第50話 拾われ子と青紫色の実
「この役立たずのガキ共が! あんなゴブリン如きに良い様にやられやがって! 俺の商品が使いもんにならなくなったじゃないか、どうしてくれるんだ!?」
唾を飛ばして
スイは地面に散らばっている野菜や木の実を拾っては損傷を確認しながら木箱に分けて詰めていた。
耳障りな声にコハクが耳を倒して眉間に皺を寄せているが、スイは商人が冒険者達を糾弾するのを止めない。
依頼を請けて遂行出来なかった冒険者達に非があるからだ。自分達の実力に合った依頼を請けなければならないし、請けたのならば遂行しなければならない。
『(それにしても、中央大陸の人は結構容赦が無い)』
西大陸のふたつの町では、依頼を完遂出来なかったハンターや冒険者を責める依頼者は、スイが見た限り少数だった。
中央大陸に来て十日程経つが、その間に町の中や道中で失敗したと思われるハンターや冒険者と、彼等を責める人を時々見掛けた。
中央大陸と言う場所柄、依頼を請ける側がランクが低いのも、そう言った場面を見る事が多い原因かもしれない。
周囲の人達は特段気にした様子は無かったので、見慣れているのだろう。
『(こうして考えると、西大陸は何て言うか……)』
スイは適した表現を考えながら拾った木の実を木箱に丁寧に入れる。
『(……距離感が近いって言うのかな。皆優しかった)』
C評価のハンターを見た事があるが、ギルド職員や殆どの依頼者はまず第一にハンターが無事かどうかを確認していた。無事と判ると、安堵の表情を浮かべて慰めるのだ。
中央大陸のギルド職員は、良くも悪くも事務的な人が多いので怒鳴る人は今の所見た事がないが、依頼者は感情的に怒る人が多い印象をスイは受けた。
この商人も声が大きいのであまり聞いていたくないのだが、商人が冒険者達に手を上げない内はスイは口を出すつもりは無かった。
『(……あれ……)』
とある事に気付くまでは。
微かに感じた匂いにスイは動きを止めた。
ねっとりと鼻腔の奥に纏わりつくような匂いがした。
匂いを辿り、商人達の元に戻ると荷車に積まれている複数の木箱の匂いを嗅いでいく。
一箱だけ同じ匂いがする物があり、蓋を開けるとリンゴが入っていたが、手を入れて探ると箱の大きさと内容量に違和感を覚えた。
商人の方を一瞥し、木箱の底に鼻を近付ける。
「スイ」
『何?』
近付いてきたコハクがスイに何かを伝えていると、商人がスイの方を向いた。
「……おぉ! 荷物を全部拾ってくれたのか! こいつらより歳下なのに強いわ気が利くわ、大した坊主だ!」
コハクの話を聞き終えたスイが商人に顔を向ける。
腹が出ているので貫禄があるが、顔や雰囲気は未熟さが出ており、まだ若く、恐らくは二十代である事が窺える。
スイはアイテムポーチから火の魔石と発煙筒を三本取り出して着火した。白と黒、そして橙色の煙が空に昇っていく。
「その煙は何だ?」
『近くの町へ、町の外での非常事態を知らせる物です』
「町に? そうか」
特に気にした様子もない商人の顔を、スイはじっと見る。
「そう言えば、ハンターも冒険者も、モンスターに襲われている一般人を見掛けたら町まで護衛してくれるんだろう?」
『正確に言うと少し違います』
「何?」
商人は片眉を上げた。
『モンスターに襲われている一般人を発見した場合、モンスターを倒して救助し、近くの町まで護衛する事は確かに義務付けられていますが』
スイは冒険者達に顔を向けて続ける。
『モンスターに襲われていたのが移動中の冒険者と依頼者の場合、町まで護衛してもらう事を望むのならば救助依頼を出し、依頼料を相手に支払う必要があります』
「そうだとしても、依頼料を払うのは俺じゃなく、ヘマをしたこのガキ共だろう?」
『そうですね。非があるのが、冒険者だけであれば』
含みのある言い方に、商人だけでなく冒険者達の視線もスイに向けられた。
スイは先程匂いを嗅いだ木箱に手を置いた。
『この箱、中に入っていたのはリンゴでしたが、それだけじゃないですよね?』
「だったら何だって言うんだ。俺が何を運ぼうが、品物に口を出す権利はお前には無いだろ」
『基本的にはそうです。でも、依頼者が危険な物を運ぼうとしているならば別です』
「危険な物……?」
