第25話 拾われ子達とハンターと鍛冶師と
二人並んで地下街に降りる。壁や天井に埋め込まれている魔石灯の明かりで地上とはまた別の明るさだ。
ふと気になった事を、スイはシュウに訊ねた。
『地上の町の下にこんな大きな空洞があって、崩れた事は無いんですか?』
「地魔法で魔力を込めてしっかり補強しながら掘ったから無いそうだ。今でも定期的にメンテナンスをしているらしい」
『……山道の道も地魔法で作られてますよね?』
「あぁ」
『あっちは崩落とか起こるのは何で……あ、岩蟹のせい……?』
質問しながら思い浮かんだ蟹型モンスターの名前を挙げれば、シュウが正解と答えた。
「道はある程度補強するが、壁の中まではしない。あいつらは地魔法を使えるから、壁の中を掘り進むんだ。だから時折崩れる。地下街は全体が補強されてるし、町中にあるからそもそも結界に守られている。町に害を成そうとするモンスターは入ってこれないから岩蟹による浸食も無い」
『岩蟹が大量発生すると討伐依頼がすぐ出されるのは、人命の為だけではなくてそれも理由ですか?』
「そうだ。山道が崩れたら町に人が来れず、経済が滞ってしまう」
『へぇぇ……』
スイは感心して天井や壁に目を向けた。瞳が輝いている。
「(……素直だよな)」
口にすると、本人は馬鹿にされたと捉えるので言わない様にしているが、こうして時々質問してきては答えを聞いて、自分の知識として蓄えている所を見ると話し甲斐があるし、可愛いと思う。
「(ギルドのハンター達が色々教えようとするのも解る……が、余計な事は教えさせん)」
ハンター達はスイを男の子だと思っている。それ故にスイに良くない事を教えようとする輩も多い。
シュウはスイと会ってからほぼ一緒に行動しているので、余計な知識をつけさせない様に努めていた。
「アンタの子じゃないから良いだろ!?」
「俺の子の様なものだから駄目だ」
『全然違いますけど』
先日、職員も含めギルド内にいた全員が笑った三者の発言だった。
スイは比較的シュウには懐いている。最初こそ警戒と戸惑いの気配はあったが、ドラゴンの件以降はそれも無くなり、声を掛ければ素直に着いてくる。
シュウはふと、長らく帰っていない故郷の諺のひとつを思い出していた。
「(……雨降って……か。色々と危うかったが、良しとするか……)」
ゲルベルトの工房前に着いたのでシュウは思考を終わらせ、スイとコハクと共に中に入った。
「おぅ、来たか。こっちに……何だその猫?」
「灰色獅子狼の仔だ」
「アサッ……!? おいそれ大丈夫なのか!? つーかテイム出来んのかアレ!?」
ギョッとして矢継ぎ早に質問してくるゲルベルトに、シュウは冷静に答える。
「テイムはしていないが、スイに懐いているし従魔の首輪でスイを主と認めている。支部長公認だから問題無い」
「おいおい……長年生きてるが、人に懐いた灰色獅子狼なんざ初めて見たぞ……」
「ぐるぁん」
「……小せぇと、猫か犬みてぇだな」
「今日、一匹でクリフゴート仕留めてたがな」
「…………」
撫でようと伸ばしていた手がすぐに引っ込んだ。
居住スペースに招かれて、二人はテーブルにつく。コハクはスイの太腿で丸くなっている。
「こっちがスイの、こっちがオメェのだ。鞘から出して見てみろ」
ゲルベルトに促されてスイは鞘を抜く。ほんのりと青白い剣身から水の魔力を感じるショートソードだ。
『……初めて握るのに……』
グリップ部分が手に馴染む事にスイは驚きを隠せない。
「俺を誰だと思ってやがる。アードウィッチ一番の鍛冶師だぞ? 持ち主の手に馴染む武器を作るのは朝飯前だ」
『凄いです! ありがとうございます、ゲルベルトさん!』
「おぅよ」
スイの真っ直ぐな感謝と賞賛の言葉にゲルベルトは若干照れながら受け止めた。
「いや……これは凄いな。アンタに頼んで良かったよ爺さん。俺からも礼を言う」
「ふん……礼ならスイにも言っとけ。この子が居なかったら俺はオメェの依頼は受けなかった自信がある」
「スイ見てからアンタ見ると、百倍位ひねくれてる様に見えるな」
「テメェ、ハンマーでぶん殴るぞ」
素直じゃない大人の会話にスイは苦笑しながら、シュウの武器を見た。
片刃で片方は黒く、細身の剣だ。グリップもガードも、スイのショートソードや他の人が持つ剣とは大きく異なる見た目をしている。
