第66話 拾われ子と新年祭 中編

 新年祭二日目。今朝もシンシアから袋いっぱいの「お小遣い」を渡されそうになりながら何とか断ってきたスイは、コハクと早くから街の中を歩いていた。

 一日毎の交代制なのか、昨日と並んでいる店が違う。今日は民芸品や工芸品が多く並んでいる。


『ふわぁ……綺麗なグラス……』


「細かく木を削った物もあるぞ。人間は器用だな」


 色付き硝子に模様が入ったグラスや細かい木彫りのブローチなど、無名とは思えない程に質の高い民芸品の数々を見て、スイは感嘆の声が止まらない。

 工芸品も勿論負けておらず、通る人の多くが足を止める。名の通った職人が作っただけあって高価なのでスイには手が出せないが、積み重ねた経験が昇華された職人の技術の結晶である品は、その職人の誇りを感じさせ、目を惹き付けられる。


『見てるだけで楽しい』


「……ん?」


 コハクが耳と鼻を頻りに動かす。モンスターの気配を感じ取った時にコハクがよくする行動に、スイは左手をショートソードのグリップに添えた。


『何かいる?』


「うん。でも危険な奴じゃないな。鳥の匂いだ」


『鳥?』


「あっち」


 コハクの前足が指し示す方向に向かってみる。店が並ぶ広間の隅で、鳥が入った大きめの籠が幾つか並べられていた。店主の頭にも鳥が乗っている。くるっと鳥の顔がスイに向いた。


「ヨッテッテー、オキャクサン」


『わっ、喋った。メッセージバードですか?』


「いらっしゃい。そうだよ。良かったら見ていってくれ」


 赤、青、黄、様々な色の羽を持つメッセージバードが籠の中からスイを見つめる。たまに首を傾げるのが愛らしい。

 スイの隣にいる灰色獅子狼コハクが怖いのか、止まり木のギリギリまでスイの方に寄ってくる。


『可愛い……ん?』


 一羽だけ離れてじっとしているメッセージバードがいる。俯いていて元気が無い。

 スイの視線の先に気付いた店主が困った様な表情を浮かべた。


「あぁ……この仔は羽色は派手だけど他の仔と違ってあまり活発的じゃなくてなぁ……言葉を教えようと思ってもあまり喋りたがらない」


 メッセージバードは人好きで活発的な鳥が多いが、例外もいるという事だろう。

 籠の前にしゃがみ、大人しい一羽に人差し指を伸ばす。

 指に気付いたのか、顔を上げたメッセージバードの真紅の目がスイに向いたが、また俯いてしまった。


「もし周りにメッセージバードを探している人がいたらこの店の事を教えてやってくれないか? 今年は来るのが遅かったから、場所が端になってしまって中々お客が来ないんだ」


『解りました。寒いからお身体に気をつけてくださいね』


「ありがとう、坊やもな」


 会釈をして店の前を去る。

 王都の新年祭には旅人がたくさん集まってくるから、その中にはメッセージバードを求めてる人もいるだろう。


「あの赤いの、良い主に出会えると良いな」


『野生で生きていける鳥じゃないから、育種家ブリーダーか飼い主か、どっちにしろ人間の元でしか生きられないもんね……』


 メッセージバードは元は鳥系モンスターと普通の鳥から産まれた混血種だ。百年程前は野生種もいたが、派手な羽色、争い向きじゃない性格と身体能力によって絶滅したと言われている。

