第5話 はじめてのバイト

「あんた今まで何してたの」

「仕事は薬草採取でした」

「なら葉っぱ摘んでりゃいいだろ。うちは天麩羅(てんぷら)揚げるところなんだよ」

「転職したいと思いまして」

「いや、転職ってあんたねえ」


 いきなり飛び込んだ老舗割烹店の面接は、散々な出来だった。

 ハナから嫌われている感じがする。

 こりゃ飲食でも実業を起こすには望み薄だったかなぁと思ったが、なぜか話しはやけに弾んだ。


「なんで料理の世界に」

「将来は私も店を持ちたくて」

「あんたみたいなのがやれる世界じゃないけどねえ」

「はぁ、まぁそうですね」

「いくとこあるの」


「いまは冒険者ギルドでお世話になっております」

「冒険者なんてヤクザもんの商売だよ。まっとうな仕事じゃないけど」

「食い扶持ですので」

「ふーん。やめちまえよ、そんな稼業なんて」

「薬草採取はやめたいです」

「そうだな。明日からうちに来るか?」

「ぜひお願いします!」


 あれ、なんかバイトの採用が決まったんだが。

 全然嬉しくない。


 その割烹店は、王都の高級官僚や高位の商人がよく利用する老舗店らしい。

 暖簾があって、格式高く。

 古風な庭も部屋から望めるところで、東洋の国からやってきた板前と女将が経営しているのだそうな。


 俺は一晩よく寝て、朝4時から仕込みのためのバイトに行った。


 1時間で辞めた。

 キツすぎ。


 仕事は食器洗いだった。

 辛いから、トイレに行くふりして、そのまま人目を盗んで帰ってきた。 

 休憩までバックレ待てねえんだもんよ。八つ当たりをされすぎて。


 ドンッ。


「あぁ、すみません!」

「おう。気をつけろよ兄ちゃん」


 と廊下で女にぶつかった時に言われた。

 悲しかった。女に舐められたんだなあ。


 本当に申し訳なかったけど、女にコケにされるぐらいなら辞めるわ。

 辞める時にオーナー会社の連絡先を盗んで帰ってきた。

 何に使うんだろう、こんなもの、と思ったが色々考えていることはある。


 決意を固める。


 ここから俺の反撃が始まるんだ。



 第一章 王都の商人 開幕



 割烹店の経営会社は、どうやらグループの中核の一つだったらしい。

 俺はこの会社の成り立ちを調べるため、商業の広報誌が置いてある王立図書館までやってきていた。

 いくつか読んでいると、元政治家が関わっている会社らしく、グループの親会社が金貸しを行っている。


 割烹店から金融会社まで上がっていった会社の成り立ちを、俺はそのまま真似したかった。

 そういえば、経済の成り立ちって勉強したことがない。


 次に向かった先は冒険者ギルドだった。


 通りを歩いて、冒険者ギルドの中に入る。

 シェーラを探し、真正面から歩いて向かって行った。


「シェーラ。調べたいことがあるんだが」

「我がギルドは専門の調査機関ではないので、教えられる話には限度がありますが」

「それでもいい。株式会社ハンザという会社の、創業当時を知りたい」

「創業当時……。いいでしょう」


 そう言うと、シェーラが冒険者ギルドの執務室の奥に消えていった。

 しばらくして帰ってくると、なにやら大きなファイルを抱えている。

 俺の目前で、ペラペラ資料をめくって、やがてこう口にした。


「当時は国外との戦争特需状態でした。経済再興状態で、当たる人が多かった時代のようです。

 ハイベルン王国の地方から王都に出てきた創業者のレビは、居酒屋を立ち上げて経営を成功させた様子です」


 どうやって居酒屋経営を当てたのだろう。

 それが気になる。


「何を売ったんだ?」

「酒と戦争用の薬ですね」

「あぁ……」


 それか。現在でそのようなものを売れば憲兵に逮捕される。

 俺も今とは違うものを売ってみよう。しかし特需がなければ……。


「それから為替取引に手を出し、成功を収めました。

 為替商から海外の貨幣を購入し、王都で運用していたようです」


「へえ。そっちも大成功だったのか」

「そのはずです」

「経済の成功者って天才なんだな」

「なにかしらの秘訣があると思いますが」

「ふうん」


「……」

「話はもう終わり?」

「はい。要望に答えました。お代は金貨3枚頂戴できますでしょうか」

「はい……」


 がま口の財布から黄金の貨幣を3枚取り出して、支払う。

 そのままでは使えない情報だっただけに、少し悔しかった。

 シェーラに礼を言って、俺は冒険者ギルドから出た。


 街中を歩きながら、青空を見上げながら考え込んだ。

 今は戦争が行われていないから、割烹店の創業者のように薬品を売ることは憚られる。


 現在の世情で真似できるところは、為替商に手を出すことか。

 ギャンブルに近いと聞いたことがあるのだけど、物は試しだ。


 元手はいくらか作れる。為替商を頼ってみよう。

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