第11話
翌朝出社すると、見慣れない数人の人たちが会社前の歩道に屯していた。僕は別段気に留めなかった。
ロッカールームに行くと、数人の先輩が室内にいた。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます」
僕がコートを脱いでいると、背後から話し声が聞こえた。
「社長、出てくるの」
「どうだろ、こんなことでわざわざ記者会見するほどじゃないだろ」
僕が先輩たちのほうに顔を向けると、気づいた先輩のひとりが言った。
「会社の前、マスコミがいたでしょ」
「ええ、何かあったんですか」
「知ってる?政治家の大臣がここの忘却システム使って記憶を消したって、SNSでバズってるの」
昨日の国会のことだろうか。
僕は無言で首を振った。
「あとで見てみ。ネットニュースにまとめられてるから」
自分のデスクでパソコンを開くと、緊急連絡が回ってきていた。大臣についての問い合わせ、取材等には一切返答しないこと、家族、秘書、大臣に関係のあること全て同様、との通知だ。
隣の席の同僚、大森さんから聞いたところによると、どうやら昨日の国会中継の大臣の答弁「記憶にございません」について、SNS上で誰かが「Q社で記憶を消した」と言い出し拡散されたらしい。それで我が社に飛び火し「大臣の記憶を消すのに加担した」「賄賂をもらってるんじゃないか」など、憶測で我が社を非難する輩が次々出てきて騒ぎになっているのだ。
「記憶消去制限法」により、公職に就いている人間の忘却システムの利用は制限されている。簡単な話だと、政治家が「公約」を忘れたらよくない、みたいなことだ。だから、大臣から申込があったとしても、断っているはずである。
しかし、特殊な事情で施術した可能性もあるので、念のため過去に大臣からの申込があったか、家族、秘書の名前、全て確認中なのだそうだ。
「マジ、余計な仕事増やしてくれるっよ」
いつの間にか近くにいた店舗運営課の片倉先輩が、忌々しそうに吐き捨てた。
「お陰でこっちにも店にもおかしな苦情メールがきてんよ。マジふざけろよって」
「私なんか、もし私が関わった案件だったらどうしようって。絶対個人情報晒されるじゃないですか。青ざめものですよ、今」
大森さんが大袈裟に答える。
「大丈夫だよ。うちは関係ないんだから。ったく、無責任にいい加減なこと言わないでほしいよ、なあ」
片倉先輩はそう言って部屋を出て行った。
僕はそれきり大臣の件から離れた。というのも、ちょっと面倒臭いお客様からの相談に対応していたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます