第49話 拾われ子とゴブリン

 ポルダの町を出発して数日後の昼頃。スイとコハクは小高い丘の上で昼食を摂っていた。

 スイは今朝出発した町の屋台で買ったブルストを切れ目の入ったパンに挟んだお手製サンドウィッチを、コハクはオオスズメにかぶりついている。


『冬が近いからか、丸々としたオオスズメだね』


「うん。平原兎プレイリーラビットより柔らかい。美味い。」


 上機嫌で肉を食むコハクの隣でスイは地図を眺め、次に泊まる町を何処にするか考えていた。

 最後の一口を口内に放り込んで咀嚼し終わると革袋の水筒から水を飲む。

 晴天の下、冷たい風がスイの髪やコハクの被毛を揺らす。

 西大陸とは大きく違う環境に、スイは目を閉じた。


『(……のどかだなぁ……)』


 夜から日の出前までは極端に寒く、昼は焼ける程熱い砂漠に、人を見ると襲ってくるバンディットウルフや砂蜥蜴サンドリザード

 町の外でこうやってのんびり食事を摂れる事はあまりない。

 西大陸に七年いたので暑さにはそれなりに耐性があるが、中央大陸で過ごした十日程と比べて考えると中央大陸の方が気候的には合っている気がする。涼しさが心地よい。


『(なんだか、魔力の回復が早いし身体の調子も良い気がする……)』


 地図を広げながらうつらうつらとしているスイの隣で、オオスズメを食べ終えたコハクが顔を洗う。


「………………」


 その耳がぴこんと動き、コハクは顔を洗っていた前足を止めた。暫く耳をしきりに動かす。拾えるだけ情報を拾うと、前足でスイの太腿を揺すった。

 

「スイ」


『んー……?』


「向こうの方で人間とモンスターが戦ってる。人間の方が押されてるっぽい」


 閉じかけていた目が開き、スイは立ち上がった。地図を丸めてアイテムポーチに入れて、剣帯に弛みが無いかを確かめた。


『本当だ。争っている気配を感じる……何か音や匂いはする?』


「するけど、やたら声が多いし遠くて聞き取りづらい。匂いはもう少し近付けば判ると思う」


『解った、行こう』


 スイは忘れ物が無いかを確認すると、気配を感じる方向に向かった。

 暫く走り続けると、風向きが変わった。コハクが眉間に皺を寄せる。


「臭いなぁ……」


くさい? どんなにおい?』


「……西大陸で言うと、何日も水浴びしてない人間に近いと思う」


『わぁ、それは確かに臭い』


「同じ様な臭いがいっぱいする……オレ、あんまり近寄りたくないなぁ……」


 中央大陸にいるモンスターで、数が多くてくさい。特徴に当てはまるモンスターの種族名が思い浮かんだ。


『……ゴブリン?』


 危険度ランクはE~D+。低めだが知能はあり、どちらかと言えば集団戦を得意とするので低ランク帯のハンターや冒険者はソロでの討伐は極力避ける事を勧められる。

 危険度ランクに幅があるのは、時折ゴブリンメイジやゴブリンファイターといった亜種が生まれる為だ。危険度が一気に跳ね上がるのと、ゴブリン自体が元々繁殖力が強いので、亜種の増殖を防ぐ為にも見つけ次第報告し、討伐が必要となる。


「見えた! あそこ!」


 二十匹程のゴブリンに、四人の人間が半円状に囲まれていた。一人は商人の格好をしていて、大声で喚いている。残りの三人はぼろぼろになりながらも商人を守ろうとしており、護衛依頼を請けた冒険者であろう事が窺えた。

