第4話 丁稚奉公
困った。
ポーションを売ったら、1日の稼ぎは銀貨2.5枚ほど。
鯛のアラ汁を売ったら、銀貨6枚ほど。
生きてはいける。借金も少しずつは返している。
だからスラム街の高利貸しは喜んでいるが、俺の暮らし向きは一向に楽にならない。
しかし、ポーション売りより自分で開発した鯛のアラ汁商売が少し美味しいのは事実だった。
翌日も市場に行って商売を続けてみたら、利益は横ばいの銀貨7枚。
元手が一切かからないとは言え、このままではジリ貧なのが分かりきっていた。
いつかは客に飽きられる。鯛のアラ汁とは言え。
東洋の神秘も完璧じゃあない。
定期商売にしたいが、大して稼げないのも事実だ。
だから俺は、人を使いたくて冒険者ギルドに赴いた。
入り口の扉を手で叩きながら、中に入る。
いつもの受付嬢にまっすぐに突き進んで、話しかけた。
「シェーラ。商談があるんだが」
「なにやら最近、業態転換されたようですね」
「あぁ。商人に蔵変えした」
「どうぞ。何用でしょう?」
カウンターに腰掛け、俺はシェーラと面と向かい合った。
「最近、市場で東洋風のスープを売っていてな」
「存じ上げております」
「客足が良くてそこそこ稼ぎもあるんだ」
「はぁ」
「そこで商売を広げていきたくて、金を貸して欲しい」
「事業資金の調達でしたら、あなたにはすでに多重債務がおありなので難しいでしょう」
「元手のかからない美味い商売なんだよ。絶対に儲かる」
「私どもといたしましては、真面目に働いて自己資本金を作られるのがよろしいかと」
「これを見てくれ」
生産魔法で鯛のアラ汁をその場で作ってみせた。
空の木碗に、熱々のスープが注がれる。
透明色のきれいなスープのはずだったが、シェーラは、
「うそー……私がこれを飲むの……?」と嫌そうな顔をした。
「素晴らしい魔法ですね。どこで覚えられたのか知りませんが、市場で売られるといいのでは」
「客先を開拓するために、宣伝資金が必要なんだ」
「一日の売上は?」
「銀貨10枚ほど」
「粗利はいくらでしょう」
「魔法で生産するから、100%だな」
「アホくさい商売ですね」
ふうん、とシェーラは考え込む素振りを見せる。
途端に厳しい顔つきをした。
「あなたは食品について専門的な訓練を受けているわけではありませんし、食品製造を行うには衛生的に問題もあります。
冒険者ギルドが事業資金をご用立てて、なにか問題が起これば、それは当然私どもの責任になりますので。資金調達はお引き受けしかねます」
「衛生管理については自信を持ってやっているつもりなんだが……」
「そもそも飲食事業について、思いつきの商売を行うのではなく、大手料理店などの丁稚奉公から始められたほうがよろしいのでは?
人を使えるようになるかもしれませんし、製法も営業技術も磨かれていくでしょう」
言っていることは正しいと思うが、そんなやり方をしていたら日が暮れてしまう。
丁稚奉公なんて潰され、壊されるからいやだ。
もっと楽して上に行きたいんだ、俺は。
「絶対の自信があるんだ。このまま1人で鯛のアラ汁を売り続けても、衛生的あるいは製法的に問題が出るとも思えないが」
「そうですかね。少なくとも、商売を1人でやることはおすすめしませんね。最初はウケるかもしれませんが、どこかが後ろ盾になっていなければ倒れますよ」
「……はぁーっ。わかったよ、出直してくる」
「それがよろしいでしょう。あと、それと」
「?」
「評判が広まっていますよ。薬草採取からジョブチェンジをしたと。もしや『役割』が変わりましたね?」
「まぁな」
そう言い捨てると、俺は冒険者ギルドから退出した。
冒険者ギルドで丁稚奉公でもやったら? と訳の分からないことを言われた俺は、頭を悩ませていた。
鯛のアラ汁は毎日午前9時から午後17時のあいだの8時間営業で、毎日業務を回している。
売上の銀貨は徐々に溜まってきているから、設備投資や顧客開拓ぐらいならある程度はできる。
だがそのやり方と資金調達を引き出そうとしたら、丁稚奉公とは……。
未だに金貨1枚を製造して安宿でニート生活をしていたほうが、異世界冒険的には正しい生き方だった。
女はできないけどなあ。魔法の小遣い生活じゃ、男だって誰もついてこない。
どうにかして上手く稼げねえかなあ。そう思って、俺は求人の掲示板を眺めていた。
適格な仕事は、と……。
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急募!
洋風レストランの厨房
日給 銀貨4枚
仕事内容 調理手伝い
特色 貴族も利用する高級レストランの求人です!
明るくやる気のある方をお待ちしています
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求人
大手料理店の割烹見習い
日給 銀貨6枚
仕事内容 皿洗い、調理補助等
資格 熱意のあるもの
特色 老舗料理店での、割烹見習い
長く続けると、自分の店も持てるように!
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うーん、どうも違うんだよなあ。
美味しい商売の情報や製法を知るために、どこかに弟子入りする必要はある。
世情を知るために、仕事の面接ぐらいには行ってみてもいいな。
下段の項の老舗料理店に俺は赴くことにした。
いの一番に言った。
「すみません、アルバイトの面接に来たんですが」
「え。あんた30代? いやぁ、老舗割烹店のうちではちょっとねえ」
すごい嫌そうな顔をされた。
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