冒険者のリーダーらしき少年が独り言のように呟くと、スイはアイテムポーチから汚れていない布を取り出して地面に広げる。リンゴが入っている木箱を持ち上げてひっくり返し、中に入っているリンゴを全部出した。
「このガキ! 何を……」
「
「ひっ……!」
商人が顔を真っ赤にしてスイに掴み掛かろうと近付いたが、コハクがスイの前に出て睨みつけると、びたりと動きを止めた。
一見空になった様に見える木箱だが、スイの腕は見た目以上の重さを感じている。
持っている木箱の底の端を押すと、ガコッと音が鳴り、底板が外れ、ぎっしりと敷き詰められた青紫色の木の実が顔を見せた。
スイは商人に訊ねる。
『これ、何か知ってて運ぼうとしたんですか?』
「そんな事、お前には関係――」
『あるから訊いてます』
遮る声と視線の強さに、商人は気圧されて押し黙った。
スイは怒っていた。このままでは命の危険があると言うのに、そんな状況を作ったであろう本人はまるで危機感が無く、自分勝手に振舞っている。
『これが何かを、知ってて運ぼうとしたんですか?』
先程と同じ問いに、商人は渋々答えた。
「……詳しくは知らない。ただ、一部の層の美食家に人気で高く売れるってのを町に寄った旅人から聞いたんだ」
『(一部の層の美食家、かぁ……)』
ある意味、間違ってはいないのだろう。
美食家かどうかについては甚だ疑問だが。
『この実は何処に生っていました?』
「そ、そこまでは教えられない!」
『じゃあボクには言わなくていいです。でも、後で多分ギルドや衛兵さん達に訊かれます』
「……な、何……?」
狼狽える商人を視界から外し、スイは冒険者達に問い掛けた。
『皆さんはこれが何か知っていますか? 知ってて、護衛依頼を請けたんですか?』
「いや、何も知らない。隣町まで荷物と一緒に護衛して欲しいと言う依頼で、ランクの割に報酬が良かったから請けたんだ」
リーダーらしき少年の言葉に、他の二人も頷いた。表情を見るに、嘘をついている様子はない。
「あまり美味そうには見えないが、君はそれが何なのか知っているのか?」
その質問にスイは頷いた。
『ゴブリンを含む特定のモンスター達が好んで食べる物で、ブロウリーラナッツと言います。人間には判りづらいですが、纏わりつく様な匂いを放ち、人間よりも鼻が良いモンスター達はこの匂いに釣られて木の実がある所に集まります』
西大陸の西の果ての森に自生しているイエローナッツとは、正反対の効果を持つ木の実と言える。西の果ての森にもブロウリーラナッツの木は生えているが、森の西側にある為にスイは木そのものは見た事が無い。
スイが知っているのは、木からもいだ実物を見ながらレイラに教わった事だけだ。
微かだが鼻腔の奥に纏わりつく特徴的な匂いは印象的であり、匂いを嗅いだ瞬間にすぐに記憶が呼び起こされた。
『確か、えぇっと……危険、運搬物、第三類……に、定められていた筈です。運んだ者、事情を知っていて護衛等で運搬に加担した者は罪に問われます』
レイラから教わった事を思い出して説明する。当時、言葉が難しくて声に出して覚えようとしては、何度も噛んだ。
危険運搬物第三類と聞いてもピンときていない顔をしていた三人は、罪に問われると聞いて狼狽えた。
「そんな!? 何を運んでいるかなんて知らなかったんだ! その、運んじゃいけない物が定められてる事も……」
「何だよ、俺達が死にかけたのってそれのせいじゃないか! 罪に問われるとしたらこいつだろ!」
「お、俺だってこの実がそんな危険な物だなんて知らなかったんだ! 知ってたらこんなに積んで町の外になんて出なかった!」
『(商人なのに?)』
自分が取り扱う品物を知らなくて良いのかとスイは思ったが、荷車を見てひとつの可能性を考えた。
『(馬車じゃなくて古そうな手押しの荷車だし、駆け出しの商人なのかな)』
そうであれば、知識不足なのも納得出来る。致命的な上に、他者を巻き込んでいるので大迷惑でもあるが。
スイは言い争う双方をどうやって止めようか考えていたが、冒険者の一人が怒りを爆発させて武器を抜いた事で思考を中断した。
「この、くそ商人……!」
「ま、待ってエリオット! 落ち着いて! 殺したらあなたも罪人になってしまうわ!」
「モイラの言う通りだ! 今は抑えろ、エリオット!」
商人に斬りかかろうとするエリオットと、それを宥める二人を見ながらスイは三方向から近付いてくる気配を感じ取った。
