第3話「不穏な流れ」(愛花side)

 夏期休暇に入る数日前。


 「暑い~」


 隣にいるあさひが手を団扇のように扇ぎながら言う。


 「確かに、暑いね。あの人、なんでこんなところに呼び出したんだか」


 「そうだよね。なんでだろ」


 昨夜、ある人――ワトソンから私に電話がかかり、突如、大学近くの公園にあさひと来て欲しいと言われ、こうして炎天下の中来ているわけだ。


 だが、集合時間から五分経ったとしても、彼は現れず、今か今かと待っていた。


 「あ、ワトソン」


 私は夏バージョンのシャーロック・ホームズ風の服装をした、ワトソンを見て言う。


 「悪い悪い、準備に手間取って」


 「準備?」


 「ああ、気にしないで良いよ」


 「それは良いですけど、どうして私たちを?」


 あさひが言う。


 「ああ、その理由なんだが、ある事件について聞きたくてね」


 「ある事件?」


 私たちが声を揃えて言う。


 「その事件とは、一九九九年の夏に起きた殺人事件についてだ」


 「ふむ。それで?」


 私が彼に続きを話すように促す。


 「被害者は今野茉里奈で、年齢は二十五。夜道で帰路についているところを、犯人によって殺害されているとのことだった。その後、被害者の人間関係から、元交際相手の本山誠之(なりゆき)が捜査線上に浮上。後、逮捕され、実刑判決が下されている」


 「なるほど。でも、私たちに聞くことはないと思いますけど」


 「それがな、実はあるんだ」


 「え?」


 私が驚きの声を上げると、ワトソンは「聞いたことがあるか? 大学の海辺イベントでの噂」と言う。


 「知っていますけど、でも、なんでそのことを」


 「関係があるんだ。というか、その噂されているものが、僕が言った事件だ」


 思わず私とあさひは顔を見合わせる。


 「だから、私たちを」


 私がそう言うと、あさひが「でも、なんで今更その事件のことなんか?」と首を傾げる。


 「それは、愛花が頼まれた人探しの件と関係があるんだ」


 「私のと?」


 そう言われ、私は自分を指差す。


 「ああ。愛花が探して欲しいと言われた、その人はさっき言った事件の犯人だ」

 私はあの白黒の写真を脳裏に浮かべる。


 ――あの人が犯人・・・・・・。でも、どうして立川はそんなことを言わなかったんだろ。


 「うん? 何か悩むことでもあったか?」


 ワトソンに心を見透かれるように言われる。


 「あ、うん。その頼み事をしてきた人、恐らく知っていると思うのにどうして探して欲しいって言ってきたんだろって」


 「うーん。言われてみれば、そうだよね。ってか、頼んできた人って誰?」


 「立川って言う人」


 「ふー・・・・・・」


 「その人を知っているのか⁉」


 あさひの声を遮り、ワトソンが大声を張り出す。


 「ええ、まあ・・・・・・。でも、そんなに仲が良いって言うものではないけど・・・・・・」


 私は困惑しつつ答える。


 「そうか・・・・・・。とりあえず」ワトソンは手に持っていた鞄の中から、資料を出す。「事件の詳細についてと、本山誠之についてのものを渡しておくから、一通り目を通してくれ。その後に、詳しく話を聞く」


 そう言い、彼は立ち去った。


 ――どうしたんだろ。立川って言う名字を聞いた瞬間、突然興味を示し始めるし。

 不穏な空気が何となく感じるのを、私は思っていた。



 

 自室のベッドに寝転がり、ワトソンから貰った資料を読んでいた。


 「ふーむ。男女の縺れから起きた事件ね。でもこれが、どうして彼と繋がるんだろ」


 そう独り言を呟きつつ、脳内に事件の情報を落としていく。


 一九九九年八月十三日。ある女性が浜辺で遺体として発見された。その時に持ち合わせていた物から、名前は今野茉里奈、職業は学生だと判明。遺体には刺し傷が一ヶ所にあり、胸を一刺しだという。殺害された場所は発見現場の浜辺ではなく、人気の少ない道端で襲われたとのことであり、何者かが殺害現場から発見現場の浜辺へと運んだ可能性がある。その後の捜査により、警察は被害者と元交際関係にあった、本山誠之を捜査。結果、被害者に対し執拗に追っていた、ということから、彼に動機があると判断、証拠を集めて逮捕に至ったという。


 ――うーん。どう繋がるんだろ。


 ふと考えてみるが、あまり繋がる線が見つからない。


 私はもう一つの資料――本山誠之についての物に目を通す。


 本山誠之は事件当時、被害者と同じく学生で、歳は一つ上。ということは、被害者は十九歳であるから、彼は丁度二十歳なのかな。


 彼の性格として、比較的真面目だと周囲の方々の印象。だが、実情は異なり、彼は何度も窃盗を繰り返している、とのことだった。その当時の刑事によれば、彼は捕まる度に反省をし、出所をしてもまた窃盗をする、その繰り返しだったそうで、かなり手間が掛かった、とのことだった。


 ――うーん。繋がるとしたら、この人なんだけどな・・・・・・。


 先程の事件資料を手に取る。


 ふと、ある項目に手が止まる。


 ――あれ、犯人に弟がいるんだ。


 本山成彦。彼もまた真面目な性格で、人の世話を尽くす方だと記されている。

 そして、彼の息子にあたるのがーー。


 「立川悟・・・・・・」


 それは、ワトソンに間接的に依頼してきた人だった。


 「まさか、ね」


 私は携帯を取り、立川に電話を掛ける。


 プルプル、と鼓膜に響く。


 『お掛けになった電話番号はお使いになられていないか・・・・・・』


 「え?」


 思わず声に出してしまう。


 ――どうしたんだろ。あの人。


 そう思っていると、携帯が震える。立川からかな、と思ったが、あさひからだった。


 「もしもし」


 『もしもし、ねぇ、愛花。何か分かった?』


 「うーん。今のところは」


 『だよね。男女の縺れから発生した事件ということだけで、あまり特別な事件じゃないって思っているんだけど』


 「あまり特別な事件って言うわけではないけど。まあ、私もそう思ったところ」


 『ところでさ』


 「なに?」


 『ワトソンさんさぁ、どうして立川に興味があるんだろ』


 「さぁ、私も分からない」


 『だよね』


 「じゃっ、おやすみ」


 『おやすみ』


 電話が終わる。


 ――彼は何がしたいんだろ。私が依頼をするときにあの写真を見せたら、険しい顔を見せたし、立川って言う言葉に反応するし。


 どういうことだろ。


 多分、彼は事件と何かしらの形で関わっているのかな・・・・・・。


 とりあえず、明日に備えて寝よ。


 私は布団にもぐって目を瞑った。

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