第197話 拾われ子と惨禍 二十

「ハァ……ハァ……」


 鮮やかな赤い羽をたたんで、ザクロが木の枝に降りた。

 町を発つ時に、ザクロはリーディンシャウフからの正式な知らせである事を示す、ブライアント伯の印が押された文を三通預かった。両足と首に合わせて三通付けられていたが、それらは今は全て無くなっている。


「(オ手紙渡セタシ、チャント言葉デモ伝エタ。ザクロ、頑張ッタ……。チョットダケ休憩……)」


 ザクロは夜目が利かない。一度夜間に飛ぼうとして、木に激突してからは夜に飛ぶのは良くないと学習した。

 それでも、火急の知らせだと、それ以上にスイ達の危機だと言う事を充分に理解しているザクロは自身の危険を承知で夜も休まず飛び続けた。

 町と町は、徒歩だと最低でも数日掛かる距離に作られている。障害物の無い空を最短距離で飛んだが、知らせ終わるのに一日以上掛かった。

 木々に当たらない様に高く飛んだが、途中でぶつかったり枝で引っ掻いた部分は血が滲んでいる。


「(イタタタ……デモ、ゴ主人達ノ方ガイッパイ怪我シテルヨネ……。応援イッパイオ願イシタカラネ、ゴ主人)」


 羽繕いをしながら、ザクロは町にいるスイ達の事を憂う。

 不眠不休で飛んだ甲斐あって、ザクロが降りた町の各ギルドは早々にリーディンシャウフへの応援を決めた。


「(途中デオッキナ声聞コエタケド、ゴ主人達大丈夫カナ……)」


 そわそわと羽を動かすザクロは、幸か不幸か、リーディンシャウフに堕龍が出現した事を知らない。

 大襲撃スタンピードが天災でもスイ達ならば大丈夫だと思いたいが、どうにも消えない嫌な感覚がまとわりついてザクロは頻りに羽と首をそわそわと動かす。


「……アッ……」


 ザクロは、下げた視線の先に黄色の羽の伝言鳥がいるのを見つけた。羽根が周囲に散らばり、伝言鳥自身はピクリとも動かない。

 町を出る時は沢山いた伝言鳥だが、帰路についてから一度も生きている伝言鳥は見ていない。


「……アッチノ方ニモ町アッタ気ガスル……」


 大きな火山を見て、ザクロはスイに見せてもらった地図を思い出す。

 本来、自身の担当する方角ではないが、より多くの町にリーディンシャウフの危機を伝えた方がスイの為になるのではないか。

 そう考えたザクロは、辺りを見回してからそっと地面に降りる。黄色の伝言鳥の身体を見ると、一通だけ文が残っていた。


「……頑張ッタネ。アト一箇所ハ、ザクロガ代ワリニ伝エルカラネ」


 目指すは南大陸南部。火山とリーディンシャウフの直線上に町が有ったはずだと、ザクロは一通の文を咥えて、少々あやふやな記憶を頼りに飛び上がる。

 そんなザクロに、耳障りな鳴き声をあげてふたつの影が向かっていく。


「ゲギャギャギャ!」


「ゲギャーギャッ!」


「!?」


 前方向左右から一羽ずつ向かってきた大型鳥モンスターの間を、ザクロは速度を落とさずにすり抜けた。

 それが癇に障ったのか、二羽はザクロの後を追いかける。


「(アレ、確カゴ主人ガ教エテクレタ奴……!)」


 伝言鳥を飛ばすとユーグが決めた後、スイは幾つかの注意事項をザクロに伝えた。その内のひとつが、モンスターの知識だ。


「(エーット、エーット……マグマバルチャー!)」


 火山に生息するマグマバルチャーは危険度B-ランクだ。中級火魔法と同程度の威力の火のスキルを使う。

 主に屍肉を食らうが、生きた獲物を自ら仕留める事もある。太い脚と爪で押さえ込まれると、嘴で抉られるか火で焼かれる事を覚悟しなければならない。


「(……ザ、ザクロ、強クナッタケド……)」


 太陽の光を反射して、嘴がやけに鋭く見える。


「(痛イノハヤダーー!)」


「ゲギャーー!」


「ゲギャギャー!」


 ザクロをマグマバルチャー達が追い掛ける。

 火の気配を感じたザクロが軌道をずらすと、真横を火の息ファイヤーブレスが通り抜けていった。


「! ンン……ンーー!」


「「ゲギャッ」」


