order8. はちみつレモンとすれ違い

外の木々は葉っぱが落ち始め、秋から冬に向かっているようだ。夜遅くに一人の女性が慣れた様子で扉を開ける。

「あったかーい!」

と言いながら入ってきた。そして、マスターを見つけて少し大きな声で注文した。

「マスター。ごめんだけど、いつものお願い」

「あっ、魔王さん。寒い所ご来店ありがとうございます。ちょいとお待ちを」

魔王はカウンターに向かう。少し待った後、マスターが飲み物を持って来た。


「はい。いつもの」

「ありがと」

魔王はアメリカンコーヒーを受け取り、一口飲む。

「うーん。おいしい!」

魔王はにこやかになる。そしてカップを両手に持ち、手を温めながらマスターに聞いた。


「小さな魔族の子はどんな感じ?話はちらっと聞いたけど」

「すごく頑張り屋さんで、非常に助かっています。まだ慣れていないのもあるので、夜遅くは手伝ってはもらっていませんね。今は奥でごはん食べてもらってます」

「そう。ならいいわ。大変そうならこちらで預かっちゃおうとも思ったけど、うまいことやっているのであればそのままお願いね」

そういうとコーヒーをぐっと飲んだ。

「う~ん。たまらん……」と魔王が言った。


しばらくすると、扉が再び開いた。そこから青年がキョロキョロしながら入ってくる。マスターはその青年に声をかける。

「いらっしゃい。この店ははじめてかい? お好きな席にどうぞ」

「はい。懐かしい雰囲気の喫茶店で少し驚いています……」

と青年はマスターの質問に答えながらカウンターの方に歩く。青年の呟きが聞こえたのか魔王は青年の方に振り返り、

「ぶっ!」

コーヒーを少し吹いた。そしてそれをごまかしながら素早くカウンターの方に振り返った。

青年は魔王の二つ横の席に座る。マスターは魔王の慌てた姿を不思議そうに横目で見ながら尋ねる。


「何か飲みたいものはあるかい?」

「寒いので何か温かいものを。コーヒーは少し苦手なので、甘いものが嬉しいです」

と青年はさわやかな声で返事をした。

「承知いたしました、少々お待ちを」

と言って、マスターはカウンターの奥で飲み物を作る。青年はまわりをキョロキョロしている。この喫茶店の雰囲気を眺めているようだ。

その様子を魔王はちらちら見ながらも顔は青年の方を向けないでいた。


すこし時間が経った後、マスターは飲み物をもって青年の近くにきた。

「はい。はちみつレモンお待ち。温まるよ」

「ありがとうございます。頂きます」

そういうと、青年はぐっと飲んで顔がにこやかになる。

「すごくおいしいです!そして懐かしい味だ……。つかぬ事をお聞きしますが、マスターさんは異世界転生の方ですか?」

「転生……ではないです。お店がこの世界につながっただけなので。まぁこの世界の人ではないですけど」

「そうですか。この喫茶店の雰囲気が昔いた世界の雰囲気にそっくりだったので」

同じ世界の人を見つけた喜びからか、青年は饒舌にさらに話す。


「この世界にはつい最近来たんです。ふと気づいたらこの世界にいて……王様にあったら魔族の村を滅ぼせって急に言われて」

「それは大変でしたね……」

「そうなんですよ。ただ、転生したからかわかりませんが、自分がとても強いことがなんとなく感じていたので、魔族の村ぐらい滅ぼしてやろうと思ったのですが……ただお恥ずかしい話で、準備期間に恋をしてしまったのです」

「ほう……それは良かったじゃないですか」

マスターは相槌を打ちながら、ちらっと魔王の方を見た。

魔王は青年と逆の方を見ながらコーヒーをもって飲まずに固まっている。


「たまたま町を歩いていると、偶然にもその方とぶつかってしまい……お詫びをしようと思いご飯を一緒にしたのです。その方はとても美しく、可憐で、かつとてもお優しい方でした」

青年の声に熱がこもる。

「私は会話していくごとに惹かれました。そして何度かお食事にお誘いしてとても楽しい時間を過ごすことができました」

「で、その方は今どこに」とマスターが訪ねた。すると、青年はとても悲しそうな顔になった。


「それが……お付き合いしてほしいと話した所、お断りされてしまいました。理由を聞くと、私は魔族だから、人間の方とは付き合えないと。とても楽しい時を過ごさせていただきましたと。そして、その瞬間から……実は顔が思い出せないのです」

青年ははちみつレモンをぐっと飲み、空になった容器を見ながらゆっくりと続けて話す。

「恐らく彼女に何か魔法みたいなものをかけられたのでしょう。心に空白ができた感じです。その後に王様からは魔族の村を滅ぼすように催促が来ましたが、結局ダメでした。あの方が住んでいたらと思うと滅ぼすことが怖くなって。結局滅ぼすのはあきらめて、女性を探す旅に出ました。顔を見たら思い出すかな……と思って」


すこし沈黙が流れる。マスターは言葉を選びながら青年に声をかけた。

「その女性、見つかるといいですね。はちみつレモンのお代わりいりますか?」

マスターは空になったはちみつレモンのコップを見ながら聞いた。

「いえ、大丈夫です。今日中に行きたい町がありますので。そろそろお暇させていただきます。またよらせていただきますね」

「またのご来店お待ちしております。せっかくなので、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「あぁ、すみません。アルトと言います。今後もよろしくお願いしますね」

「夜も遅いので、お気をつけて。アルトさん」

マスターの言葉にニコッとして、アルトはお金を置いて出て行った。


マスターはその後ろ姿を目で追いかけながらボソッと呟いた。

「なぁ、アルトさんのどこが不満なんだ? 超爽やか系イケメンで優しいじゃないか」

「爽やかすぎるところ。話していると背中のぞわぞわがとまらないわ」

「どう考えても、かなりいいやつだと思うが」

「いいやつなのと、自分の好みに合うかどうかは違うからね」

魔王は冷たくなったコーヒーを一気に飲みながら答えた。


ここは出会い、すれ違いなどが起こりえる異世界喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような出会いがあるのでしょうか。

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