order13. ミートスパゲッティと開戦
外は夏が始まる前なのか、雨がずっと続いている。少し前まで寒暖差があったものの、ここ最近は暑い日が続いていた。夜になっても雨がやまないこともあり、蒸し暑い夜になっている。
店には誰もいない。マスターは一人、お皿を洗いながら時間を過ごしている。そこに扉のベルがチリンとなった。来た人をチラッと見てマスターは尋ねる。
「いらっしゃい。二人ともいつものでいい?」
「私はアイスコーヒーにして。さすがに暑すぎてホットを飲む気になれないわ」
「マスター様、私の方はいつも通りでお願いします」
魔王とメイドのアリスは答える。
「あいよ。ちょいとお待ちを」
そういいながら、マスターは準備を始める。二人は自然とマスターがいるカウンターの方に向かって、椅子に座る。そしてマスターに話しかけた。
「最近どうよ。客足は変わらず?」
「そうですね……そこまで変わってはいませんが、少しぴりついた魔族の方が来るぐらいかなぁ」
それを聞いてアリスは不安そうな声で聞く。
「マスター様、魔族がこの店に何か迷惑をおかけしてませんでしょうか」
「いや、それはないよ。ここは人間も魔族もみんな受け入れる中立な喫茶だってみんな知ってるから」
「それなら良かったです」
アリスは少し安心したようだ。
マスターはアイスコーヒーとオレンジジュースを二人に渡す。
魔王はそれを受け取りつつ、少し真剣な声でマスターに話し始めた。
「マスター、ついに戦争が始まった。ノアの国が魔族のとある国に戦線布告をしたわ」
「はぁ……」
マスターは驚きこそしなかったが、深いため息をついた。そして呟く。
「戦争なんて大っ嫌いなのに、なんでするのかねぇ……でうちにできることは?」
「今のところはないわ。進軍は始まっているけど、まだかなり遠い場所だから時間はある。ただ……」
魔王は言葉に詰まる。かなりの悩みの種のようだ。アイスコーヒーを一口飲み、深呼吸して自分に言い聞かせることも含めてゆっくりと噛みしめるようにいった。
「進軍してきているのが1万の兵と……パラユニ2人」
「1万の兵か……これは大変だねぇ」
マスターも顔をしかめる。しかし、魔王は顔を横に振りながら話す。
「マスター、そこじゃないのよ。パラユニ2人の方が本当にやばい」
「なんで?1万の兵の方が危険でしょ」
話を聞いていたアリスはマスターにも理解できるように話し始めた。
「マスター様、失礼ながら申し上げますが、圧倒的にパラユニ2人の方が問題なのです。弱いパラユニ1人で他の兵1万は軽く凌駕するでしょう。パラユニの中でも最強と呼ばれている者たちは1人で10万人、最悪100万人ぐらいの強さと同じです」
「……つまり、最悪200万人と同じぐらいの兵がくるってこと?」
マスターは若干血の気が引いている。
「そうです。なので、何かしら対策を打たないと……死者がたくさん出てしまう可能性も十分にあります」
アリスもまた、魔王と同じく自分の言った言葉をかみしめるように話し、自分のオレンジジュースをゴクリと飲んだ。
すこし静寂が流れた。魔王がマスターに心配させまいと少し明るめに話を始めた。
「ただ、こちらにも流れが少し来ていることもある」
「どういうことだ?」
「こちらのパラユニの最強格、黒騎士が動いてくれている。いつも『俺の仕事じゃない』と断るくせに、今回は『わかった、手伝おう』と言ってすぐに城を出ていった。何を考えているかはわからないけど、あいつが手伝うと言ってくれたのはかなり助かったわ」
話し終えると、魔王はアイスコーヒーの浮いている氷をくるくる回してから一口飲んだ。
マスターは少し不思議そうにアリスに尋ねる。
「その黒騎士……っていうのはそんなにも強いのか?」
「黒騎士様は先ほどの兵換算で100万を超えるお方ですね。魔族側でもそれを超えるのは魔王様を含めても片手で数えるぐらいしかおられません」
「それは心強いな」
マスターの緊張は少し和らいだように見えた。魔王は念を押すようにマスターに伝える。
「確かに心強い。ただ、パラユニ同士が戦った場合における被害は正直想像もつかないわ。黒騎士がパラユニを相手するのは最終判断だと思っている。それよりもどうにかしてパラユニを抑える方法を考えなくては……」
魔王はため息を深くつきながら悩み始めた。
マスターは悩んでいる魔王とアリスの様子を見て尋ねる。
「魔王さん、アリスさん。夜遅いし、何か食べたいものはないかい?戦争を無くすために頑張ってくれてるし、振る舞うよ」
「ありがとう。なんでもいいからパッと作れるものである?」
「パッとねぇ……今、頑張っている料理あるから、それ食べるか?」
「お願いするわ。アリスは?」
「マスター様、私もその料理をお願いできますか?」
「あいよ」
マスターは二人に背を向けて料理を作り始めた。
魔王とアリスは対策を本気で考えているようだ。少し時間が経ってマスターが料理を持って来た。
「お待ち。ミートスパゲッティだよ」
マスターの持って来たのは、ミートスパゲッティだった。ミートスパゲッティーは出来立てなのか湯気が立ち込めている。パスターにつやがあるうえ、上にかかったミートソースはトマトの赤みが存分に出ている鮮やかな色になっていた。入っているのはパッと見る限りひき肉と玉ねぎだけのようだ。
魔王とアリスは目を輝かしながら「いただきます!」と二人とも言って食べ始めた。
「おいしい!!麺のこしもしっかりありつつ、この赤いソースと絡まることで抜群のうまさになってる」
「この赤いソースの甘さがたまりません。ソースの濃い味付けが麺と食べるとちょうどよい味になっています!」
魔王とアリスは戦争のことをすっかり忘れて、ミートスパゲッティに夢中のようだ。
ぴりついていた二人がにこやかになって、マスターもほっとしたようだ。
そして気づいたときには二人とも平らげていた。
「ごちそうさま!マスター、これ、今度も作ってね!」
「マスター様、おいしかったです。またお願いします!」
マスターはおいしそうに食べてくれて嬉しいのかニコニコしていた。ただ、一つ気になる点ができたのか、アリスに声をかける。
「アリスさん、そこまでおいしそうに食べてくれてありがとう。ただ、口周りは拭いた方が良いよ」
魔王はアリスの方をみて笑った
「口の周り、赤いソースがいっぱいついてるわよ」
アリスはマスターからもらったお手拭きで口の周りを恥ずかしそうに拭いた。
その姿をみてマスターと魔王は見合わせて笑った。
ここはアリスの可愛い一面を見ることができる喫茶「ゆずみち」
さて、次は可愛い場面に出会えるのでしょうか。
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