第5話
来るか来ないかわからないルカからの申込を待ちながら、僕は次の申込メールを開いた。
特別コースの見積依頼だ。
「八月二十三日から一週間の記憶を消してください。よろしくお願いします」
理由を告げず、特定の期間の記憶を消そうとする申込は少なくない。マニュアルに対処方法が記載されているほどだ。
特定の短期間の記憶を消す依頼は、高確率で犯罪がらみだ。
先輩たちの話では、危険薬物の売人が捕まりそうになると記憶を消したがるとか、組織ぐるみの犯罪だと上の人間から記憶を消すことを指示されたり、犯罪者が「犯人しか知りえない情報」を忘れようとしたり、とにかく犯罪関係者の申込がかなりの数あるらしい。
そういった類の申込に対してマニュアルでは「できるだけ法律用語を使って固い文面で」「正当な理由がない場合は施術ができないので理由の記入をお願いする」と共に「記憶消去法に基づいて警察に照合する旨を伝える」よう書いてある。
僕は、マニュアルに記載されている文例をコピペして返信する。
これで犯罪者からの申込を幾らか減らすことはできる。
そうして幾つかの相談と申込を処理して退社時刻も近くなった頃、ルカからのメールが届いた。
「特別コースを申し込みます。先ほど十五万円振り込みました。よろしくお願いします」
彼女の住所、氏名、生年月日などとともに、身分証明書類の画像も添付されていた。「ルカ」は本名ではなかった。
「本気だ……」
僕はちょっぴりワクワクした。なぜだかわからない。
申込内容に不備はないので、僕は審査部門に送信した。
審査部門での審査は時間がかかる。ルカの案件も数日から数週間はかかるだろう。
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