 歳は若く、三人は全員十代半ばから後半に見える。


「あの人間達、そろそろ殺られるぞ」


『あの商人が依頼者なのかな。あんまり、良い感じはしないけど、見捨てる訳にもいかないし助けよう』


「オレがあいつらの間に入って威圧するよ」


『あの人達に影響が出ない様に出来る?』


「多分。オレの前に出てこなければ大丈夫な筈」


『解った。お願い』


「じゃあ、行ってくる」


 コハクは高く飛び上がると、木々の枝を伝ってゴブリンと冒険者達の間に降り立った。


「な、何だ!?」


「新手のモンスターだ! こんな時に……!」


「待って、まさかこのモンスター、灰色獅子狼アサシンレオウルフじゃ……」


「何やってるんだ! 早くそいつらを殺さないか!」


ぐるるるお前煩いなぁ……」


「ひぃっ……!!」


 商人の耳障りな声にコハクは唸って振り返ると、商人は顔を青くして震え出した。

 コハクが前を向くと、ゴブリン達がさっきまでとは一変し、引き攣った顔でコハクを見ていた。自分達よりも絶対的な強者の出現に、ゴブリン達は後退った。


ぐるるるるるぁぁぁ逃げるな!!」


「ひっ!?」


 威圧のスキルが発動し、ゴブリン達の動きが止まる。ばたばたと倒れていくのを、冒険者達はがたがたと震えながらただ見ていた。


「……や、やっぱり灰色獅子狼よ……何で、中央大陸のこんな所に……」


「終わった……俺達、此処で食われて死ぬんだ……!」


「あ、諦めるな……! 何とか隙を探して逃げるんだ!」


「どうやってだよ! こんな上級ハイランクのバケモン相手に、下級ローランクの俺らがどうやって逃げるんだよ!?」


「どうにかしてだ! 俺は絶対に諦めない! お前達だけでも絶対に逃がす!」


 リーダーと思しき少年が、震えながらも仲間の前に立ち、コハクに武器を向けた。


「来るなら来い!」


ぐるるやだよぐるるぅ面倒臭い……」


 ふんっ、と溜息を吐くとコハクは尻尾を一度、緩やかに振った。


「……何か、今面倒臭そうに溜息吐いた気が……」


「俺もそう思う……あれ、あのモンスター、バンダナ着けてないか?」


「え?」


 被毛に結び目が埋もれている為、後ろ姿からは確認出来なかったが、冒険者達と向き合う様に座っている今はハッキリと青緑色のバンダナが見える。


「……もしかして、誰かの従魔なの……?」


「有り得ない……! 灰色獅子狼ってテイム出来ないって奴だろ!?」


「でも、野生のモンスターがバンダナ着けてる訳ないし……」


「ぐるっ!」


「な、何だ!? えっ」


 冒険者達の背後から飛び出してきたゴブリンの一匹に、コハクがいち早く気付いたが、冒険者達はコハクに気を取られていた為に反応が遅れた。リーダーの少年に斧が振り下ろされる。

 刹那、氷の楔がゴブリンを串刺しにした。


ぐるっスイ!」


『ごめん、あと一匹何処にいるのか判らなくて探ってたら遅れた。気配は二十一匹だったから、これで全部』


 何処からか現れた、淡く緑がかった白髪の少年に灰色獅子狼が擦り寄っていく。

 信じられない光景に、冒険者達は言葉を失った。


『あの、大丈夫ですか?』


「……あ、え、あぁ、えっと……?」


 何が起こったのか、一体どう言う事なのか。解らない事が多すぎて、リーダーの少年は上手く言葉に出来ずに意味のなさない音しか出せずにいる。


「あ、あの……その灰色獅子狼は……君の従魔なの……?」


 冒険者の中で唯一の女性がスイに訊ねると、スイはコハクを撫でながら頷いた。


『そうです。名前はコハクで、ボクの旅の相棒です』


「ぐるるる」


 ごろごろと喉を鳴らしてスイに頭を擦り付ける様は、さながら大きな猫か犬だ。

 冥府の暗殺者が、人間の子どもに懐いている。

 信じられないが事実として目の前にある光景に、ただただ開いた口が塞がらない。


『回復薬はありますか?』


「い、いや、ゴブリン達相手に全部使い切ってしまって」


『では、どうぞ』


 スイはアイテムポーチから回復薬を六本取り出すと、三人に二本ずつ渡した。


「良いのか?」


『はい。代わりにゴブリンにトドメを刺すのを手伝ってください』


「え?」


『数が多いし、一度人を襲った以上は見逃せませんから』


 スイは気絶しているゴブリンにショートソードを突き立てていく。コハクは臭くて直接触れたくないのか、地魔法の大地の棘アースニードルで突き刺していた。

 三人は急いで回復薬を飲み干すと、それぞれの武器や魔法でゴブリン達を倒していった。

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