邯鄲の少年
親父は
そしておれの名は
しかし、しかしだ。血のけが多いひい爺さんの
昭襄王の50年、趙国の
おれは母さんと趙兵に追い回された。おれはまだ目があいたばっかりの子供で、今と比べれば世の中のことも全く見えてなくて。人を見ては、その中に殺意がないかを観察していた。殺意がある連中は、おれたちを追いかけてくる。でもそうでない連中は、おれたちに興味なんかないんだ。そんな風に人の顔を観察しているうちに、おれは気づいた。人の顔には差なんかないのだ。目があり、鼻があり、口があり、それらの組み合わせでしかない。それらが形作る表情とかいうものには意味がないのだ。それは偽りであって、その目の、瞳の奥にあるものこそが、「ほんもの」だと。
おれたちを追い回す奴らの瞳の奥には、ほの暗い光があった。
――邯鄲の守りは固く、秦軍は撤退していった。けれども子楚の妻と子を探す目はそこかしこにあって、おれたちを常に脅かした。おれたちは名を偽り、常に顔を隠して行動しなければならなかった。おれにとっては敵しかいないこの、邯鄲の地で。
母さんは何度も繰り返し繰り返し弱音を吐いた。
「私たちはあの人に捨てられてしまったのだ」と。
おれはそれを受け止めることしかできなかった。母さんは悲しんでいる。おれはとうのむかしに母さんと町の連中との区別がつかなくなってしまっていたが、母さんの悲しみだけはわかった。悲しんでいるから母さんなのだとすら思った。
おれは顔を覆う母親を何度抱きしめたかわからない。冷たい指先で触れ合うたびに、彼女の顔が分からなくなっていく。
ああ、おれたちは子楚に捨てられたのだ。
その時のおれはそう思っていた。でも、間違いだったんだ。
この時から、俺は間違っていた。
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