第24話 拾われ子の目下の悩み

 アードウィッチの町にスイが来てから二十日が過ぎようとしていた。ドラゴンとの事は帰還の翌日にシュウと共にヴァレオンに説明をし、それから数日間スイはハンターの仕事に精を出していた。


『(体力と脚の筋肉がつきそう)』


 依頼のモンスターを討伐するのに山道を登ったり降りたりの繰り返し。それでもスイの呼吸は安定している。


『(前よりずっと楽だ。それに)』


 スイは岩蟹ロッククラブをナイフで斬り倒した。右手に握るナイフを見る。


『(魔法じゃなくてもモンスターを倒せる……教えてもらえて本当に良かった)』


 呼吸法による身体強化。特定のリズムで呼吸をしている間、身体能力を格段に上げていられるこのスキルはスイの膂力不足を補う。

 元々、膂力不足で発揮出来ずにいただけで近接戦のセンスはあるのだ。スイは今までの鬱憤を晴らすかのようにナイフでモンスターを討伐し続けた。


『(……やりすぎた……)』


 アイテムポーチいっぱいの岩蟹や洞窟蝙蝠ケイブバットを見てスイは少し反省した。依頼分はとうに討伐している。

 そろそろ町に戻ろうと、連れてきていたコハクを呼ぶ。


『コハクー!』


「がるぅ!」


『(……狩ったものでも食べてるのかな?)』


 くぐもった声で返事が聞こえてきた。コハクはスイが討伐を始めると同時に意気揚々と駆け出し、それからずっと山々を走り回っていたのを、討伐の傍らにスイは傍目で見て確認している。

 空腹になり、小型のモンスターでも狩ったのかもしれないと、声が聞こえた方にスイは向かった。


『…………思ったのよりだいぶ大きい』


「ぐるっ!」


 凄いだろ、と言わんばかりに誇らしげな顔をしているコハクの頭を撫でてやる。

 コハクが狩ったのは、仔猫サイズの自身よりも十倍以上あるクリフゴートだった。地魔法を使うが、基本的には此方が何もしなければ襲ってこない温厚なモンスターなので危険度はEとなっている。

 狩ったはいいが、コハクがクリフゴートを食べる素振りは無い。


『……食べないの?』


「ぐるる」


 コハクはクリフゴートの首元に噛み付くと懸命に引っ張ろうとする。しかし身体が小さいので少しも動かせていない。


「ぐるる!」


『…………?』


 何か訴える様に鳴くコハクにスイは首を傾げる。


『(テイマーなら、テイムしたモンスターの考えが解るらしいけど、従魔の首輪だと解らないなぁ……)』


 テイムのスキルは、スキルを使った者とモンスターが魔力によって繋がる。線の様に繋がれた魔力を伝ってお互いの意思疎通が出来る様になるのだ。

 しかし、従魔の首輪は首輪の石に込めた魔力の持ち主があるじだとモンスターに認識させるだけで、人間とモンスターの間に繋がりは無い。魔力を受け入れた以上、従ってはくれるが人間とモンスターを繋ぐ物が無いので意思疎通が難しくなる。


「ぐるる……ぐるる!」


 今度は頭を使ってクリフゴートの身体を押そうとしている。


『何処かに運びたいの?』


「ごるぅ……」


『違う……? もしかして、ボクにくれようとしてる?』


「ぐるっ!」


 そう、とでも言っている様にパッと顔を上げたコハクにスイは笑みが零れた。


『そっか、コハクも手伝ってくれたんだね。ありがとう』


 頭を撫でればごろごろと喉を鳴らして目を細める。シュウは獅子と狼、半分ずつではないかと言っていたが、現状甘え方は仔猫、鳴き方は獅子寄り、爪は前足を触るとにょきっと伸びるのでこれも猫。マズルがまだ短いが、顔付きはどちらかと言えば狼寄り。他に狼要素と言ったら、遠吠え位か。


『(灰色獅子狼アサシンレオウルフって雄と雌で姿が違うらしいから、コハクは大きくなったらもふもふになるのかな)』


 雌は短毛の猫をそのまま大きくしたようにスリムな体躯になるが、雄は胸元の被毛が増え、全体的に毛足が長くなり、体格も雌より一回り大きくなる。コハクは雄なので、将来後者の姿になるだろう。


