二章・記憶にございません
第10話
「悲しみよ、さようなら」
これが僕が勤めるQ社のキャッチフレーズだ。「人間の記憶から悲しみを消す装置」で悲しみを忘れたい人々に忘却を提供する。
僕はこのQ社でコンサルタント、申込相談係を担当し、日々、人々の悲しみを消す手助けをしている。
その日もいつもと同じようにお客様の相談や申込に対応する業務をこなし、午後の休憩時間に社食に行き、ひとりでコーヒーを飲みながら外を眺めていた。
この会社の社食は充実している。朝の時間はモーニングメニューがあるカフェ、昼以降は食事ができるレストラン、夜はお酒が飲める店、と姿を変え、早朝から夜遅くまで営業している。
ぼーっと外の景色を眺めていると、どこからか「記憶にございません」と声が聞こえた。
視線を室内に移すと、隣のテーブルにいた他部署の後輩社員と目があった。
「すみません、音出ちゃいました」
「映画?」
「ううん、国会中継っす」
「国会中継」
僕は一度も国会中継など見たことがない。その時、再び声が聞こえた。
「記憶にございません」
「あはは」
彼は笑っていた。
「何それ。国会で何やってるの」
「これ、定型文っすよ。政治家が都合の悪いことを質問されたらこう答えるの、昔からの定石らしいっすよ」
「へえ、変なの。何質問されてるの」
「何とかっていう民間の企業から賄賂を受け取ったかとか、便宜を図ったかとか」
「そんなの、うちの会社で記憶消しちゃえばいいのに」
こんな風に笑い話をしていた時には、この後に大変な事態に巻き込まれるとは思っていなかった。
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