order9. ピザトーストと大喧嘩
外はすっかり雪模様となり、昼すぎにもかかわらずお客はかなりまばらのようだ。
「しっかし、外は寒いなぁ……もう外には出ません!」
カウンターにいる勇者は一人で勝手に宣言している。
そこに飲み物を持った柚乃がやってきた。
「なに馬鹿な事言っているんですか~。はい、ご注文のアイスカフェオレです~」
「ありがとう柚乃ちゃん。やっぱりこれだよな~。あったかい場所で飲むアイスカフェオレこそ最高!」
「さっきまで寒いって叫んでいたのに、よくそんな冷たい物を飲みますね~」
「それはそれ。これはこれ」
勇者は適当に返事をしながら、アイスカフェオレを一気に飲む。そしてニコニコしつつ、ぷはーと言いながらコップを置き、柚乃に聞く。
「それはそうと、イロナちゃんはどう?」
「来るたびに聞きますね~。イロナちゃんはばっちり元気ですよ~!今は少し暇なのでマスターに簡単な料理を習ってます」
「良かった。やっぱり預けた先がここで正解だったわ」
「私もそう思います~」
お客もまばらだからか、柚乃も働くのを止めて勇者と最近のイロナの話で盛り上がる。
すると、扉からチリンと開く音がした。黒いローブと自分の背と同じぐらい長い杖を持った女性が入ってきた。柚乃は扉から入ってくる音がしたため、勇者との会話を切り上げ、お客の方に向かう。
「いらっしゃいませ~。寒い中……」
柚乃は話しながら入ってきた女性が、一瞬自分に目線が来たものの、すぐにその奥に目線がいったことに気づく。そして最後まで話終わる前に、女性が杖を構えて叫んだ。
「おい! この馬鹿勇者!!! 三秒以内にそのまま手をあげてこっちを向け。さもなければ店ごとお前をぶっ飛ばすわ!!!」
呼ばれた勇者はため息をつきながら振りむき、ゆっくりと話す。
「ミア……とりあえず落ち着いてくれ。ここは喫茶店なんだから他のお客さんにご迷惑だ。まずは飲み物を頼んで、ゆっくり話そうじゃないか」
ミアと呼ばれた女性は杖を下ろさず、同じくゆっくりと答えた。
「そうだな。お前をぶっ飛ばしてからゆっくりと頼むとしよう」
「……俺をぶっ飛ばすのは自由だが、ぶっ飛ばした時点で店に迷惑がかかるだろ。とりあえず座れ」
「確かにそうだな。じゃあお前をぶっ飛ばすのはやめて燃やすことにしよう」
「なんでそうなる……」
二人が話していると、大声を聞いたマスターとイロナが料理を切り上げて出てきた。イロナは言い合っている二人をみて、走って駆け寄って間に入り言った。
「やめてください! 勇者さんが可哀想です」
急に言い合いに入ってきたため、ミアは驚く。次第に状況が理解できたのか、ミアは怒りのあまり口をパクパクさせながら顔が真っ赤になっていく。
「勇者、お前ってやつはこんな小さな子まで手を出して! やっぱり今すぐにぶっ飛ばそう」
ミアは聞き取れない言葉を話しながら術の詠唱に入った。イロナも臆せず勇者の前から離れずにミアの方をじっと見る。
マスターはその状況を見ながらため息をついて、ミアの前にスッと立った。
「お客様、申し訳ございませんが店内での暴力行為は一切厳禁のため……お許し下さい」
と言いながら、ミアに
「ひゃん!」
とミアは言いながら派手に後ろにぶっ飛ぶ。
「いやぁ……やっぱりあいつの加護術式やべぇな。喫茶店の中ではマスターには勝てんわ」
勇者はボソッと呟く。柚乃は吹っ飛んで目を回しているミアを介抱しながらマスターに言う。
「大丈夫ですか~? マスター、力入れたらだめって習ったでしょ~」
「すまん……力加減がわからん」
少し申し訳そうにしながらマスターはミアの方に向かう。
「いてて……デコピンでここまで飛ばすなんて、あんたは一体……」
「この喫茶のマスターをやらせていただいております。勇者とのお話合いはテーブル席を準備しますので、そこでお話の方をお願いいたしますね」
そういいながらマスターは勇者の方をにらみ、にらまれた勇者は申し訳なさそうにテーブル席に移動した。
ミアは勇者の対面に座るとすかさず話す。
「リリーから勇者がここにいる話を聞いたわ。とりあえずこれまでの所業を反省してもらうために吹っ飛ばそうと思ってきた」
「その件に関しては……本当にすまん」
「謝ってほしいわけじゃないわ……はぁ。暴れたらお腹減っちゃった。何か頼もうかしら……」
その話をそばで聞いていたマスターが申し訳なさそうに尋ねる。
「ミアさん……でしたか?さっきは吹っ飛ばして本当に申し訳ございませんでした。せっかくなので何かおごらせて頂きたいのですが、何かどうですか?」
「私の方も悪かったわ……お言葉に甘えて、何かできればがっつけるもの頂けないかしら?」
「わかりました。少々お待ちを」
マスターは料理を作りにカウンターの内側に入って料理を始めた。
その姿を見送りつつ、勇者に小声で尋ねる。
「おい勇者。あのマスターやばくないか? あとこの店も全く見たことないものがいたるところにある……どうなっているだ」
「あのマスターはパラユニだよ」
「パラユニ?なんだそれは」
「異世界から来た人のこと。魔王城でもとびぬけて強いやつと出会っただろ。全く同じではないけど似たようなもんだな」
ミアは驚愕のあまり声が詰まる。
「あんな奴が他にもいるのか!? 勝てるわけないじゃないか」
「だから俺が色々考えてたってことだよ。まぁ、そのせいで結果的にみんなの前からいなくなったのはすまんかった……」
「だからそれは謝らなくていい。もう気にしていないわ」
ミアは身振りを入れながら答えた。ただ、何か引っかかっているのか不思議そうな顔で聞く。
「でだ。あの途中で入ってきた魔族の小さな女の子はなんだ」
「あぁ、イロナのことか。たまたま助けた」
「あいつは魔族だろ。勇者が魔族を助けるなんて……何があった?」
「まぁ色々あったんだよ」
勇者はこれ以上話したくないのか、手をひらひらと振りながら答えた。
「聞かせてほしいわ」
「断る」
勇者とミアで少し押し問答が起こる。すると、マスターがお皿を携えてきた。
「はいお待ち。ピザトーストだよ」
お皿の上にはトーストの上にたっぷりチーズが乗ったピザトーストが乗っていた。
ピザトーストは焼きたてなのかチーズが若干とろけている。少し表面を強く焼いているのか、若干の焦げがある。その表面にはピーマンの輪切りと玉ねぎも乗っている。よく見るとチーズの間からは綺麗な赤色のケチャップが覗いていた。
ミアは見たことがない料理が出てきて、少し驚く。
「マスター……これは本当に食べ物か?」
「そうですよ。がっつり食べたいとのことでしたので、当店の人気商品をお持ちしました」
「わかった。食べてみるわ」
ミアは恐る恐るトーストを持ち上げる。するとチーズが伸びて糸を引く。その様子に顔を引きつりながら一口食べた。
「……!!」
ミアの引きつっていた顔はみるみるにこやかに変わる。そして、
「うまい!!この伸びる白いものがコクがあって……赤いソースの甘さとの相性がばっちりだわ。こんな食べ物があったなんて!!」
と叫びながら、次々と食べ始める。その姿を勇者は見ながら少しほっとした。
「マスター! これと同じやつもう一皿お願い。勇者、食べてみろよ! うまいぞ」
「そうだな。俺もお腹減ったし……マスター!こいつと同じもの俺にもお願い。あとアイスカフェオレも」
「あいよ。少々お待ちを」
ミアと勇者は先ほどまでの殺伐した様子ではなく、ピザトーストのおいしさについて語り始めた。その姿をみて、周りの面々はホッとした様子で各々の仕事に戻った。
ここは、喧嘩を食べ物で解決することができる喫茶「ゆずみち」
さて、次のお客さんはどのような方なのでしょうか。
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