『人の方が早く着くね』
「
『でもコハクが言った通り、逆側からかなりの数が来てるね……』
「
スイは後ろを振り返る。複数の人間が走ってくるのが見えた。
ブロウリーラナッツについて話し始める前に打ち上げた発煙筒。あれらは町の外での非常事態を知らせる為に各ギルドが支給している物だ。
西大陸の砂漠でスイは赤の発煙筒を使った事があるが、今回使った内、白と黒の発煙筒は罪人、もしくは罪人の疑いがある人物の発見を意味する。
スイは言い争う四人に近付く。
『最寄りの町の人達が来ましたし、早く此処から去った方が良いです。そろそろ危ないので』
「……危ない?」
「おーい、大丈夫か!? 俺達はカンペールの町の者だ!」
スイの言葉の意味を理解出来ずに不思議そうな顔をするリーダーの少年を一旦放って、スイは救援に来た人達に説明を始める。
『ブロウリーラナッツを運ぼうとしている商人を見つけました。あの木箱の中に入ってます。冒険者の三人は、そうとは知らずに依頼を請けた様で、ゴブリンの大群に襲われている所を僕らが救助に入りました。詳しい事は町でお話しします』
「ブロウリーラナッツ!? 解った、急いで町に行こう。商人はお前だな? 俺達と一緒に来てもらう」
「は、離せ! 俺は悪くない!」
「あ、待て!」
手を跳ね除けて逃げようとした商人の背後から、コハクが吠えた。
「ぐるるるぁ!!」
商人の膝がかくんと曲がり、そのまま前のめりに倒れた。目の焦点があわず、半開きの口からは唾液が垂れている。
『コハク……』
「
商人の大きな声に、耳の良いコハクは鬱憤が溜まっていたのだろう。咆哮に怒気を乗せてしまい、商人は意識混濁の状態に陥ってしまった。
『すみません、やりすぎました』
「い、いや逃げられるよりは良い。それよりもそのモンスターは……」
「おい、話は後にしろ! とんでもない数が来てるぞ」
「え? え?」
押し寄せてくる気配に気付いた救助隊が騒めく。若い冒険者達は気配感知が苦手なのか、何の事か解らずに戸惑っている。
「何でそんなに……」
「……あっ……」
状況を理解したモイラだけが、冒険者の中で一人顔を青くした。
「……モンスター達が好む木の実がこんなにあるなら……」
「! ま、まさか……」
ざわざわと音がする。声が、地面を踏む音が、武器が擦れる音が重なり合って大きな雑音となってスイ達の耳に届く。
耳と鼻でいち早く察知したコハクは、商人を追求する前にスイにこの事を告げていた。白と黒の煙と共にあげた橙色の煙は、モンスターの大群襲来を意味するものだ。
二方向から、数十匹のゴブリン達が姿を見せた。
「ひっ……」
後退ったモイラ達とは逆に、スイとコハクが前に出る。
『コハク、まだイライラしてる?』
「
『じゃあ此処で発散しようか』
「
魔力を集中させたふたりの隣に、数人が並ぶ様に立った。
「カンペールの町の冒険者だ。君はテイマーか?」
『ハンターです。ランクはD』
「Dランクハンター……!? そうか、
『よろしくお願いします』
カンペールの冒険者四人と、スイとコハクによるゴブリン討伐戦が始まった。
それはほぼ一方的な戦いだった。慣れているのか、カンペールの冒険者達は連携して次々にゴブリン達を倒していく。
スイとコハクは、彼等とは異なる方から向かってくるゴブリン達を相手に魔法を放った。
『
「
スイの氷魔法で動きを止め、コハクの地魔法で一度に数匹ずつ倒していくが、その程度では押し寄せてくるゴブリンの波は止まらない。
『キリが無いな……ちょっと疲れるけど、一気にいこうか』
「解った。足止めはオレに任せて」
『お願い』
「
中級地魔法により、広範囲で地面の隆起や陥没が起こる。隆起した岩に跳ね上げられ、或いは陥没に足を取られたゴブリン達に、天の裁きが降り注ぐ。
『
中級風魔法による無数の雷が、ゴブリン達を焼き焦がす。
雷が止んだ時、残っていたゴブリンには
『……やっぱり、雷魔法は消費魔力が大きいな……』
息を切らすスイに、コハクが心配そうに寄り添う。
スイとコハクの眼前では煙と共に焦げた臭いが広がり、死屍累々たる有様が広がっていた。
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