第3話 市場売買

 俺は1日中、売買計算を行っていた。

 稼ぐ算段のある、捕らぬ狸の皮算用は楽しかった。


 1日のうちに生産できるポーションは、4個が限界。

 卸値は1個あたり銅貨8枚前後。

 4個売却して、銅貨24枚(銀貨2.4枚)の売上だ。


 しかし、冒険者ギルドのシェーラの言によれば、いつまでポーションを買い取ってもらえるかわからない。


 俺は薬草採取に戻るつもりなんてなかった。

 あんなどぶさらいのような毎日はもうごめんだ。

 将来的にはギルドか商会を開きたかった。


 そのためには、稼ぐスタイルを変えることだ。

 昔は身体が資本だった。一日中必死に身体を動かしていて、やっと生きていける。

 今は、頭だ。いかに効率的に売れるアイテムを作れるか、それがポイントだ。


 画期的な商品を作るために、俺はポーション売買を捨てることにした。

 それ以外の生産物を探して、王都の街並みを歩いていた。


 中央通りの市場をざーっと眺めてみる。飲食店が多いと再認識する。

 それなら生産物の露店売りをやめて、飲食で攻めてみよう。


 ハイべルン王国にない、物珍しい飲食を作れば……。

 日本にいた頃の記憶を頼りに、売れそうなスープを作ることを決意した。


 そのまま宿屋に帰って、思いついたアイデアを実行する。




 宿屋でキッチンを借りて、スープを作る。


 生産魔法でスープは自動で作れるが、俺は自分でも手を動かして作ってみることにした。

 まず、釜に水を入れて塩と昆布を投入する。材料はすべて生産魔法で揃えた。


 そのまま湯を沸かしてダシをとり、グツグツ煮えてきたところで鯛を投下。

 鯛のあらを煮て、生姜を刻んで入れる。味付けに醤油も入れて、コトコト煮込む。


 釜の中から、美味しそうな匂いが広がってくる。


 透明色のスープに、鯛のあらが浮かび上がっていた。

 鯛のアラ汁という、日本で人気のスープだった。


 スープが煮立ってきたので、試飲することに。


 ずず。うめぇ。

 でも大味だな。


 生産魔法で香辛料も入れよう。東洋酒を少量生産。

 白髪葱を作って、包丁で千切りにした。

 トッピングを添えて、もう一度最初から作ってみることに。


 結構美味しくなった気がする! 多分、売り物にできるはず。

 俺が手を動かして作ったスープを、生産魔法でオート生成。消費MPは10だった。


 面倒な作業は、魔法でオートでやらせるに限る。

 でも、自分でも作れる技術がないと、魔法に裏切られる。

 

 だから、商品開発だけはしつこくこれからも繰り返す。


 大釜いっぱいに鯛のアラ汁が作れた。生産魔法verを試飲。めちゃうめぇ!


 商品が初めて出来上がった。これであとは売るだけだ。大丈夫かな。




 翌日。朝の8時に宿屋を出た。


 市場(バザール)まででかけていって、今週いっぱいの営業許可を金貨3枚で買った。

 市場の端っこのほうに、客足の少なそうなところに店を構える。


 鯛のアラ汁を大釜に作って、薪で野外調理用の炉を組んで大釜をセットする。

 弱火で常に炊く。


 魔法で作ったスープは透き通った透明色をしている。我ながらなかなか美味そうだった。


 市場自体は朝9時に開場され、お客さんが多く訪れた。

 しかし、俺の鯛のアラ汁スープは、最初からお客さんの目に留まらない。


 他の揚げ鶏だとか、饅頭だとか、炒飯のような、定評のある店にばかり流れていく。

 声を上げて呼び込もうにも恥ずかしい。うーん、どうしよう。


 端っこのほうで、みすぼらしい大釜をしゃもじでぐるぐるかき回しながら、これ、汗入ったら地獄そうだなあと思っていると、ガキが訪れた。


「おっさん。それ何売ってんの?」

「鯛のアラ汁だけど、飲んでみるか?」

「いや、いいやぁ。なんか汚そう」


「失礼なガキだな……」

「失礼じゃねーぞ、バーカ!」

「うるさいんだよ!」

「けっ」


 ガキに馬鹿にされて冷やかされるだけだった。

 なんで嫌な思いをしなければならないんだ。


 こっちは商売しているのに。

 ぶつくさ言っていると、続いておばさんが現れる。


「あの……一体何を売られているのでしょうか?」

「あ、え、いらっしゃいませ。鯛のアラ汁です。いかがでしょうか」

「まぁ、それは……」


 大釜から木製の茶碗に移して、彼女にそっと手渡す。


「あら、透明色のスープじゃないの。これダシはなに?」

「魚の鯛で取りました」

「まぁ珍しい。……こきゅ。……美味しいわ!」


 中年の女性がスープを美味しそうに飲むので、それで興味を持った客がもう2人ほどやってきた。

 俺も自信をつける。


「いかがでしょうか、東洋風のスープです」

「珍しいな。美味しいのか?」

「自信を持っております」

「では、一杯いただこうか」


 男性客に鯛のアラ汁を一杯売り上げる。

 木製の茶碗から、その場でスープを飲むと、お客さんに大層ウケた。


「美味しい!」


 店に来たお客さん全員で20人ほどだった。

 合計で売上は銀貨6枚ほど。


 生産魔法で一気に稼ごうと思ったのに、売れば売るほど赤字だった。

 それでも金貨1枚を生み出して毎日死んだように生きるよりはいいかと思った。


 明日にはもっと売り上げればいいだけだ。

 事業を興したんだ。金も借りよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る