番外編 拾われ子とローフェル商会本店
城から市街地へと移動したスイ達は、屋台が並ぶ通りとは別の道を歩いていた。
露店が並ぶ広間に繋がっているのは同じだが此方の道に屋台は無く、元々王都で商いを生業としていた者達の店が建ち並んでいる。
「新年祭前は全然人いなかったのに、今日はいっぱいいるな」
『世界中から人が来るから、今が書き入れ時なんじゃないかな』
建ち並ぶ店の中には、道に面した店舗の一部を硝子張りにして商品を飾っている店もある。
スイの様にそれを見て歩く者や、実際に店の中に入っていく者で屋台通りに負けないくらい此方の通りも賑わっている。
硝子の向こうに飾られている、自分よりも大きな大剣や斧は見応えがあるが、形としてはどれも見慣れた物ばかりだ。
『(刀を置いている武器屋は無いのかな)』
外から見える所に置いていないだけなのかもしれないが、買いたいと言うよりは見たいだけだ。冷やかしで店の中に入るのは憚られるので、スイは外から眺めるだけに留めた。
武器屋の隣の建物に視線を移すと、そこは道具屋だった。扱う物の種類を特に定めない為、何でも屋とも呼ばれる。
随分大きな店だと見上げると、看板の文字が目に入った。
『(……ローフェル商会? そう言えば……)』
オアシスの町を出る前に挨拶をした時、ローフェル商会の本店は王都にあるとローマンは言っていた。
ソープナッツや火の魔石等消耗品の残数も心許無いので、ローマンの店なのか確認がてらに中に入ることにしてドアを開けた。
品目で分類し、多種多様な商品が売られている。近くを通り掛かった従業員が笑顔でスイを迎えた。
「いらっしゃいませ!」
『あの、従魔と一緒に入っても大丈夫ですか?』
「どの位の大きさですか?」
『えぇっと……コハク、ちょっとこっちに来てくれる?』
隣にコハクを呼び、従業員に見せる。
『この位です』
「あぁ、大丈夫ですよ。人や物にじゃれつかないようにだけ、ご注意くださいますようお願い致します」
『解りました。ありがとうございます』
コハクを中に入れて、店内を見て回る。必要な物を取って歩いていると、すぐに両手が塞がった。
『(どうしよう……)』
「よろしければ、此方の籠をお使いください」
『え?』
従業員に木の籠を差し出された。よく見れば、出入口に同じ籠が幾つも重なって置いてあり、入ってくる人は殆ど皆その籠を持って店内を歩いている。
スイは小恥ずかしさに駆られながら、その籠に商品を入れて受け取った。
『……すみません。ありがとうございます』
「いえ、ゆっくりとご覧ください」
笑顔の素晴らしい従業員に頭を下げて、籠を両手で持って歩き回り、商品を追加する。
『(こんなもんかな)』
籠を持って会計に向かう。ひとつひとつ籠から出して算盤を弾く従業員の手が止まり、合計額を聞いてからスイはローマンについて訊ねてみた。
『このお店って、ローマンさんのお店で合ってます?』
「そうですよ。会長のお知り合いですか?」
『はい。西大陸ではお世話になりました』
「西大陸? もしかして、ハンターの……」
従業員はスイの胸元に光るハンターの証を見て、納得した様に頷いた。
「会長からお話は伺っております。ちょうど今二階にいるので、お呼びしますね」
『え、いや、お忙しいと――』
思うので結構です。
そう言い切る前に、会計係の従業員は他の従業員に声を掛けてローマンを呼びに行かせた。
『(……ごめんなさい、ローマンさん)』
心の中で謝罪しながら代金を払う。品物を受け取ると、ローマンを呼びに言った従業員に声を掛けられた。
「会長が是非お話したいと。此方へどうぞ」
一旦店の外に出て、外付けの階段を上がる。二階の部屋に通され、ふかふかのソファーの感触を楽しんでいると、それ程時間を置かずにローマンが入ってきた。
「佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。久しぶりだね、坊ちゃん。元気そうで何よりだ」