 今世界中に存在しているのは繁殖によって産まれたものだ。人好きで攻撃的ではなく、鮮やかな羽色を持つのでペットとして飼う家庭も多く、人気は高い。


『…………?』


 露天の商品を楽しむスイが足を止めたのと、コハクの耳が動いたのは同時だった。互いに顔を見合う。


『……助けてって声、聞こえた?』


「聞こえた。走ってる。そいつを追い掛ける様に続く足音が二人分。どうする?」


『……行ってみよう』


「解った」


 声が聞こえる方向に走って行くと、路地への入口に何人かが集まっていた。

 顔を見合わせて怪訝そうに話している。


『どうしたんですか?』


「ん? あぁ、ちょうど君と同じ位の歳の子がこの奥に走って行ったんだけど、それを追い掛ける様に男二人が入って行ってね……」


「多分、その男達から逃げてると思うんだけど……」


 そう思いながら助けに行かないのは、余程その男達が強そうだったのか。

 コハクに目配せをして路地に入ろうと足を進めた時、一人の男性が呟いた事に他の人達も気まずそうな顔で頷いた。


身形みなりの良い子だったから、多分貴族だと思うんだよな……」


『(……あぁ、そういう事か……)』


 庶民が貴族に関わると、理不尽に責められて謂れの無い罪で裁かれる事も珍しくない。

 権力を笠に着る貴族がいれば、その権力を民の為に使う貴族も勿論いる。それは解っていても、何処の家かも判らない内は下手に関わりたくないと言うのが本音だ。

 生前、マリクも貴族に良い感情を抱いてはいなかった。マリクの場合、相手の素行が良いか悪いかは関係なく、関わると時間を取られる事が多いのが嫌だと言う理由だったが。


『追い掛けて行ったのは、どんな人達ですか?』


「ガラの悪い二人組の男だ。数日前から見掛けるようになったんだが、酒場で管を巻いた末に暴れ始めたろくでもない奴等だよ。その場にいた冒険者に押さえられて出禁にされてたけどな」


『その冒険者のランクはわかりますか?』


中級ミドルランクと言っていた。CとDどちらかまではわからない」


 それならば自分とコハクで取り押さえられそうだ。そう考えてスイは路地に進む。


「え、もしかしてこの先に行く気か!?」


「君みたいな子どもじゃ行ってもどうにもならない。やめておきなさい」


『ご忠告は有難いですが、ボクもハンターです。知った以上は見過ごせません』


 銀鉱石が光る証を翳すと、その場にいた全員が驚きと困惑で押し黙った。


『どなたか、衛兵を呼んでいただけると助かります』


 誰にともなくお願いして、スイとコハクは路地裏へと入っていった。賑やかな声が遠くなっていくのを感じながら走り抜けて、行き止まりに辿り着いた。

 白に金糸の刺繍が入ったマントのフードを目深に被った子どもが、大人二人に追い詰められている。


「助けてなんて人聞きが悪ぃ。慣れてないだろう街中を案内してやるって言ってんのに」


「ふ、不要だと断ったのにしつこく言い寄ってきたからです! 明らかに他意があるではありませんか!」


「あ"? 親切で声掛けてやったのに……」


「っ……!」

 

「おい、もう面倒臭ぇからさっさと攫うか、身ぐるみ引っぺがすかしちまおうぜ。マントだけでも高く売れるだろ」


『…………』


 追い剥ぎか人攫いか、どちらかは判らないが目の前の光景にスイは呆れた。

 クロエに「人が大勢集まる所には愚か者も集まりますからお気を付けて」と言われてはいたが、この大人二人はその愚か者に含まれるだろう。

 追い詰められている子ども――声からして少年――は、身形みなりが確かに庶民ではなさそうなので面倒事に巻き込まれるかもしれないが、スイにはハンターとしても個人の考えとしても、気付いた以上無視すると言う選択肢は無い。

