太子と丞相
おれが十歳になるころ、秦で
そう、呂不韋が、立っていた。おれの目はやはりおかしかった。呂不韋だけを、俺は識別できたのだ。話にしか聞いたことのない、父親の後見人――ひと目で、わかってしまった。
おれは呂不韋のもとまで走って尋ねた。
「あなたは、何をする人なの」
子供らしい質問だと思ったのか、呂不韋はひげを蓄えた顔に慈愛をにじませた――が、おれにはそれが作られた笑みだってことがすぐにわかった。瞳の奥が物語る。
「あなたの御父上を支えるお仕事をしていますよ」
限りなく本当に近い嘘だった。だからか、と俺は
こいつの顔だけが、はっきりと見えるのだ。
父を支えるだなんて嘘だ。でも、父を支えることによって、富を得ている。これは本当だ。要するに、子楚から甘い汁を吸いたいのだ。
何かを暗示するかのように、安国君、つまりおれの爺さんは、在位3日で崩御する。そして、呂不韋の見つけた「奇貨」
おれは
――お前の姿を見極めてやる。
それを知ってか知らずか、呂不韋は仕事の合間に暇を見付けてはおれを構った。最高位の廷臣にあるまじき振る舞いであった。まわりの目もあるなかで、彼はあの薄くて嘘くさい笑みを浮かべ、嘘と本当の入り混じった瞳で俺を見た。そしてある日、なんの前触れもなしに、こう言った。
「政さま。あなたは時折、子供らしくないふるまいをなさいますね」
おれはどきりとした。12歳の時だった。
「安心なさいませ。次の王はあなたでございます」
「……おれに、王などできると思うか」
「できますとも。わたくしが居りますゆえ。あなたはどっしりと構えておられればよろしい」
おれは驚いた。瞳の奥に嘘がなかったからだった。
「あなたは賢くあらせられる」
呂不韋の目がきらりと光った。「きっとあなたは良き王となりましょう」
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