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を。ローマンさんもお元気そうで良かったです。お忙しい所、お邪魔してすみません』
「坊ちゃんが気にする事じゃないよ。それに一番忙しい新年祭初日を乗り越えて、こうして話せる位には時間があるから何も問題無い。王都までの旅はどうだったかね?」
『あー……』
パッと脳裏に浮かぶのは悪意無き精霊の悪質な仕掛けの数々。
『十日程前に死ぬかと思いました』
「
「
困惑の顔を浮かべるローマンにリロの洞窟での事を説明する。
冒険者でもハンターでもないローマンは、ダンジョンの存在は知りながらも潜った事は無く、スイの話を興味深そうに相槌を打ちながら聞いた。
「魔法が放たれる歪みに、ミミックに、大量の罠、モンスターの召喚ギミック、果てに精霊と会うとは……いやはや、まるで物語の様だ……!」
興奮気味なのか、ローマンの顔に赤味がさす。
『ローマンさんは、こういう旅の話がお好きですか?』
「そうなんだよ。大多数の男が一度は冒険者やハンターに憧れるが、私もその一人でね。昔は冒険者になりたいと思った時期もあった。戦いのセンスが全く無いから、諦めたがね」
だから冒険者やハンターの話を聞くのは楽しい、とローマンは笑顔で話す。
「しかしアレだね。坊ちゃんは時々、死ぬか生きるかの瀬戸際に立たされるね」
『ホントですよね』
「それでも生き延びていると言う事は実力も然る事乍ら、精霊の加護でも受けているのかもしれないね」
『精霊の加護……』
直近で言うとルースが思い当たるが、ルースがいるリロの洞窟で死にかけたので、かの精霊の加護は無さそうだ。
『(……精霊と言えば)』
その精霊がいたダンジョンで入手した腕輪をアイテムポーチから取り出す。
『これ、リロの洞窟で見つけたんですけど何の腕輪か鑑定してもらえませんか?』
「ほう。美しい緑の石だ。借りてもよいかな?」
『どうぞ』
白い手袋を着けたローマンは、スイから腕輪を受け取ると角度を変えながら腕輪をじっくりと見る。
「これは
『……この先、必要になりそうなので持っていたいと思います』
「そうか。旅に備えは必要だからね」
ローマンから腕輪を返され、スイはそのまま左手首に着けた。紫と緑の石が窓からの光を反射する。
『鑑定代は幾らになりますか?』
「それくらいなら要らないよ。下で買い物してくれたんだろう? それで充分だ」
『……相手と対等でありたいならば代価を求め、或いは支払うべきと教えてくれたのはローマンさんですよ』
「はっはっは、覚えていてくれたとは!」
試した様な口振りで笑うローマンは、子どもの成長を喜ぶ親の様な顔でスイを見た。
「では、そうだね……リロの洞窟で何か素材は採取していないかい?」
『色々採りました。薬草に解毒草に、月光花……あと氷の魔石も幾つかあります』
「ほう。では、月光花と氷の魔石をくれる分だけ買取りたい。そこから鑑定代は差し引かせてもらう。それでどうだね?」
『お願いします』
アイテムポーチからあるだけの月光花と氷の魔石を取り出してテーブルの上に並べる。
「ふむ……今の相場がこの位だから、鑑定代を引くとこの額だが、良いかい?」
『はい』
「では代金を渡そう」
壁際に立っていた秘書が部屋を出て行くと、すぐに戻ってきてスイに金を渡した。
『ありがとうございます』
「こちらこそ。そう言えば、王都の北側の城で王族が一年の始まりを言祝ぐんだが坊ちゃんはもう見に行ったかい? 光属性を産まれ持つだけあって王族は皆、金の髪に金の眼を持つ。整った容姿も相俟って壮観だよ」
『(……見てきたし、なんなら直接話して、とんでもない御礼をいただきました……)』
スイは無難な返事をして、事実は心の中に押し留める事にしたのだった。
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