『…………』
「スイ? どうした?」
『……それに似た物を、何処かで見た気がします。何処だったかな……』
「「…………」」
首を傾げて考えるスイに、ゲルベルトはシュウに視線を向けたがシュウがゲルベルトを見る事は無かった。
「……東出身で剣で戦う人間はこういう形の物を持ってる事が多いからな。オアシスで擦れ違った時に見たとかじゃないか?」
『オアシス……?』
未だに記憶を漁っているスイを視界の端に、ゲルベルトは苦い顔でシュウに文句を言った。
「そもそも、そのタイプの剣ならオメェの地元に行った方が良かっただろ。俺ぁ、何度か見た事あるし打った事もあるから作れるが、西の剣の方が慣れてんだ。そっち側の剣は、そっち側の鍛冶師の方が上手く打てるだろうが」
『…………?』
何の話をしているのかとスイは二人の方に顔を向けた。気のせいか、空気が硬い。丸くなっていたコハクが顔を上げている。
「……確かに向こうの鍛冶師も負けてないが、事情ってもんがあるんだよ、爺さん」
言葉を綴るのをやめたシュウは、これ以上は話すつもりは無いと言外に言っている。
「……ケッ、そうかよ」
「で、幾らになる?」
「……その前に、先にスイの剣について話させろ」
ゲルベルトはスイに顔を向けると、ショートソードについて話しだした。
「スイ、これは魔鉄と魔鋼に、水属性の素材を使って作った剣だ。魔法剣向きの素材だから、魔力を乗せても問題無い。水や氷魔法だと威力が上がる。人や町に近い所での扱いには気を付けろ」
『は、はい!』
「あとな、スイ。俺はお前さんに渾身の一振を打つと言ったが」
『はい』
「ソレは違う。だから、数年後にまた来い」
『え?』
どういう事かとスイが目を丸くする。
シュウも視線だけで同じ事をゲルベルトに訊ねた。
「マリクから預かった素材は力が強くてな、癖もある。これを形にすると、武器自体の大きさも、それに宿る力も大きくなるんだ。だがそれだと、呼吸法無しじゃ岩蟹すら斬れない今のスイでは、身体が小さいし制御する力が無い。武器に振り回されちまう。そんな事はあっちゃならねぇ」
「……どんな素材か聞いても良いか?」
シュウの問いに、ゲルベルトはスイを見る。
『お、教えてください。ボクも知りたいです。ハンターシュウなら……大丈夫です。悪い人じゃ無いと思いますから』
ゲルベルトは苦い顔でシュウを見たが口を開いた。
「……水のドラゴンの牙と爪と鱗。そして、魔核だ」
「!?」
『……魔核って、ドラゴンの心臓じゃ……』
「そうだ。ドラゴンの魔力そのものと言っても良い」
魔力の強いモンスターは、死ぬと体内に残っていた魔力が結晶化し、魔石として後に残る。これは天然魔石と呼ばれ、対して人が空の魔石に魔力を込めた物を人工魔石と呼ぶ。
そして魔核とは、ドラゴンの様な一際魔力の強い存在が死ぬ時に魔力を生み出している心臓が結晶化した物だ。内包する魔力は魔石とは比較にならない程多い。
また、ドラゴンは地属性なら大地から、水属性なら水からという様に自身の属性と同じ物から魔力を集める事が出来る。ドラゴンの魔核は、使わずに放置しておけば自然と魔力が蓄えられる半永久的に使える魔力供給源となる。
「危険だ……! そんな物どうやって……」
シュウはハッとしてスイを見る。
「……スイを運んで落ちたと言う、龍の心臓か……!」
「テメェ……何でその話を知ってる?」
ギロリと警戒と敵意の目でシュウを睨んだゲルベルトに、スイは慌てて説明をする。
『ゲ、ゲルベルトさん、ボクが話したんです! 多分ハンターシュウは悪い人じゃないし、周りに話す様な事はしなさそうだから』
「……スイ、マリクやレイラ殿に誰彼構わず話すなと言われなかったのか?」
『言われました。だからこの事は、おじいさまが直接話したゲルベルトさんや、セオドアさん……オアシスのハンターズギルド支部長以外ではハンターシュウしか知りません』
「コイツが信用に値すると?」
ゲルベルトの厳しい目に、スイは怯む事無く視線を返す。
『ドラゴンに襲われかけた時も、ボクが錯乱した時も、助けてくれました。何度も言いますが悪い人じゃありません。仮に……ハンターシュウがボクを害する事があれば、それはボクに人を見る目が無かったと言うだけの話です』
