真実
「
一段高い玉座に腰かけて、おれは招かれた
「居りませぬ」
……嘘だ。瞳がそう告げている。何よりも雄弁に。
「女は居らぬのか」
彼の老いた目の奥に、何度も光が過ぎった。しかし彼はそんな自分の「表情」に気づかずに、穏やかな笑みを浮かべておれの言葉を肯定した。
「わたくしは生涯をあなたがた父子に捧げておりますゆえ」
おれの目が、そのように病んでいるのを知らぬ呂不韋は、嘘を言いながら美辞麗句を並べる。おれはやつからできるだけ多くの言葉を引き出すために慎重に答えた。
「……信じよう」
「王。なにか疑いがあるのであればここで晴らしましょう」
おれの言葉に何かを感じたらしい呂不韋は、ぴんと背筋を伸ばして俺をみた。あの嘘と本当の入り混じった瞳で。
「なにも、疑ってなどおらぬ。わが父の代から、ここまで尽くしてくれたお前に、
「このようなおいぼれに、そのような
これも嘘だ。おれは確信し、手を振った。
「……それもそうか。なに、その気があるのなら女の一人二人見繕ってやろうかと思っただけの話だ。仕事が多いのに呼びつけてすまないな」
「ありがたいお話ですが、このおいぼれ、もはや男として機能しませんで」
呂不韋は自嘲気味に笑った。こんどは嘘ではなかった。そうして呂不韋は礼をとると、おれの前から姿を消した。相国は権威ある職であり、同時に多忙なのだ。
情報のかけらがひとつずつ、おれのなかで音を立てて噛み合っていく。
「はは」
父上。憐れな父上。……最初から。最初から母上は父上のことなど見ていなかった。母上が口にする恋しい者の名は「子楚」ではなかったのだ。
「あははははははははは」
最初から答えは出ていたのだ、呂不韋。変だと思った。名しか知らぬお前の姿を、俺の病んだ瞳が真っ先にとらえたのは、「そのせい」か。呂不韋。いや、
「あははは、あはははははは!」
とうとう狂ったかと思われるほどの笑い声が腹から、喉から出た。可笑しくてたまらなかった。
廷臣が何人か飛び出してくるまで、おれは目もとを覆って笑っていた。子楚があわれで、あわれで、あわれで……涙が出るほど哀れで。
「なるほどなぁ、はは」
だが――我が名は政。我が父は子楚。おれの芯は変わらない。何故だかわかるか、呂不韋。
おれは拳を固めると、王座を殴りつけた。そして廷臣に、先ほどの宦官を呼びつけるように頼むと、母を陥落させたという「
お前が誰だろうが――この国は朕の庭よ。
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