第6話

 その後、僕は日々の仕事をこなしながら、審査の結果が出るのを待った。

 そんな中、昼休みの社員食堂で、同期の石川が言った。

「新入社員の柳さんっていたじゃん、入社式で代表で挨拶してた子。会社辞めるんだってさ」

 柳さんとは、今年入社した社員の中で最も成績優秀で、審査部に配属され、期待されていた女性だった。

「へえ。審査部ガッカリなんじゃない。なんで」

 僕の問いかけには、同じテーブルにいた営業部の片倉先輩が答えた。

「表向きは一身上の都合。だけど彼女、真面目すぎよ。お客様の案件をいちいち全部受け止めて、真剣に考えすぎてストレス溜まっちゃったんだろうって、みんな言ってるよ」

「なるほど」

 思い当たる節がないでもない僕と石川は頷いた。


 先輩が席を立った後、石川が僕に訊いた。

「桜木は辞めたいとか考えたことあるん?」

「考えたことない。働かないとお金ないもん」

「俺もお金ない。とりあえずお金貯まるまで働こうと思ってるけどさ」

「うん」

「この会社にずっといるつもりなん?」

「ううん、どうだろ。今んとこ、何も考えてないけど。石川は」

「俺はさ、いずれ起業するから。今はそのための準備期間のつもり。とりあえず金貯めなきゃ」

「へえ、すごいね。そんなこと考えてるんだ」

「まだまだ全然先だけどね」


 僕がこの会社に入ったのは、この企業や仕事内容に魅力を感じていたとか、特にそう言った理由はない。たまたま目についた企業の入社試験を受けたら受かった、それだけだ。

 今の時代、大企業だって安定している訳ではない。特別な技能や才能を持っていない僕は、とにかく受け入れてくれる企業に入り、そこで一生懸命働くだけだ。

 僕は基本的に仕事に生きがいを求めていない。純粋にお金を稼ぐために働いている。僕は給料をもらってそれに見合った仕事をする。悦楽を得たいならプライベートな時間を充実させればいい。


 僕は今、実家を離れてひとり暮らしをしている。

 仕事を終え、家に帰ったら、パソコンを開き、駅前商店街で買った弁当や惣菜を食べながらその日のニュースをチェックする。両親が見たら、行儀悪いと叱られそうだが、これがひとり暮らしの醍醐味だ。

 夕食の後は録画したコンテンツを見たり、趣味に興じる。

 僕の趣味はジオラマ製作だ。

 子供の頃からプラモデルなどを作るのが好きだったが、高校生の時、東武ワールドスクエアで世界の建造物のミニチュアを見て以来、有名な建物や歴史的建造物のジオラマを作るのが趣味となった。

 大学ではモデリング同好会のサークルに入った。

 そこには、プラモデルから鉄道模型、ジオラマ、フィギュア、ミニチュアアートなどを趣味とする学生が集まり、材料や塗料、テクニックの情報交換をしていた。

 その中の数人とは、今でも付き合いがある。

 モデラーは、自室にこもって作業ばかりする内向的な人間なんじゃないかと思われるが、そうでもない。

 僕には、サークル仲間の他にも、SNS上でのモデラー仲間もいる。仲間との情報交換は欠かせないし、自作のモデルを展示したり売ったりすることもあるから、それなりに社交性が必要だ。

 家にこもって出かけないというのも違う。実際の場所、実際の空間の中に立ってみるともっとイメージが膨らむので、時々旅行もする。

 社会人になってから製作時間は少なくなったが、製作作業をしなくても世界中の建造物の写真や映像を見る時間も、僕は楽しめる。


 彼女と呼べる人はいない。学生時代にはいたが、どちらかというとグループで遊ぶほうが好きだった。いつかは結婚して家庭を持つのだろうと漠然と思っているが、まだ先の話だ。

 僕は、平日は仕事をし、余暇は趣味に興じるこの生活に今のところ満足している。会社を辞めることなど考えていない。

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