『(……で、これどうやって運ぼうかな……)』


 スイのアイテムポーチはもういっぱいだ。古いポーチの二倍入るから大丈夫だと倒しまくっては入れていたら、満杯になってしまい、もう何も受け付けなくなっている。


『(……持ち歩けるかな?)』


 呼吸法で岩蟹を斬れる程になったのだ。モンスター一匹位なら持てるのではないかと考えて、スイはクリフゴートの身体の下に両腕を入れた。


『よっ、と……あれ……』


 持ち上がった。持ち上がりはしたのだ。問題はその後だった。


『(み、見えない……)』


 大きめの体躯と角で、スイの視界がほぼ塞がった。


『(……私も、大きくならなきゃ……)』


 コハクの将来を楽しみにしている場合ではない。

 膂力不足のコンプレックスが解消されたと思ったら次は体格のコンプレックスが出てきた。スイはよたよたしながらクリフゴートを町まで運ぶ。


『(手っ取り早く身長伸ばす方法無いかな)』


「……スイ、それ前見えてるのか?」


『うわっ!?』


 気配の全く無い筈の所から聞こえた声にびくりと肩が跳ねた。

 視界を埋める毛の向こうを見ようと背伸びをしたが、それに合わせてクリフゴートも動いただけだった。

 スイは姿を確認するのを諦めて、声の主に話しかける。


『……ハンターシュウ、お疲れ様です』


「お疲れ。で、前は見えてるのか?」


『……ちょ、ちょっとだけ』


「そんな状態で山を歩くんじゃない。滑落したらどうする気だ」


『あ』


 両腕に掛かっていた重さが消えて視界が開けると、呆れた様な雰囲気を纏ったシュウが片腕でクリフゴートを抱えていた。ゴーグルのせいで相変わらず表情は判りにくい。

 気配をわざわざ消しているのは意地悪だとスイは思う。


「ポーチに入れれば良いだろう? 呼吸法で身体強化出来て嬉しいのは解るが……」


 そう言ってスイのアイテムポーチを開けて入れようとして、反発を受けてシュウは押し黙った。


「……何をこんなに入れた?」


『…………岩蟹と洞窟蝙蝠を…………』


「スイ」


『ハイ』


「はしゃぎ過ぎだ」


『ハイ、スミマセン』


 叱られてスイは素直に謝り、シュウと一緒に町まで戻る事にした。クリフゴートはシュウがそのまま担いで運んでくれている。


「……クリフゴートの依頼なんて有ったか?」


『いえ、無かったんですけど、コハクがボクにあげようと狩ってくれたみたいです』


「コハクが?」


「ぐるっ!」


「……コハクはこいつを運べたのか?」


『少しも運べてませんでした』


「だろうな。だが成獣になると大きくなる種族だ。数ヶ月もすれば母親と同じ位のサイズにはなるだろう」


『…………ハンターシュウ』


「ん?」


『人間はどうやったら身長伸びますか?』


 呆気に取られたのか、口を半開きにしてスイを見下ろすシュウは、スイの言葉の意味を理解して口を抑えて肩を震わせた。


『馬鹿にしないでください!』


「い、いやすまん……そうだな、よく食べてよく動いてよく寝れば、身長は伸びると思うが……」


『……もうやってます』


「ふはっ」


『ハンターシュウ!』


 ぷんぷんと怒るスイの頭を撫でながらシュウは笑う。その頭はシュウの胸の高さまでしかない。


「スイはまだ成長期前だ。焦らなくてもこれから伸びる」


『……ハンターシュウと同じ位になれます?』


「それは無理だ」


 むぅ、とスイは頬を膨らませる。シュウはそんなスイを宥めながら、そしてコハクは二人を見上げて足元をうろちょろしながら帰路についた。


 素材買取所で査定を終え、受付で精算手続きを終えたスイはロビーで待っていたシュウの元に小走りで近付いた。


「素材買取所の職員が苦笑いしてたな」


『謝りました』


 ポーチから出した大量の岩蟹と洞窟蝙蝠を見た時の職員の顔を思い出して、スイはしょんぼりとした。


「ハンターズギルドからすれば、あの二種は最近数が増えてて助かったみたいだから問題無いだろ。で、スイ」


『はい?』


「ゲルベルト爺さんからの知らせで、武器が出来上がったそうだ。今から行くぞ」


『はい……え、二人分出来たんですか?』


 レジナルドは物によるが一本辺り二週間位かかるのが普通だと言っていた。二人分を打っていた筈だが、まだ二十日程しか経っていない。


「あの爺さん、品質は勿論だが速さも一級品だ。どんな物が出来上がっているか楽しみだな」

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