番外編 拾われ子が討伐した異常個体
今日請けた依頼をすべて終えてオアシスに戻ってきたスイは、町に入る際に出入口で勤務している衛兵に声を掛けられた。
「お疲れ。今日はもう終わりか?」
『はい。急ぎの依頼が無ければそのつもりです』
「そうか。さっきハンターズギルドからスイが討伐した
異常個体は発見次第、ハンターズギルドに報告する事が義務付けられている。ハンターは異常個体のサンプル採取と討伐を求められる。
ハンターが採ったサンプルは各ギルド内のモンスター研究部署に回され、研究が進むとその異常個体に名前が付けられ、詳細情報も公開される。
『あれ、もうですか?』
スイが異常個体を討伐してから約三ヶ月。
異常個体は出現頻度が極端に少なく、既出の異常個体と同じモンスターが出る事はかなり珍しい。それ故に一種類の異常個体のサンプルを複数採るのが困難だ。研究には時間が掛かる。
討伐報告された数を考えれば、詳細情報が公開される異常個体の方が珍しい。
「サンプルが多いと研究が進みやすいらしいぞ。ギルドに行くなら異常個体について話を聞いて来たらどうだ?」
『そうします。教えてくださりありがとうございます』
そう言って頭を下げたスイに、衛兵は片手を上げて応えた。
「異常個体?」
『あれ、知らない?』
スイはギルドに向かいながらコハクに異常個体の説明をする。
「へぇ、そうか、そんな風に呼ぶのか」
『そっか、コハクってまだ産まれてからそんなに経ってないもんね』
「それもあるけど、多分野生で生きてる奴等には通じないんじゃないかな。人間と長く一緒にいる奴なら解ると思うけど」
『……どういう事?』
いまいち理解出来ずにスイが訊くと、コハクはスイを見上げながら答えた。
「その異常個体って、人間が付けた呼び方だろ? 野生で生きてるとそんなの関係無いし」
『あっ、成程……確かにそうだね』
「人間は何にでも名前付けるなー。個体それぞれにも名前あるもんな」
『モンスターは違うの?』
「それぞれに名前は無い。オレ達は……なんて言えば良いんだ……? えっと、人間みたいに言葉を使わなくても思うだけで伝わるから……」
『……あ、思うだけで意思疎通出来る、念話のスキル?』
「人間の言葉で言うなら多分そう」
『へぇぇ……』
人間の常識はモンスターの非常識。その逆も然り。
よく考えれば解る筈の当たり前の事に、今になって気付く。
「人間の考えは面白いな」
『モンスターの常識は勉強になるね』
顔を見合わせて笑う。
『これからいっぱい話して、もっと
スイは、ちょうど着いたギルドの扉を開けながらそう言って、コハクもそれに頷いた。
「お、スイ」
『セオドアさん』
ギルドのロビーに出てきていたセオドアが、こっちへ来いとハンドサインをしたので近寄る。
『異常個体の事ですか?』
「何だ、知ってたのか?」
『情報公開されたって衛兵さんから聞きました』
「そうだ。もう見たか?」
『まだです』
「なら、ほら」
手渡された二枚の羊皮紙に目を通す。
異常個体名:
一枚目の詳細情報の一番上にそう書かれている。その下には体長や体色、毒や使用魔法の有無、攻撃手段等が書かれている。
二枚目には
『そのまんまな名前……』
「安直だとは俺も思うが、解りづらくても困るだろ」
『それもそうですね』
「
『あ、うん』
スイはしゃがんで羊皮紙をコハクに見せた。文字は読めないが、絵なら伝わった様でコハクが少し引いている。
「
『あ、他のモンスターから見てもそうなんだ』
思わず本音が零れた。
人間ならではの感想かと思ったが違う様だ。
「この件で、スイにはギルドから特別報酬が支払われる」
『特別報酬? 前に討伐報酬とサンプル含めた情報提供料は貰ってますが……』
「それとは別だ。それはオアシス支部からの報酬。今回は本部からの報酬だ。異常個体の中でも危険度が高いと判断され、これをいち早く討伐した事に対する謝礼だな」
『へぇ……そんなのあるんですね』
「受付で支払われるから、受け取ってくれ」
『解りました、ありがとうございます』
「こちらこそな。あれが町に来なくて良かった。スイの事は本部も注目している様だぞ」
『え』
受付に向かおうとしたスイの足が止まった。
「世界最年少ハンターで、ハンターになる前に異常個体を討伐し、テイムの前例が無い
『えぇぇ……』
「嫌か?」
『……あの空気、苦手なんですよね……』
四方八方から向けられる好奇の視線。どうにも居心地が悪く、居た堪れなくなる。
「あぁー……まぁ、気持ちは解るが、上を目指すなら慣れるしかないだろうな。大人のハンターでもCでそこそこ注目される様になる。
セオドアは一旦区切り、「仮に」と話を続ける。
「このまま順調に昇格したとして、そんなランクに歳若いスイが辿り着いたら、視線を浴びないなんて事はまず無理だ。どうしても好奇の目は向けられる」
『…………はい』
スイは諦めた様に息を吐く。
「マリク殿とレイラ殿もそうだった筈だ。あのお二人は、世界規模で有名人だったからな」
『……やっぱりそうなんですね』
マリクもレイラも、自分達の地位をひけらかす様な事はしなかった。スイはオアシスで暮らし始めて、町の人々から話を聞いて予想以上に二人が有名な事を知った。
「スイはお二人の様になりたいんだろ?」
『はい』
「なら、慣れるしかないだろうな」
『…………はい』
養祖父母に追いつく為には、戦闘技術だけではなく精神力の強さも身に付けなくてはならないらしい。
「
ひとりで耐えきれなくても、ふたりなら大丈夫かもしれない。
沈んでいた気持ちが少しだけ軽くなる。
『……そうだね』
「何だって?」
『自分もいるから大丈夫だって』
「……スイが注目を浴びる原因のひとつがコハクな訳だが……まぁ、ひとりよりもふたりの方が心強いのは確かだ。戦力的にも、頼れる相棒だろうな」
「
『相棒……なんか、格好良いね』
「
マリクにはレイラがいた。形だけだが、ふたりにちょっとだけ近付いた様で少し嬉しくなる。
『よろしく、相棒』
「
一人と一匹、笑い合う。
『……そろそろ帰ろうか』
「
『セオドアさん、失礼します』
頭を下げてギルドを出ていこうとするスイの背中に、セオドアは声を掛けた。
「……精算と特別報酬の受取はしなくていいのか?」
『そうでした……!』
すっかり失念していた事を思い出して、スイはセオドアに笑われながら受付まで小走りで向かったのだった。
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