声なんて無かったかのようにマスターに返した。
マスターは黒騎士の様子をじっと見て、何も言わずに急に厨房の方に行った。
魔王はマスターが急にいなくなったのと、黒騎士の意外な声に驚きすぎて何も話せない。
また黒騎士も甲冑を着ているためどのような顔をしているのかわからない。
少しの静寂が続く。魔王も黒騎士もマスターからもらった飲み物を飲みながら過ごす。
すると、マスターが熱々の鉄板をもって二人の元に来た。
「いや、二人とも夜中だからお腹減ってるかと思って……はい。
熱々の鉄板の上にはきれいな赤色で統一されたナポリタンが乗っていた。
魔王はやったー。食べましょと言いながら早速食べ始めたが、黒騎士はぴたりと動かない。その様子を見て何かを確信したマスターは黒騎士しか聞こえない声で真面目に語りかける。
「私はあなたのことを何も知らないです。でも……これまで、お疲れさまでした」
すこしの間、黒騎士は固まっていた。黒騎士の顔は全く見えず何を思っているのかを推し量ることは難しい。
その様子を見たマスターはにこっとして、さらに声をかける。
「せっかくです。熱いうちに、ぜひこれを食べて感想を聞かせてください」
黒騎士はゆっくりと顔の面の下部分をずらして、ナポリタンを食べた。ナポリタンの味をかみしめてから一言。
「マスター、これまで食べた中で一番おいしいよ」
ここは、黒い甲冑を着ていてもご飯の食べることができる喫茶「ゆずみち」
さて、次はどんな姿の方がいらっしゃるのでしょうか。
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