番外編 ハンターシュウと新年祭

 中央大陸最南端の町、タニセナ。

 夜明けと共に外から賑やかな声が聞こえてきて、シュウは目を覚ました。

 南寄りなだけあって、冬でも中央大陸他地域よりは暖かい方だが、それでも防寒具はいる寒さだ。

 そんな寒さの中、朝早くから何事かとシュウが上半身を起こして窓を開けると、冷たい空気が室内に入り込んできた。


「佳き始めの日を迎えられた事に感謝を!」


「佳き始めの日に感謝を!」


 聞こえてきたのは一年の始まりの挨拶。


「(……そうか、新年祭か)」


 この賑やかさでは二度寝出来そうにない。そう思い、シュウはベッドから出ると洗面台に向かった。歯を磨いて顔を洗う。伸びてきた前髪が垂れ、鬱陶しさに掻きあげれば、ゴーグルに覆われていない眼と目が合った。


「(そろそろ切るか。南大陸に入れば暑くなるし)」


 テーブルに置いてあるアイテムバッグから鋏を取り出すと、洗面台に戻って前髪を切る。鏡の中の自分を見て長さを確認する。


「(こんなもので良いだろう)」


 洗面台に落ちた夜空色の髪を纏めてゴミ箱に捨てると、着替えて部屋を見回した。何も忘れ物が無い事を確認してゴーグルを着けると部屋を出た。


「おはよう、ハンターさん。佳き始めの日を迎えられた事に感謝を」


「おはよう。佳き始めの日に感謝を」


「今朝食を持っていくから、好きな席に座って待っていてくれ」


「あぁ」


 窓際の席に座り外を眺める。薄らと積もった雪に早起きした子ども達がはしゃぎ回っている。その姿に、二ヶ月前に別れた子どもを思い浮かべた。


「(……スイは王都に着いただろうか……西の関門から二ヶ月あれば、ギリギリ王都の新年祭に間に合いそうだが……)」


 新年祭の事をすっかり忘れていたので教えてはいないが、旅の途中で話を聞いてれば好奇心旺盛なスイの事だ。どうにか間に合わせようと奮起するに違いない。


「(また無茶をしてなければ良いが)」


 スイは、体調不良になったり疲労が溜まると急激に判断力や自制心が鈍くなるきらいがある。

 コハクには前以て伝えてあるし、一度スイ自身が危ない目に遭っているので大丈夫だと思いたいが、心配な所はある。


「はい、お待たせしたね」


「ありがとう」


 テーブルに置かれた朝食に手を付ける。ふと、ある事に思い至って宿のオーナーを呼び止めた。


「オーナー、明日と明後日も部屋は空いているか?」


「空いてるよ。王都みたいな観光地なら満室だろうけど、この町みたいな田舎は特に見る所もないからね。連泊してくれるのかい?」


「あぁ、頼む」


 宿代を追加で払うと、オーナーは頷いて了承の言葉を返し、厨房へと戻って行った。


「(……南大陸の新年祭は面倒臭いからな……)」


 南大陸は他の大陸に比べて陽気で開放的な性格の人間が多い。祝い事となると、他人を巻き込んで大騒ぎするなんて普通の事だ。


 数年前に南大陸でシュウが新年を迎えた時、町の人間に酒に誘われ、付き合ったら飲み比べへと発展した。全く酔わないシュウに次々に挑戦者が現れ、朝まで飲む羽目になった。

 また、開放的な性格と新年の始まりと言うめでたい出来事が相俟って、性行為を誘ってくる人間も男女問わず多い。

 長身痩躯で南大陸では珍しい色の髪と眼を持つシュウは大層目立ち、町に出ると絶えず声を掛けられて辟易した。

 今日を入れて三日間タニセナの町に留まる事になるが、新年早々精神的に疲弊するよりまだ良いと言う判断だ。


「(この町なら南大陸の様にはなるまい)」


 朝食を終えるとシュウは一旦宿屋を出て買い物に行く事にした。

 少ない雪をどうにか集めて作った雪玉を持った子ども達が走ってくる。


「あ、ハンターさん! 佳き始めの日を迎えられた事に感謝をー!」


「佳き始めの日に感謝を」


「くらえー!」


「ぐっ、やるな」


 投げられた雪玉がシュウの肩に当たった。大袈裟によろめけば歓声があがった。


「やったー! 上級ハイランクハンターに当たった!」


「次俺の番ー! えいっ!」


「俺もー!」


「私も!」


「いや多いな!?」


 先頭の活発そうな男児だけかと思いきや、その後に続く五・六人が続けて投げてきた。

 甘んじてくらうと、子ども達は次々に歓声をあげて去っていった。


「(……嵐の様だったな……)」


 服に付いた雪を払っていると、近くに居た男性が話しかけてきた。


「子ども達がすまないな。怪我は無いか?」


「大丈夫だ。威力のある玉じゃないし、怪我をする様な当たり方もしていない」


「それは良かった。相手をしてくれてありがとうな」


 男性は笑いながら歩いて行った。


「(スイが居たら、便乗して雪玉を投げてきそうだな)」


 そう思ったが、すぐに考えを変えた。


「(……いや、あの子の場合、しれっと氷魔法を撃ってくる可能性が無きにしも非ず……)」


 西大陸での振舞いを見た限り、スイはシュウと他の大人達では多少対応に違いがある様に見えた。

 ギルド職員やジュリアン達には本当に素直な良い子だが、シュウにはたまに意地が悪い時がある。

 さっきも、もしこの場にいたらシュウに投げられた複数の雪玉に混じるように大きさを調整した氷大砲アイスキャノンを撃ってきたかもしれない。

 だが『そんな事しません!』と否定する姿も想像出来る。


「(はてさて、スイが居たらどう動いていたのやら)」


 本人がこの場に居ない為、答え合わせが出来ない事を残念に思いながら、シュウは新年祭で賑わう町の中心部へと向かっていった。

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