第198話 拾われ子と惨禍 二十一
だが、天災に次ぐ天災でその終わりも霞の中へ見えなくなった。
「もう、無理だ」
抗い続けた者達の中に、次々と心折られる者が出てきた。彼等は、終わりの見えない惨禍から解放される事と引換えに、終わりのある苦痛を選ぶ。
戦友達の屍の中、生きている者達が戦い続ける理由は、死への恐怖、ハンターや冒険者としての誇りと意地、町や人々に対する情の何れかだ。
「……終わりが見えたと思ったら見えなくなって、只管戦って手が届きそうになったらまた見えなくなって……か」
「……流石に、そろそろキツいな……」
大襲撃、堕龍、召喚魔法陣から出てくる大量のモンスター。
それらに耐えて戦ってきた者達だが、その頑強な精神と肉体を破壊せんとばかりに魔法陣は何度目かの光を放った。
「またか……! 今度は何だ? 鬼か!? トロールか!?」
「数は!?」
ハンター達は、今まで戦った中から考えうる最悪の事態を想定して警戒する。だが、魔法陣から現れたのはたったの二匹だけだった。
「ガルゥ……」
「ガルル……」
長い被毛を持つ狼のモンスターだ。片方は緑がかった黒の毛に、深緑の眼。もう片方は、青みがかった黒の毛に、深青色の眼を持っている。
四足歩行のモンスターの中では大型である
「「アォォ……」」
「!? 全員退――」
「「アオォォォォォン!!」」
二匹を中心に突風が吹き荒れ、風の刃と氷柱がコハクやハンター達を襲う。
生き残っていたハンター達の多くは切り刻まれ、或いは串刺しとなり肉塊と化した。
《!! ウゥゥゥゥ……!!》
眼前で起きた新たな惨劇に、コハクは鼻に皺を寄せ、牙を剥き出しにして敵意を顕にする。
《グルォォォオォォ!!》
殺気を込めて吠えたが、二匹は微塵も怯まない。
「…………ガルゥ」
「ガルル」
《…………!》
黒狼達はコハクを見下すと、つまらなそうに息を吐いた。
その態度がコハクの神経を逆撫でする。
《舐めるな!》
黒狼達に向かって駆け出したコハクの前に、逆さ氷柱が突き出した。軌道を変えたコハクだが、行く先々で逆さ氷柱が生まれ、邪魔をする。
業を煮やしたコハクは、跳び上がると黒狼達を宙から見下ろした。
《邪魔臭い!
宙にいるコハクは、魔力の気配で風の刃が向かってくるのを感知した。避けられないと理解して、咄嗟に攻撃から防御魔法に変えて防ぐ。
長く深く抉れた岩板が落ちるのを眺めていた感心した様に目を瞬かせると、コハクに話しかけた。
《機転が利く。それなりに動けるんだな》
《そこのヒト共とは違うね》
《…………》
モンスターは人間、とりわけヒトよりも本能が強い分、相手との力量差を正確に感知する。
コハクは自分と黒狼達はそれ程力量差が無いと感じていた。
一対一で戦うならば、だが。
《(……二匹同時は不味いな)》
「コハク!」
数少ない生き残りの一人である初老のハンターの声に、コハクは黒狼達から目を逸らさず、耳だけを其方に向けた。
「そいつらはスコルとハティだ!」
《?》
ハンター達と違って、種族名を言われてもコハクはピンとこない。だが、何やら厄介そうな相手である事は緊迫した声から何となく伝わった。
「スコルは風、ハティは水属性を持ってる。身体能力も高く、さっきみたいに二匹で連携して攻めてこられると危うい! 気を付けろ!」
スコルもハティも、灰色獅子狼と同じく危険度B+ランクのモンスターだ。
御伽噺にも出てくる程、古い時代から存在するモンスターであり、御伽噺の内容から「太陽を蝕む悪狼」「月を蝕む悪狼」とも呼ばれる。人々を照らす光である太陽と月を害する存在として、忌み嫌われている。
《灰色獅子狼、とはコイツの種の名前だったか?》
《覚えていないな。ヒトが付ける名前なんて俺達にはどうでもいい》
《そうだな。俺達にとって必要なのは、太陽と月。そして殺りがいのある獲物だ》
《あと美味い肉》
隠そうともしない猛悪な害意が、コハク達に向けられる。
ハンター達はたじろぐが、コハクは平然と対峙する。
《(オレにとって必要なのは)》
二人と一羽を思い浮かべて、コハクは確信する。
《お前達とは合わないな。美味い肉が好きなのはオレも同じだけど》
スコルとハティの視線の先には、ハンター達がいる。
《肉の好みが違いすぎる》
《そうかよ》
スコルとハティが同時に走り出す。体勢を低くしたコハクは、地魔法でスコルを足止めし、ハティに攻撃した。
地面から次々に突き出してくる
《!!》
予想外の動きに、ハティは跳躍してコハクから距離を取った。魔法を止めたコハクとハティが睨み合う。
コハクの背後で、気配を消していたスコルが不意打ちで飛びかかろうとしたが寸前で脚を止めた。スコルの眼前を火魔法が横切る。
「チッ!」
「ガルルルル……」
「こっちは俺達で倒すぞ!」
ハンター三人でスコルを囲う。気配で状況を把握したコハクは、ハティに向けて地魔法を連発した。前方からどんどん撃たれる地魔法に、ハティは止むを得ず避けながら後退する。
《分断すれば勝てると思っているのか? お前はまだしも、あのヒト共が相棒を殺せるとでも?》
ハンター達は三人全員がCランクだ。各々の能力は決して低くはないが、B+ランクのモンスターを倒せる実力は無い。コハク自身、三人が死ぬ可能性は高いと思っている。
しかし、スイと旅をして、ハンターと言うものをよく見てきたコハクは知っている。
単独で動く事を好むハンターだが、連携出来ない訳では無い。そして、連携して戦うとなった時、彼等は単純な数以上の力を発揮すると言う事を。
だが、コハクはそれについて何も言わない。敵に助言する必要が無いし、言った所でハティの様な性格の者は真に受けない。
《よく喋るな。その相棒と組まなきゃ戦えないから、時間稼ぎのつもりか?》
《……その挑発、敢えて乗ってやる。後悔するなよ》
《するのはお前だ》
《良い度胸だ!!》
牙を剥き出しにしたハティは、
《ぐっ!》
《
コハクの爪がハティの左頬を裂いたが、同じく前足で反撃してきたハティによってコハクも顎に傷を負った。
一度、二匹共後ろに下がり、そろそろと横に動いて相手の出方を伺う。濡れた被毛から飽和した血が地面に落ちた瞬間、二匹は同時に踏み込んだ。
爪による切り裂きと、牙による噛みつきの応酬。合間に、唸り声と共に岩と氷が飛び交うが、互いに皮一枚で躱して反撃で致命傷を狙いに行く。
ひとつひとつの傷から流れる血は少なくとも、数が多ければ身体から失われていく量は多い。激しい攻防で飛び散る血が、二匹の周りを赤く染めていく。
ふと、ハティの目が頻りに動くコハクの耳に向いた。
《向こうを気にしてるな。まぁ、相棒とお前の相性を考えれば解らないでもないけど》
単純な強さが同程度ならば、相反属性のコハクとスコルは戦えばどちらもただでは済まない。
ハンター達が負けてスコルが加わると、数でも属性でも圧倒的にコハクが不利になる。
ハティの考えは当たっているが、コハクがハンター達を気にするのはそれだけではない。
《(……まだ全員生きてる。見かけによらず、やる奴等だ)》
人間の安否を、モンスターであるコハクが気に掛ける事を野生のハティには理解出来ないだろう。
《(でも殺られるのは時間の問題だな)》
三人共軽視出来ない怪我をしている。スコルにもいくつか傷を負わせた様だが、一人がやられれば忽ち総崩れになるのが目に見えた。
コハクは音と気配でスコルの位置を把握すると、前脚を広げて意識と魔力を集中させた。
