第14話

「これから忙しくなるんだな」

 その日の仕事を終え、社食で夕食をひとりで取っている時、近くのテーブルで話している社員がいた。

「SNSチェックして、最初にデマを言ったヤツ特定して、拡散した人の中でも悪質なコメントした人たち、訴えるってことかなあ」

 法務部の人だろうか。法務部や開発など、自分の仕事と直接関係ない部署の人のことは、フロアが違うこともあり、僕はほとんど知らない。

「田原先生んとこに投げるにしても、最終的にはどれを起訴するか、ジャッジするのはこっちだしょ。めんどくせーな」

 日頃から我が社のことをよく思っていない輩が一定数いる。記憶を操作されると勘違いしているようだ。そう言った人たちは、ことある毎に一斉に声を上げ攻撃してくる。面倒この上ない。

 正直な話、僕は、人の悲しい記憶を消すことが正しいことなのかどうか、まだよくわからない。でも、それで救われる人がいるのなら、この仕事は必要なものだと思っている。目くじら立てて攻撃してくる人たちは、今まで何かを忘れたいと思ったことがないのだろうか。

 たった二十数年しか生きていない僕でも、忘れたいことは山ほどある。子供の頃 に同級生に意地悪されたこと、彼女にこっぴどく振られたこと、先生に怒られたこと、人前で恥をかいたこと、他人から見たら大したことではないかもしれないが、僕にとっては思い出すのも嫌なことだ。忘却システムを利用する人はもっと辛い目にあっているのだろう。それを止める権利が他人にあるのだろうか。

 そこへひとりの女性社員が入ってきた。

「ひー、もうくたくた」

 法務部らしい人たちが反応する。

「お疲れー。この時間まで仕事?」

「そうよぉ。そしてまだ終わっていない」

「うわー」

「例の件がらみ?」

「もちのろんろん。昨日からずっとAIが抽出したヤツの魚拓取ってんだけど、まあ、めんどくさい、めんどくさい」

「同情します」

 僕はあまり詳しくないけれど、SNSなどで根拠のない誹謗中傷がなされた時、まず謝罪と訂正を求め、消されないうちに訴訟に発展した場合の証拠として、その文面、画像、動画などを当社で保存しておくらしい。相手が素直に応じれば一応それで終わりだが、そうでない時もある。今回のように、何千もの誹謗中傷があった場合、担当者の苦労は計り知れない。

 僕の憐れむような視線を感じたのだろうか、隣のテーブルに座ったその女性が声をかけてきた。

「君、よく見るよね、営業部の子?」

 入社二年の僕など、ベテランの彼女から見たら「子」なのだろう。

「はい、コンサル係の桜木です」

「桜木君。そっちにも何か来てる?迷惑メールとか」

「もちのろんろんです。でも、こっちは慣れっこなんで、マニュアル通りに流してます」

「あはは、もちのろんろんね。流行らせるか」

「まあでも、創業当初のバッシングに比べたら、あれだけどね」

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