 小声で後ろにいる様に伝えるとコハクは頷いて下がった。


『脅迫行為は罰せられますよ』


「だ、誰だ!?」


「……何だ、ガキじゃねぇか。驚かせんな、誰にも言わずにどっか行くなら見逃してやる」


『ボクがあなたがたを見逃しません』


「んだと、調子に乗んなよクソガキ、ガッ!?」


 無詠唱発動の氷大砲アイスキャノンが片方の男の顔面に撃ち込まれた。後ろに倒れていく相棒を驚愕の表情で凝視する男のこめかみに、ポンメルがめり込む。

 殴られた勢いで壁に激突した男は気を失い、氷魔法をくらった男は怯えた表情でスイを見上げた。

 スイはショートソードを鞘に納めて右手に雷魔法の魔力を集め、左手で首から外したハンターの証を翳した。


『ハンターです。脅迫の現行犯であなたがた二人を衛兵に引渡しますね』


「…………!!」


 手の平の上で雷魔法をバチバチと散らせているスイと、表への道を塞ぐ灰色獅子狼コハクに男は必死の形相で何度も頷いた。

 スイはアイテムポーチから縄を取り出して男二人の両手首を縛ると、逃げられない様に意識がある男の足を氷魔法で凍らせた。


『大丈夫ですか?』


 マントの人物に声を掛ける。近付いて見ると、スイと身長はそう変わらない。


「は、はい……ありがとうございました……!」


 顔は見えないが、ちらりと金の髪が見えた。


『(……あ、来た来た)』


 背後から複数の気配を感じた。道を塞いでいたコハクも気付き、スイの方に歩いてくる。


「全員動くな! ……こ、これは……?」


 子ども二人と大型の従魔、地面には大人二人が転がっている。戸惑う衛兵達にスイが状況を説明した。


『此方の方を追い剥ぎ、若しくは攫おうとしている所を見つけて捕らえました』


「その方の仰っている事は本当です。襲われそうになった所を助けていただきました」


 少年はフードを外して顔を見せると、衛兵達が姿勢を正して少年に敬礼をした。


『(やっぱり貴族かな)』


 金色の髪に金の眼。整った顔は女の子の様にも見える。

 少年と衛兵達を交互に眺めていると、衛兵の中に見覚えのある顔を見つけた。シンシアの家まで案内してくれた男性だ。

 スイがじっと見ていると気付いた様で近付いてくる。


「レイラ様のお孫様だったな。大した腕だ」


『ありがとうございます』


「王都の治安維持への協力として、後日謝礼金を君に渡す事になるのだが……」


『?』


 ちらりと少年を見た衛兵に、スイは僅かに首を傾げた。


「……それが霞んで見える程の謝礼が渡されるかもしれないな」


『……そんなに大きな家の人なんですか?』


 振り返って少年を見たスイに小声で訊ねられ、衛兵は目を丸くした。


「あの方を知らないのか……!? いや、他の大陸出身ならば御姿を知らないのも無理は無いか……あの方は――」


「ハンターの君」


 声を掛けられて、スイは衛兵と共に姿勢を正した。


「世話になりました。後程、お礼をしたいので滞在先を教えてください」


『……ハンターとしてやるべき事をやっただけです。どうかお気になさらないでください』


 貴族と関わると時間を取られる、とはマリクの言葉だ。

 話で聞くだけではなく、実際に一度貴族と関わってみたいとは思っていたが、今は三日間しかない新年祭の方を楽しむ事に時間を費やしたい。

 そう思って断ると周りに緊張が走ったのをスイは感じた。少年は悲しそうに眉を下げる。


「それでは私が父上に怒られてしまいます。私を助けると思って、どうか受け取っていただけませんか?」


 やや斜め後方に立つ衛兵が、少年から見えない角度でスイの腕に触れた。

 その意図は把握しきれないが、雰囲気から察するにこの言葉は形ばかりの窺いであり、断ってはいけないらしい。

 勝手に教えるのは躊躇われるが、教えざるを得ないのでスイは後でシンシアに謝る事を決めた。


『……賢者シンシア様の所にお世話になっております』


「シンシア殿の? 成程、あの方と縁のある者でしたか! それならばお強いのも納得です」


 朗らかに笑うと少年は胸に手を当てた。


「それでは後程伺います。助けていただき、本当にありがとうございました」


 身を翻すと、少年は衛兵に前後を守られながら路地を歩いて行った。スイの側にいた男も最後尾に付き、出ていく途中で振り返りざまに苦笑いを見せた。


『(その苦笑いはどういう意味なのか……)』


 路地裏にコハクとふたりだけになると、スイは大きく溜息を吐いた。


「何か……ピリピリしたな」


『凄く身分の高い人なんだろうね……伯爵……いや公爵家の跡継ぎとかかな……?』


「人間のそういう所、面倒臭いよな」


『そうだね、疲れたな……新年祭の記念パンを焼いてるお店でバゲットをお土産に買って、早めに帰ろうか。シンシア様にさっきの事伝えなきゃいけないし』


 確かに面倒な予感しかしない。スイはもう一度溜息を吐いてパン屋へと向かった。

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