何かあってもそれはすべて自分の責任だ。そう言ったスイに、ゲルベルトは頭を掻きながら溜息を吐いた。
「スイ……」
「あの二人に似て育てば、こうなるか……解ったよ……おいテメェ、これは他言無用だ。もし誰かに漏らしたり、スイに手を出したら炉の中にぶち込んでやるからな」
「当然だ。それで構わん」
張り詰めていた空気が僅かに弛む。スイは静かに息を吐いて、いつの間にか身体に入っていた力を抜いた。
「話を戻すぞ。今のスイではドラゴンで作る剣は扱いきれんし、下手をしたら身を滅ぼす。だから、心も身体も成長して強くなったら……そうだな、最低でも四・五年位経ってから、また来い。その時こそ、俺が渾身の一振を打ってやる」
『……解りました、ありがとうございます』
「そのショートソードにも一枚だけだがドラゴンの鱗を使ってある。後で何度か戦って慣れておけ」
『はい。あの、じゃあこの剣のお代は……』
「いらねぇよ。マリクから余分な位貰ってんだ。マリクからの置き土産のひとつだと思って受け取っておけ」
『…………はい』
スイは存外頑固な所がある。こうしてマリクの名を出せば引き下がると思ったのだろう。現に、スイは何か言いたそうではあったが食い下がる事は無かった。
「で、俺はコイツと話がある。長くなるからスイは帰って良いぞ」
スイはシュウに目を向けると、シュウも頷いたのでコハクとショートソードを抱いて椅子を下りた。
『じゃ、じゃあ、ハンターシュウ、お先に戻ってますね』
「あぁ。なんなら、簡単な依頼があったらそれで武器の感触を確かめておくといい」
『そうします。ゲルベルトさん、本当にありがとうございました』
「おう。気を付けろよ」
深く頭を下げて、スイは工房を出た。地面にコハクを下ろして地上に向かう。
『(……ハンターシュウ、ドラゴンの事、龍って言ってたし本当に東出身の人なんだな)』
アンバーの別称は知らなかったが、龍の呼び名ならスイも覚えがある。
『(おじいさまとおばあさまは、私の話し方は東のものだと言っていた。ハンターシュウは、私の故郷の事を何か知っていたりしないかな……?)』
訊いてみたい気がしたが、剣の依頼先についてゲルベルトに問われたシュウは近寄り難い雰囲気を出していた。東の事を訊ねるのは気が引けた。
『(……今日は、訊かないでおこう)』
スイはショートソードの鞘を握りしめると、地上への階段を上がり、ハンターズギルドに直行した。
『(……岩蟹の討伐依頼、また出てる。これにしようかな)』
スイは一枚の依頼書を剥がして受付に持って行き、踏み台に乗った。
『ヨルクさん、これの請負手続きをお願いします』
「おや、スイ君。了解しました。働き者ですね」
ドワーフのヨルクは穏やかな話し方で手続きを進める。
因みにこのギルドに踏み台があるのは、ドワーフが成人した人間に比べると低身長だからだ。アードウィッチのギルドには当然ドワーフも依頼に来る。彼らの為の踏み台と言う訳だ。
「はい、岩蟹五匹の請負手続き終わりましたよ。それでは、ハンタースイ、お気を付けて」
『ありがとうございます。行こう、コハク』
「ぐるっ」
スイは踏み台を降りてギルドを出ると、山道へと向かった。ちょうど、岩蟹が一匹歩いている。
『(水か氷なら、氷の方が斬りやすいかな)』
剣身に氷の魔力を乗せる。ほんのり青白い剣身が冷気に包まれた。
『………っ、せい!』
「ギッ」
『………………!?』
横一直線に振り抜いた一撃は、岩蟹の身体を上下真っ二つに分けた。
スイは驚いて右手のショートソードと岩蟹を何度も交互に見る。岩蟹が背負っている岩まで綺麗に斬れている。
「…………!」
コハクも、魔宝石の様な目を真ん丸にしてショートソードを凝視し、尻尾を膨らませた。
『(あ、危ない……これ、早く慣れなきゃ……!)』
スイはゲルベルトが言っていた素材の危険性を実感し、感覚を掴む為に何匹も岩蟹を斬った。
結果、またアイテムポーチがいっぱいになり、素材買取所では苦笑された。
そして、スイを見ると岩蟹達が一斉に逃げる様になったのはこの翌日以降の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます