第42話 拾われ子と師匠の修了試験

『はぁっ……はぁっ……はぁっ……!』


 砂漠を全速力で走るスイは、飛び込む様にして砂に埋もれる遺跡の残骸に身を隠した。

 スイのすぐ横を稲妻がはしり、柱の残骸を焦がす。


「スイ……!」


 シュウに近寄らない様に言われたコハクは、二人から離れた場所でハラハラしながらスイを見守っている。


「逃げてばかりだといつまでも終わらないぞ、スイ」


 身を隠した残骸の向こうから聞こえたシュウの声に、スイは汗を拭いながら文句を叫んだ。


『こんな試験内容だなんて聞いてません!』


「それはそうだろ。さっき言ったばかりなんだから」


 あっけらかんと言い放ったシュウに、スイは少しばかりイラッとした。




「そろそろ、魔法制御の修了試験といこうか」


 三日前にシュウから急に言い渡された修了試験。

 Dランク昇格の喜びも、旅先を考えていた事で踊っていた心も静まり、スイは呆然とシュウを見つめた。


「試験は……そうだな、三日後にするか。それまでに仕上げとけ」


 そう言われて、反射的に『はい』と答えたスイに頷いてシュウは部屋を出ていった。


『………………えっ!?』


 遅れて、驚きと疑念のこもった声が出た。


 それから二日間、スイは仕事をしながら雷魔法の練度を上げるのに集中した。久しぶりに一日に請ける依頼の数を増やし、討伐の殆どを雷魔法で行い、うっかり魔力切れを起こしてしまい、疲れ果てて宿に戻って皆に心配された。

 だがその甲斐もあって、自信を持って挑める程には制御の腕が上がったと思っていた。


 シュウから試験内容を聞くまでは。


「雷魔法を俺に当てる事。但し、俺は避けるし攻撃も仕掛ける。つまり、どんな手を使っても良いから戦いながら俺に雷魔法を当ててみろ。はい、開始」


『え?』


 それは雷魔法の制御はついでで、主目的は戦闘では。

 そう言う前に、無情にも落雷の轟音をもって試験は開始されたのだった。




『はぁ、はぁ……!? まず、い!』


 頭上に感じた魔力に急いで飛び出せば、つい今し方まで居た所に氷柱アイシクルが降り注いでいた。


『(魔法を当てる前に、発動する余裕が無い……!)』


 ひっきりなしに放たれる魔法にスイは防戦一方どころか、回避しか出来ていない。

 距離を取れば魔法が飛んでくるならば、距離を詰めれば良いのかと言えばそうでもなく。武器の間合いはシュウの方が長く、近接戦自体もシュウの方が実力が格上だ。

 スイの武器が届く前に、シュウの武器で峰打ちをくらわされる。


『(でもこれじゃ埒が明かない……! それなら、無理矢理明けるしかない!)』


 スイは走りながら魔力を手の平に集める。


氷礫アイスバレット!』


「氷礫」


 ひとつ残らず全ての礫が相殺されたが、スイは怯まずに連続で魔法を放った。


「俺に氷魔法はあまり効かんぞ」


 スイと同じ属性を持つシュウだ。そんな事はスイも重々承知している。

 一瞬でも動きを止められればそれで良いのだ。


空気砲エアキャノン!』

 

 特大の空気砲をシュウに放つ。


氷の盾アイスシールド


 壁状の大きな氷がシュウの前に具現化した。空気砲を受けてガラガラと音を立てて崩れる。

 視界が塞がる数秒をスイは狙った。


落雷ライトニング!!』


「残念。落雷ライトニング


 雷が、上にはしった。

 スイの落とした落雷とぶつかり、ふたつの雷は行き場を左右に求めて広がり、消えた。


『………………』


 いくらシュウでも、これなら当てられるんじゃないか。

 あのシュウの事だから、これでも躱されるんじゃないか。

 ふたつの予想がスイの中でぶつかりながら仕掛けた攻撃だったが、やはりと思いつつも躱されたショックはそれなりにある。


「スイ」


『…………』


 嫌な予感がする。

 スイは返事はせず、警戒の目を向けて応えた。


「上手く避けてみろ」


『………………!!』


 鞘から抜かれた細身の剣が、太陽の光を反射して光った。

 ぞわりと粟立った肌に、スイは反射的にショートソードを構える。

 一瞬にして目の前に現れた棟に、辛うじて反応し、寸前で後ろに頭を引いて避けた。


『(速い……!!)』


 刃を向けられていなかったとはいえ、バクバクと心臓が大きく鼓動している。


「よし。次」


『ぐぅっ……!』


 横振りの一撃をショートソードを当てて軌道を逸らす。


『(力が入っていない。本気じゃないから本当に試してるだけなんだろうけど……)』


「次」


『(速すぎる!)』


 スイが次の動きに移れるか否か、紙一重の所を狙って仕掛けてくる。

 手の平で踊らされている様な気がしてならない。


 逃げては仕掛け、逃げては仕掛けを繰り返してどのくらい経ったか。


『はーー……はーー……』


 スイの体力も魔力も底を尽きかけてきていた。


『(……全然当たらない……魔力もそろそろ無くなる……!)』


 試験を合格出来るビジョンが一向に見えないのに、身体は限界に近い。

 スイの顎から汗が滴り落ちた。


「スイ、ヒントをやろうか?」


『……いりません』


「そうか、解った」


 ヒントをもらってシュウに雷魔法を当てる事が出来ても、それは合格にはならない。そうスイは考えている。

 だがこのままでは当てる事など出来ない。


『(……何か方法を考えないと……)』


 疲労困憊の身体を動かして、シュウから距離を取る。視界の端に、コハクが落ち着かなそうにうろうろしているのが見えた。


『(…………)』


 スイはひとつの策を思いつく。残っている力を考えても、これが最後だとスイは気力と魔力を振り絞る。


『氷礫! 氷槍アイスランス!』


「氷礫。氷槍」


水の鞭アクアウィップ!』


「おっと」


 ぶつかり合って砕けた氷の欠片が降り注ぐ中を、縫う様に水の鞭が掻い潜り、破裂音を立ててシュウに当たる。

 水属性持ちのシュウには全身を濡らした程度で大したダメージにはならない。


氷結フリーズ! コハク、今だ!』


「来るか!」


 身体が凍りついていく中、シュウはコハクに目を向けて構える。


「…………あぅ? ぐる!? ぐるっえっ!?」


 地魔法が飛んでくるかと思いきや、混乱しておろおろしているコハクしか見えない。

 スイに視線を戻したが既に先程迄居た所にはいなかった。

 身体の拘束が一際強まった事に、視線を下に向けるとスイがしがみついていた。自分ごと氷結で拘束している。


『捕まえました。これで簡単には振り解けない筈です』


 疲れた顔をしているが、良い顔でスイは笑った。


落雷ライトニング


 轟音と共に、二人に雷が落ちた。

 氷が割れ、剥がれていく。

 支えるものが無くなったスイはその場にへたりこんだ。雷魔法を受けた事で身体がピリピリと痛み、若干だが痺れもある。


「スイ」


『ふぁい?』


 合格かと思って顔を上げれば、間抜けな声が出た。しゃがんだシュウに左頬を摘まれている。


「自分を犠牲にするやり方はあまり良くない。やらざるを得ない時はあるが、あくまで最後の手段だ。軽々しく身を投げ出すなよ」


『ふぁい』


 全然力は入ってないので痛くは無いが、放してほしい。


ぐるスイぐるるごめん……!」


『ごめんねコハク。気にしないで』


 スイの意図を汲め無かった事を気にしてとぼとぼと近づいてきたコハクに、スイは撫でようと伸ばした手を止めて首を振る。

 僅かにまだ帯電しているのでコハクには触れない。


「最初から自分ごと俺を拘束するつもりだったのか?」


『はい。コハクが気づいてくれればラッキーくらいの考えでした』


「俺に当てるならコハクを使ってくるだろうとは思っていたが、まさかそんな使い方をしてくるとは」


『……ハンターシュウは私に甘いですから。私ごと氷漬けにすれば、私がダメージをくらう様な引き剥がし方はしないだろうなって』


「………………」


 呆れて見下ろすシュウに、スイが誤魔化すように笑うと頬を摘む手が増えた。


『わぁ』


「小賢しい知恵をつけて」


『えへへ……?』


「だが、俺に当てたからな。合格だ」


『やっは!』


 頬を摘まれたまま喜ぶスイは、いつもより幼く見える。疲れ果てて、構える事の無い今が素なのだろう。

 シュウはスイの頬から手を放して、左手を差し出した。


「スイ、俺の手にお前の手を乗せろ」


『?』


 大人しくスイが言われた通りにすると、身体を巡るビリビリとしたものが消えていった。

 パァンッ! と音を立ててシュウの右手から稲妻が空中に弾けた。


『……吸いました?』


「吸った。まだ残ってる感覚は?」


『無いです。ありがとうございます』


 スイは腕を動かしてみる。体力も魔力もほぼ尽きているので身体が重く感じるが、痺れは消えて動かしやすくはなった。


「立てるか?」


『立てま…………すみません、手を貸してもらえませんか……』


 自力で立とうとしたが、脚に力が入らない。少々の恥と引き換えに頼めば、身体が浮いた。


「よっと」


『手の貸し方が予想の斜め上……!』


 両脇の下に手を入れられ、持ち上げられた。足がぷらぷらと揺れる。

 ちょうどこんな抱き上げられ方をしている猫を、この間オアシスで見たばかりである。


『降ろしてください……!』


「………………」


 何か考えているのか、黙ったままスイを見つめるシュウにスイはシュウの名を呼んだ。


『ハンターシュウ?』


「…………軽いな」


『いや、降ろしてください!』


「思ったより元気だな」


『ハンターシュウのせいでその元気もそろそろ完全に枯渇しそうです……!』


 漸く地面に降ろされ、自分の足でスイは立った。膝が僅かに笑っている。本当に体力の限界だ。


「……運んでやろうか?」


『だ、大丈夫です……!』


ぐる、スイ、ぐるるるるるオレが運ぼうか?」


『……気持ちは嬉しいけど、コハクが潰れちゃうかな……』


ぐるるるる……オレ今日役立たず!」


 コハクは顔を両方の前足で覆って、地面に伏せてしまった。


「何だって?」


『オレ今日役立たずって……』


「コハク、灰色獅子狼アサシンレオウルフの雄は生まれてから数ヶ月経てばかなり大きくなる。成長したらスイを乗せたら良い」


ぐるるっ解った!」


『解ったって言ってます』


「今のは俺も何となく解った」


 シュウの大きな手で撫でられながら、コハクは機嫌良く喉を鳴らす。


「そろそろ町に戻ろう。スイは今日早めに寝なさい」


『そうします……ふぁ……』


 スイは欠伸をこぼす。疲労困憊の身体が休息を求めている。

 二人と一匹で砂漠を歩き、オアシスの出入口に辿り着くとシュウがスイを見下ろした。


「修了試験も合格したし、スイはもういつでも旅立てるな」


 そう言われた瞬間、眠気で霞みがかっていたスイの頭の中が急に晴れた。

 そしてオアシスの町並みが、人々が、シュウが遠くなった様な感覚に陥った。

 人々で賑わう町並み。その景色の中に自分もいるのに、嫌に客観的にその景色を見ている自分がいる。


『………………』


 スイは気付く。旅立てば、見慣れた筈のこの景色を見る事は暫く無いのだと。ジュリアンやリリアナ、セオドア、この町のハンター達、ネイトやエルム、オアシスの人々……そして、きっとシュウとも、暫く会えなくなる。

 そんな当たり前の事に、スイはたった今気付いた。


『………………』


 胸の辺りがぎゅうっと締め付けられた。この感覚は覚えがある。

 寂しい、のだ。

 マリクとレイラが亡くなった時にも感じたものだ。

 親しくなった人達と、友達と、師匠と別れるのは、こんなにも寂しいのか。

 旅をすれば、次の目的地に向かう度にこの寂しさに襲われるのか。それともいつか慣れるのだろうか。


「スイ? どうした?」


 足を止めたスイを、シュウが不思議そうに振り返る。隣にいるコハクも同じ様にスイを見上げた。


『……何でも、ないです』


 スイは小走りでシュウの隣に並び、コハクもそれに続いた。


『(旅立っても、いつかまた此処に来る。でも――)』


 旅立つ迄の間、目に焼き付けておこう。

 大好きなこの町を。大好きな人達を。

 スイはそう決めて、オアシスでの一日一日を大事に過ごす事にした。

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