order3. オレンジジュースと酔っ払い

店内はがらんとしていて、数人しかお客がいない。それなのに少し騒がしい。

カウンターには明らかに不機嫌な女性とそれをあやしているメイドがいる。

女性の方はすでにべろべろに酔っているようだ。


「ほんっとにきりゃい!」


女性は顔を真っ赤にしつつ、ろれつが回っていない状態で叫びながら話している。

メイドは周りにいるお客さんに頭を下げながら女性に話しかけている。


「まぁまぁ……気持ちはよくわかりますが、魔王様のおかげで戦争が一つ起こさず済んだじゃないですか。それを喜びましょうよ」

「それはそうなんらけど、本当に大変らったんらから!!」


酔っぱらった女性の魔王は半分叫びながらメイドにつめよる。

そこに水とオレンジジュースを持ったマスターが近づいてきた。


「魔王さん、お酒飲みすぎじゃない? はいお水。アリスさんはオレンジジュースね。しかし、魔王さんがここまで酔っぱらってくるなんて珍しい。何かあったの?」

「マスター様、ありがとうございます。実は……」

「きいてよマシュター!本当にしゃいていなのよ!!」


魔王とメイドのアリスは一度に話をしようとする。

それをマスターが止める。


「とりあえず魔王さんは水を飲むこと。酔っぱらって何を話しているかわからん……

アリスさん、ごめんだけどわかる範囲で教えてもらっていい?」


魔王はその言葉を聞いて、さらに叫んでいるものの、何を話しているか全くわからない。

アリスは申し訳ない素振りで話し始めた。


「マスター様、ご迷惑かけて申し訳ございません。実は魔王様、人間側の男性にハニートラップ的なことをさせられたのです」

「魔王さんがハニートラップ??」


マスターは違和感しかない言葉に戸惑いを隠せない。


「そうです。魔王様曰く、その男性が我が魔物の領地に攻め込む素振りがあったようで、それを止めるためにその男性に近づいたというわけです」

「すごくまどろっこしいことをしてるね。魔王さんだったら、相手をボコボコにできるだろうに」

「パリャユニ!」


魔王が机をドンとたたきながら叫んだ。


「魔王様、パラユニだったんですね」


伝わったのが嬉しかったのか、魔王はうんうんとうなずいている。

満足してもらえてほっとしたのか、アリスはオレンジジュースを一口飲んで続けて話す。


「パラユニ……異世界から来た方となると、ボコボコにするのは難しくなります。

魔王様の力があれば可能ではあるのですが、他のパラユニを刺激するかもしれませんし、何より魔物の町が戦火に巻き込まれてしまいます。

それを防ぐため魔王様は一肌脱いだというわけです」

「なるほど。そこまでは理解したけど……で結局、何が最低なの?」

「それが、魔王様は初め『かっこいい人間がいるから話しかけてみようぜ』という話で呼ばれていたらしいのです」


マスターは首をかしげながら確認する。


「つまり、初めはイケメンに会えると思っていたのに、実際は戦争を仕掛けるヤバイやつだったってこと?」

「簡単に言うとそういうことですね。イケメンの話で人間の町まで呼ばれて、出会う直前ぐらいにヤバイ方の話をされたらしく、『魔界の町を守るために頼む』と言われて泣く泣く頑張ったようです」

「……魔王さん相手にそんなことするヤバイやついるんだね。命知らずだ」

「マスター様、私もそう思います……」


オレンジジュースに入ったストローをくるくる回しながら、机に突っ伏している魔王を横目にアリスはさらに答える。


「で、どうにか魔界の戦争は回避できたものの、そのパラユニが魔王様の嫌いなタイプだったようで……こうなってしまったというわけです」

「そりゃかわいそうだね……さすがに同情するわ」


その言葉を聞いた魔王は半分泣きながら顔をバッとあげた。


「マシュター!なぐさめて!」

「よく頑張ったよ、魔王さん。僕は戦争が好きじゃないので、それを防いだという意味ではすごい手柄だと思うよ」

「うぅ……ないちゃう」


魔王はさらにボロボロ涙を流し始めた。アリスはハンカチを魔王に渡しながら、


「魔王様、良かったですね。マスター様に褒められて。わざわざお店まで来たかいありましたね」

「ハンカチありがと。頑張って来たかいあった」


魔王はもらったハンカチを使って涙をぬぐいながら話す。


魔王の落ち着いた姿を見て一息ついたのか、アリスはオレンジジュースをゆっくりと飲んでにこやかになる。

その様子を見ていた魔王がふと尋ねた。


「アリスはにゃんでいつもオレンジジュースなの?コーヒー飲んだらいいにょに」


アリスは少し驚いた様子で魔王の方を見る。

そのあと、なつかしさを思い出すかのように空を見つめる。


「コーヒーは苦いので苦手なんです。オレンジジュースってさっぱりしつつ、その中にほんのり甘い柑橘系の香りがするのが、たまらなく好きなんです。」


続けてアリスが話す。


「あと子供の頃、わたくしのお母さまがご褒美にこちらの世界にある、同じような柑橘系のジュースを作ってくれたんです。」

「……」

「こちらのオレンジジュースはそれとは少し異なりますが、飲むたびに思い出して、ちょっぴりうれしくて」

「……むにゃむにゃ」

「魔王様?」


ふとアリスが横を見ると、魔王はニコニコした顔のまま突っ伏して寝ていた。

その寝顔を見たアリスはふっと笑った後で、


「マスター様、申し訳ございませんが毛布か何かいただけませんでしょうか」


とマスターに小さな声でお願いした。


ここは酔っ払いも来てしまう喫茶「ゆずみち」

さて、次はどのような客が来店されるのでしょうか。


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