第65話 拾われ子と新年祭 前編
王都、市街地。前日は閑散としていた此処は、夜が明けた今、人が溢れ大賑わいとなっていた。
道の両側に並ぶ屋台からは食欲をそそる匂いが風に乗って運ばれてくる。
『屋台がいっぱいだ。コハクはいつも通り、肉料理で良いの?』
「うん!」
『私は何にしようかな……』
熱い物が苦手なコハク用の肉料理を幾つか先に買うと、人の波に混ざって時折背伸びをしながら屋台を見て歩く。その中に懐かしい物を見つけて、スイは足を速めて列に並んだ。
「いらっしゃい! 佳き始めの日を迎えられた事に感謝を!」
『佳き始めの日を迎えられた事に感謝を』
新しい一年を迎えた時に交わされる挨拶だ。短く「佳き始めの日に感謝を」とする事もある。町のあちこちからも新年の挨拶が聞こえてくる。
『それ、米料理ですよね?』
「そうだよ。薬膳粥と言って東大陸の料理で、優しい味付けだから寝起きの胃にも優しいよ」
『一杯ください』
「はいよ。どうもありがとな、坊や」
代金を渡して粥の入った器を貰う。
通る人の邪魔にならない所まで移動すると、焼き立てからは温度を下げた肉料理をコハクの前に包み紙ごと広げた。
『いただきます』
「いただきます」
匙で粥を救い、息を吹きかけて食べ始めたスイを見てコハクも食べ始める。
『(……久しぶりの米だ……)』
味は、微かに記憶にある故郷の物とも、レイラが作ってくれた物とも異なるが美味しい。少し匂いが強いので、人によって好き嫌いが分かれそうではある。
一粒残さず平らげると、スイは器を返しに戻った。女性が忙しく手を動かして洗い物をしている。
『ご馳走様でした』
「あれ、東の人?」
『え』
驚きと、女性にまじまじと見られた事でスイは動きを止めた。
「あ、ごめんなさい。違ったかしら?」
『……いえ、東出身です』
多分、と心の中で付け加える。
「あぁ、やっぱり。ご馳走様って東以外ではあまり聞かないし、綺麗に東側の発音だったからそう思ったの。うちのご飯食べてくれてありがとね」
『いえ、此方こそありがとうございました。美味しかったです』
「ありがとう。東は今ちょっと物騒になってきたし、帰る時はご両親から離れない様にね」
『……っ』
悪意等無く、寧ろ心配から出た言葉と解っていても、既に両親から離された身には突き刺さる。
スイは努めて何でもない様に振舞い、東大陸について訊ねた。
『暫く東大陸には帰ってないんですけど、向こうで何かあったんですか?』
「あら、そうなの? 東はねぇ……今に始まった事じゃないんだけど……」
女性は手招きしてスイに近寄らせると、小声で話を続けた。
「……モンスター達が凶暴になり始めたんだよ。東は基本的に穏やかな気候なのに荒れやすくなったり、モンスターの生息地がちょっと変わってたりと前々から異変はあったんだけど最近はそれが顕著でさ。大陸の東側は前にも増して危険地帯で、移動が制限されるって話だよ」
カンペールの町で会ったアーヴィン達も似た様な事を話していた。東大陸で何か起きている、或いは何かが起きようとしている。
『……お二人は、帰り道は大丈夫なんですか?』
粥を盛ってくれた男性と女性を交互に見て訊ねると、女性は笑顔で頷いた。
「私達は東大陸の西側に住んでいるからまだ大丈夫。坊やの家がもし中央から東側なら、充分気を付けるんだよ」
『はい。お話ありがとうございました。お邪魔しました』
「いいえー」
頭を下げたスイに、女性は泡だらけの手を振って応えると泡を洗い流して綺麗になった器を男性の所に持って行った。
『…………』
「シュウが言ってたのってこの事か?」
『これも含まれているのかもしれないけど、モンスターじゃないけどある意味モンスターみたいな言い方してたよね。モンスターとは違う何かがいるんじゃないかな……?』
「……何だ? 精霊?」
『何だろうね……はっきり言って欲しかったな……』
ボヤきながら屋台通りを抜けると広間に着いた。所狭しと簡易的な店が並んでいる。装飾品が多いが、武器や防具の他に家庭で使う様な刃物を並べている店もある。
意匠の凝ったロングソードや盾は見栄えが良く、店の目玉商品でもあるのだろう。目立つ様に置かれている。
「新しい武器でも買うのか?」
『いや、リロの洞窟で手に入ったナイフもあるし、買わないかな』
