第4話
しばらくして、高島先輩からメッセージがきた。
「一応、田原先生に相談してみたけど、百パーセント無理ではないらしいです」
田原先生というのは、我が社の顧問弁護士だ。法的な手続きは全て田原先生の事務所にお願いしている。
「ただ条件があって、警察の許可、及び、相手またはその代理人の承諾を取ることが必須。例えば、ストーカーが再び被害者に対してストーカー行為を行った場合、本来なら刑罰が与えられるところを、記憶をなくしていたら心神喪失扱いになる可能性があるから、現実的に考えるとおそらく許可は下りないと思う、とのことです。できれば門前払いでお願い。申込を受けるのであれば、返却しない審査料として十五万円、審査が通ったら施術料を別途五十万円。審査が通らなかった場合でも、審査料は返却しません、とお知らせしてください。被害者が許可する可能性は極めて低いことを強調して」
僕は、折り返し高島先輩に電話した。
「審査だけで十五万円は高くないですか」
「勘違いしないで。これは申込を諦めさせるための金額提示だから。審査通らない可能性のほうが高いのよ。会社としては施術する可能性が少ないお客様に値引きする必要はないの」
シビアだが確かにその通りだ。だが、門前払いを覚悟していたことを思えば、審査をするだけまだましか。
僕は自称ルカに、高島先輩の指示通り返信した。
彼女がどういう生活をしているのか知らないが、さすがに審査するだけで十五万円という金額では二の足を踏むだろう。
諦めてくれることを願う一方で、どこかで申込を待っている自分がいた。
特別コースでは、見積金額を提示すると申込をやめる人もかなりの数がいる。
料金が高額なのは、多くの手間と費用が料金に反映されていることも理由だが、ひやかしや面白半分の申込を排除する狙いもある。
決して安くない料金を支払ってでも本当に忘れたいことがある人だけが施術を受けられるのだ。
僕は、ルカへの返信に一言、付け加えた。
「記憶を消しても愛は残る、人間の愛は永遠かどうかということに、興味はありますが」
僕は送信ボタンを押した後で、後悔した。
いっときの感情で私見を伝えてしまうとは、プロとして未熟だと自己嫌悪に陥った。
そうだ、帰りに「短時間コース」を受けようか。
こういう時のために短時間コースはある。
日常生活で些細な自己嫌悪に陥ることは多々ある。その自己嫌悪を引きずらないために短時間コースで早めに忘れることも、精神衛生上いいことだと思う。
我が社では、福利厚生として、カウンセリング室に社員用の忘却マシンがある。気が重くなるような相談や申込を受けた時のストレスを軽減させるためのものだ。社員は簡単なカウンセリングの後、短時間コースで施術を受ける。
僕は、今日、この自己嫌悪を家へ持ち帰らないようにしようと思った。
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