第16話

 それから一週間ほど経った火曜の朝、僕はWEBサイトのフォームからの相談を受けた。


「中学二年の息子が、あることに関して記憶を消去したいと言っています。母親としては、その記憶を消してほしくないのですが、もし、申込があったら受けないよう、お願いできますでしょうか」


 親が未成年の子供の記憶を消してほしいという相談は時々あるし、その逆に未成年の子供から自分の記憶を消したいという相談もある。

 我が社では、原則として十四歳以下の忘却システムの利用は認めていない。十五歳以上であっても未成年者の利用には制限がある。「原則として」というのは、なんらかの事情があって忘却が必要だと司法が判断するケースもあるからだ。

 例えば、幼児が性犯罪の被害者になったとして、保護者が裁判所に申し立てをして認められれば、子供本人が申し込みをしなくても特別コースで忘却施術ができる。そういったケースもあるということだ。

 十四歳以下の子供本人が申し込んできた場合には、殊に慎重に対応しなければならない。いじめや、保護者からの虐待、犯罪に巻き込まれているなど、親に相談できない重大な問題が隠れている場合があるからだ。安易に保護者に確認をとると事態を悪化させることになりかねないため、内密に周辺の調査が必要になり、我が社だけでは対処できない。

 どちらにしても、十四歳以下の記憶消去には、司法の判断を仰ぐことになる。


 今回のケースだが、もし中学二年の息子から特別コースで忘却したいと申込があったとしても、母親からの申込取り下げ請求を認めることはできない。申込があったこと自体、母親には知らせず、秘密裏にまず然るべき機関に精査してもらう。記憶消去が必要なケースと認められ、母親にも問題がないと確認できた後、初めて母親に連絡を取り、同意を得て記憶消去の作業に入ることになる。

 この母親には気の毒だが、現段階で母親の要請を聞くわけにはいかない。

 僕は念の為、この相談を「共有」しようとして、ふと気づいた。

「この相談者の名前、現職大臣と同姓同名だ」

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