コハクにだけ聞こえる様に声を潜めて、スイは言葉を続けた。腰の左側に下げたショートソードに触れる。
『……ゲルベルトさんが打ってくれた剣より良いものは無さそうだし』
「そうだな。ドラゴンの魔力が付与された剣なんて此処にはないだろうしな」
きょろきょろと視線を動かしていると、装飾品が並ぶ店が目に入った。小さな立て看板に書かれた文字に惹かれて、スイはその店の前に立つ。
「いらっしゃ……おぉ! 立派な従魔を連れているな!」
『おはようございます。佳き始めの日を迎えられた事に感謝を』
「あぁ、佳き始めの日に感謝を。君の連れているのはもしや……」
『
「やはり……! 人に懐かないと言われている灰色獅子狼をこんな間近で見られるとは、いや正に佳き始めの日だ……!」
感動している店主に熱視線を向けられているコハクは少々居心地が悪そうにしている。
『この看板に書いてある、従魔用の装飾品ってどれですか?』
「ここにある物全部だよ。その灰色獅子狼に探してるのかい?」
『はい。
「防恐怖は扱ってないな……
提示されたのは鎖で出来た首輪タイプだ。真ん中に石が塡め込まれていて、ちょうど反対側に引き輪があり、任意の部分で留められる様に出来ている。
『値が張って良いなら防封印と防混乱どちらも付与されている物がこっち。
防止装備よりも耐性装備の方が効果は薄い。その分金額も低いので、ランクが下の冒険者やハンターはまず耐性装備を買う事が殆どだ。
『二重付与のは幾らですか?』
「8,000ゲルトだよ。西大陸のアードウィッチとか物作りで名高い町の物に比べたら安いと思う。彼処は石の品質も高いし、金属部分の作りが美しいから単独付与でもこれより高いなんてザラだからね」
店主からとんでもない価格と話を聞いて、スイは内心跳ね上がった。
そんな物をぽんと買って寄越したシュウもやはり金銭感覚がおかしい。スイはそう再認識した。
「スイ、無理しなくていいぞ。今まで装備無くても大丈夫だったんだし」
『今までは良くても、これからはどうなるかわからない。エンブルクの時の事もあるし』
ノズチにコハク共々知らない間に
しかし、二重付与の防止装備を買えるだけの金は出せない。無い訳では無いが、有り金のほぼ全額となるのでこれからの事を考えると使う訳にはいかない。
『うーーん……防封印だけならば幾らになりますか?』
「それならば4,000ゲルトだ」
有り金の半分だが、魔法を封じられると死活問題だ。スイは購入しようと財布を取り出した。
「もし手持ちが心許無いなら、物々交換も考えるよ」
『!』
店主の言葉に、アイテムポーチの中身を思い出す。リロの洞窟でDランク帯のモンスターをたくさん討伐したので、その中に交換出来る物があるかもしれない。
『どんな物なら交換に使えます?』
「そうだな……大きめの魔石や何かしら付与されている装備、後はランクの高いモンスターの素材かな」
『……あっ』
アイテムポーチから氷の魔石とオークの槍を取り出す。魔石はフリージングスライムが残した中で一番大きい物を選んだ。
『これでどうですか? 槍は柄が折れていますが、穂先は使える筈です』
「おぉぉ……!? これまた立派な魔石だな! 差し支え無ければ何処で入手したか訊いても良いか?」
『リロの洞窟です』
「リロの洞窟!? 坊主、ダンジョンに潜れるのか? もしやこの槍もか? オークが持ってる槍に似てるが」
『知り合った冒険者の方に勧められて潜ってみました。槍は仰る通り、オークの物です』
「大したもんだ……!」
感嘆の声を上げて店主は数回瞬きをした。
「どちらもレアドロップ品だ。特にこの魔石はな。防封印だけじゃ貰い過ぎになるからこれも付けてやる。それでどうだい?」
店主が見せてきたのは
『助かります。お願いします』
「此方こそな。良い取引をありがとよ」
防封印と耐混乱の首輪を受け取り、氷の魔石とオークの槍を渡した。
すぐにコハクの首に着ける。バンダナの上にふたつの石が光った。
「おぉ、似合ってるじゃないか」
『うん、コハク似合ってる』
二人に褒められ、コハクは喉を鳴らした。
「ありがとう、スイ」
尻尾を揺らして、コハクはスイの身体に顔を擦り付けた。
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