《! 何だ!?》
大きな魔力に危険を察知し、発動させまいと距離を詰めたハティが左足を振り上げた。
コハクに爪が届く前に、地面が大きく揺れる。
《
上級地属性魔法、
本来なら広範囲に及ぶ攻撃魔法だが、コハクは魔力操作で範囲を限定した。
「うおおっ!?」
《な"っ!?》
《グアアァッ!?》
コハクとハンター達を避けて、大きく隆起した地面がハティとスコルの腹を突き上げる。宙に浮いた二匹は、受け身を取れず地面に身体を打ち付けた。
「ギャイン!!」
「ギャンッ!!」
二匹とも大ダメージを喰らったが、属性相性の影響でスコルの方が重篤だった。血を吐き、蹲って荒く呼吸している。
《あ……相、棒……》
立ち上がったハティは、ふらつきながらスコルに歩み寄る。声もあげられない様子に、命が間もなく尽きるであろう事を悟った。
「コハク!」
「大丈夫か!? コハク!」
「グルゥ……! グルルル……」
余裕の無い表情で、足取りが覚束無いコハクをハンターの一人が支える。致命傷は見当たらないが、出血量が多い。
「血を流し過ぎたか?」
「魔力操作しながらの上級魔法発動だ。多分魔力も集中力も限界の筈。誰か回復薬か魔力水持ってないか?」
「とっくに使い切ってる。闘技場に行くしかない。コハク、歩けるか? 無理なら誰かの背中に乗れ」
《…………!》
コハクは、今程スイ以外の人間に言葉が通じない事をもどかしく思い、焦った事は無かった。
「グルルルルルァ……!!」
オレに構うより、早くそいつらを殺せ。
必死に訴えるが、誰もコハクの意思に気付かない。
《…………!》
とてつもなく嫌な予感に、コハクは襲われていた。
何がどうなるのかは解らなかった。理由も無かった。ただ、本能が叫んでいた。
早く殺せ。取り返しがつかなくなるぞ、と。
「グルゥゥアアッ!」
殺せ!!
今にも噛み殺さんと言う様な形相で訴えたコハクに、ハンター達も只事では無いと気付く。だが、空しくも新たな厄災の種は撒かれてしまった。
「!? あいつら、魔法陣で何する気だ!?」
虫の息となったスコルを咥えたハティが、魔法陣の中央にいた。そっとスコルを下ろすと、ハンター達の方に顔を向ける。だが、その深青色の眼が見ているのはハンター達ではない。
ハティの視線の先を追って、初老のハンターが振り向く。紫霄の空には半月が浮かんでいる。
「(朝から戦っていたが、もう夕暮れになっていたのか……ん?)」
ハティの方へ向き直すと、太陽が沈みかけている背後の空は茜色に染まっていた。
「……太陽、と……っ!!」
太陽と月。スコルとハティ。御伽噺がちらりと頭に過ぎった時、推測の全貌が姿を見せる前に全身に走った寒気。それは、生物としての彼の本能なのかもしれない。
武器を持って、ハンターは魔法陣に向かって走った。焦燥か、恐怖か、口からは叫び声が溢れていた。
それは、偶然の重なりだった。
悪狼達が追うふたつの光が、空に同時に現れた。
死にたくない。死なせたくない。もっと力を。
魔法陣は、堕龍の闇の魔力と、二匹の命を使って奇跡を起こす。
最悪の奇跡を。
「ぬあっ!?」
魔法陣が紫の光を放つ。光の中に消えたスコルとハティはひとつとなり、新たな姿を得る。
《……何だ、コイツ……!?》
凍てつく暴風が吹く。スコルやハティよりも更に大きなそのモンスターは、禍々しい気配を放ちながら漆黒の被毛を揺らして一歩踏み出した。
「全てを喰らい尽くす。人間も同胞も。太陽も月も。精霊や、神龍でさえも」
光を喰らう魔狼、フローズヴィトニル。
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