 負けじと創った複数の火球は、二匹の顔に当たった。しかし、すぐに火は立ち消え、狡猾そうな顔がザクロを睨んだ。


「(ピャーッ! ヤッパリ効カナカッター!)」


 ザクロもマグマバルチャーも火属性を持つ。互いに互いの属性攻撃はほぼ利かない。

 マグマバルチャーの速度が上がったのを見て、ザクロも速度を上げた。差は縮まらないが、広がりもしないまま三羽は空を翔ける。


「(……マ、マダマダ……!)」


 不眠不休の疲れがザクロに重くのしかかる。それでもザクロは諦めない。

 名も知らない伝言鳥の最後の役目を果たす為に。何より、スイ達の危機を助け、生きて帰る為に。

 此処で死に捕まる訳にはいかないと、ザクロは更に速度を上げる。


「ゲギャギャギャ」


「……ゲギャッ?」


 必死に逃げるザクロを追うマグマバルチャー達だが、一羽が異変に気付く。

 炎の気配。火山の火口よりも濃密なそれが、とてつもない速さで近付いていると気付いた時には、身体は燃え盛っていた。


「ゲッ!?」


「ゲギャーッ!? ゲギャッ! ゲギャッゲギャッ!!」


「……エッ? ワッ!?」


 驚いた拍子に、咥えていた文を落としかけたザクロは慌てて咥え直す。

 上げた顔で見たのは、火耐性を持つマグマバルチャーが燃え尽きて落下していく様だった。


「…………!?」


「ゲ――」


 残りの一羽は、焦った素振りを見せたが間もなく姿を消した。後から、真下に広がる森から枝が折れる様な音が続けて聞こえ、すぐに静かになった。


「………………」


 ザクロは、眼前の存在を凝視する。

 今し方、マグマバルチャーを燃やし尽くし、或いは尻尾で叩き落とした――赫きドラゴンを。


「(オ、オッキイ……)」


 コハクより、トロールより、今まで見てきたどんなモンスターよりも大きい龍に、ザクロは震え出す。


「(ド、ドウシヨウ……)」


 気付いた時には目の前にいた。そんな速さを持つ龍から逃げるには。

 絶体絶命の状況に、ザクロはスイとコハクを思い出して目に涙を浮かべる。


「…………」


 時間にしてたった数秒。その中で考えて考えて、ザクロは決意する。


「――ピュルルルル!」


「!!」


 声高らかに鳴いたザクロは、龍に火球で先制攻撃すると、その場から全速力で離脱を図った。

 眼下に町が見えたが、龍を連れていくかもしれない可能性がある以上、その町に降りる事も、リーディンシャウフに戻る事も出来ない。

 そもそも、逃げ切れるともザクロは思ってなかった。


「(ゴメンナサイ、ゴ主人。ザクロ、ゴ主人達ノ元ニ帰レナイ)」


 茜色に染まっていく空に、数粒の雫が舞う。


「(デモ、コノ龍ハザクロガ引キツケルカラ)」


 大襲撃をくらったリーディンシャウフに、スイ達に更なる天災が向かわない様に。

 ザクロは命を懸けて飛ぶ。途中、火山近くの町の上空で嘴を開くと、咥えていた文は町の門近くの草木の中に消えていった。


「(オ願イ、気付イテ)」


 町の人間がリーディンシャウフからの知らせを拾う事を願って、ザクロは町を通り過ぎる。


「――逃げるな」


 聞こえた低い声に、止まりそうになった羽を無理矢理動かす。

 すぐ後ろに巨大な炎が迫っている事に気付いたが、時既に遅く、ザクロの身体は燃え上がった。


「――ピッ」


 灼熱に包まれて、ザクロの思考は止まる。炎の中で、赫き龍が近付いてくるのを見た。


「ア!? ワァァァァ!?」


 羽が、身体が焼けていく。耐性を上回る炎に自身が喰い尽くされていく事に、ザクロは驚きの声を上げた。


「コハ、ク……ゴシュ……ジ……」


 帰りたい。会いたい。


「ゴメ……ン、ナ……サ…………イ」


 願いが叶わなくなった事を悔やみ、約束を守れない事を謝る。

 そして、ザクロの身体は炎の中に消えた。

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