第18話
その日の夜、家に帰った僕は、夕食のカップヌードルが出来上がるまでの間、インターネットで永田大臣のことを検索した。
世の中には親切な人がいて、大臣のそれまでの問題言動や、息子の件をわかりやすくまとめてくれている動画が数多くあった。
僕は、パソコンの前に座り、コンビニで買ってきたサラダと鳥の唐揚げを食べながら、それらの動画をざっくり見ていった。
まず、大臣のプロフィール。
国会議員の父親を持ち、十二年前、父親が病気で引退した後にその地盤を受け継いで議員となった。
夫は地方企業の社長のひとり息子だ。大学時代の同級生らしい。最初は二人で政治家を志したが、夫は、サポートのほうが向いている、と、妻だけが政治家になり、夫は秘書になった。温和で思慮深い夫と二人三脚でやってきて、一昨年、異例の若さで大臣に任命された。
野党からは、経験不足のくせに二世議員で美人だからチヤホヤされ調子に乗っているだけと批判され、また与党内でも、派閥に配慮しない、生意気だと言う声も聞かれているそうで、何かと言動が注目されているらしい。
カップヌードルのタイマーがなった。
僕は手を止めて、カップヌードルの蓋を剥がした。
続けてページを見ていく。
離婚についてだが、夫の父親の体調が芳しくなく、夫は「実家に帰って家業と看病に専念したい」と離婚を切り出した、ということらしい。ちょうど大臣の不倫疑惑が出た直後だったので、大臣の不倫が原因とも言われたが、ただ不倫疑惑自体、大臣が後援者の男性とホテルのラウンジで楽しそうに話している写真を撮られただけなので、世間の見方は不倫には否定的だ。こういった記事は、写真や動画を切り取って見出しをつければどうにでも作れる。
離婚に際しての子供の親権に関しても、さまざまな憶測が飛んでいる。
永田夫妻の子供は、高校生の長女と、中学二年の長男の二人だ。
夫の実家の家業の跡取りとして息子が必要だから、とか、息子が母親との生活を拒んだ、とか、母親が家事を家政婦に任せ母親の役割をしていないから、とか、言われているが、本当のところはわからない。
とにかく今、二人の子供は父親と祖父母と、父親の実家で暮らしているらしい。
次に、今までの大臣の問題発言を抜粋してある動画を見た。
野党の質問に対して「毎回毎回、重箱の隅を突いたような質問ばかりで国全体のことを見ていない」とか「自分たちは何もやらないくせに、難癖つけるのだけは一人前」とか、かなり歯に衣着せぬ物言いが多い。確かに、敵を多く作りそうではある。
動画は続く。
数ヶ月前の中国との裏取引について、不適切だと騒がれたことについても「国民に全部明らかにすべきだ」と主張する野党に対し「裏取引の何が悪い。外交は駆け引きが必要なのだ。全部喋ったら、交渉ができないし、国としての信用も失う。貴方たち野党は、外交を知らない」という大臣。
僕は政治のことは詳しくわからない。でも僕は、大臣が言っていることはそれほど間違っているとは思えなかった。
プライベートについての女性リポーターによるインタビューもある。さっき、片倉先輩が話してたことだ。
「仕事を持っている女性が、家事を外注するのは当たり前。そんなことをいちいち取り上げるようだから、いつまで経っても女性の雇用は」
「そのことでお子さんたちが寂しい思いをすることには」
「私の子供たちは理解している。他人の家庭の心配するより、自分の家庭を考えたら」
息子がSNSで炎上した件もまとめられていた。
まず永田大臣が「税金を払っていない人間は行政サービスを受ける資格がない」という趣旨の発言をしたことで「弱者切り捨ての発言」として永田大臣叩きが始まった。その後に息子がSNSで発言した。
「あの人は人間の気持ちを持っていない。他人の心の痛みなど一ミリも考えたことがない。僕にもあの人の血が流れていると思うとぞっとする。あの人の息子であることを記憶から消したい」
息子の発言に対しては、さまざまな反響があったようだ。
「私も毒親を持っています」「わかります」「親子の縁を切れ」という同情系から「大臣の言うことはもっともだ。政治家として立派だ」「彼女なりに事情がある」「母親のことをそんなふうに言うべきではない」と母親擁護系など、多くのコメントが寄せられた。
拡散された永田大臣の発言自体も、前後が切り取られて編集されているので、曲解されている部分もある。不法入国、不法滞在をしている外国人に関する話の中で、そう発言したのだが、拡散されたのは「税金を払っていない人間は行政サービスを受ける資格がない」とキッパリ言い切った一場面だけだ。
そういった切り取りを批判しているサイトもあったが、一度拡散されてしまえばいくら訂正しても収拾つけるのはほぼ不可能だ。
大臣の息子への返信コメントの中には「Q社に頼んで記憶を消せばいい」と言っている人もいて、それを多くの人が見たのだろう。先ほどの永田大臣の名を名乗る人は、もしかしたらそうした野次馬によるなりすましかもしれない。
どちらにしても、息子本人からの申込がない限り、我が社は何もしないし、永田大臣かもしれない人間にも、マニュアル通り、断りの連絡を入れた。それだけだ。
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