第41話 拾われ子のDランク昇格試験 後編
「スイ、俺の後ろに下がれ。構えはとくなよ」
『は、はい!』
スイはウィルベスターの斜め後ろに移動する。コハクはスイの隣で、唸り声をあげながら迫ってくる何かを睨み続ける。
「
『!?』
「
『
コハクの言葉に、スイの記憶が呼び起こされる。
まだマリクが健在だった頃、普段は西側に生息している筈のそれが東側に出没し、運悪く遭遇してしまった時の記憶が。
小さかったスイは、狙われた事もあり酷く恐ろしいものに感じられた。
すぐに、一緒にいたマリクが愛用の斧槍で真っ二つにしたので事なきを得たが、暫くは夢に魘される程だった。
『……まさか、
「正解だスイ。このイカれた感じは覚えがある」
魔法は使わないが、攻撃力・機動力が高く、好戦的な為に非常に危険なモンスターだ。
「ゴフー……ゴフー……!」
草を掻き分けて現れた灰色の巨体。黒い眼に光は無く、それが更に異常性を引き立たせる。獲物が多い事に歓喜しているのか、興奮した様に叫び声をあげた。
「グオォォォォォォ!!」
咆哮に乗せられた殺気に、肌がびりびりする。それでもスイは怯むどころか、右手にショートソードを、左手に氷魔法を構えた。
「やるな。怖くないのか、スイ」
『……ドラゴンに比べれば、食人灰色熊なんて平気です……!』
アードウィッチでくらったドラゴンの咆哮は、こんなものでは無かった。
小さい頃の記憶のせいで食人灰色熊に恐怖はあるが、より大きな恐怖を知っていると足枷にすらならない。
「下がっていろスイ。こいつは俺が殺る」
『ウィルさん! 足止め位は出来ます!』
「いらん。適性試験の時の汚名を返上する為にも、ここは俺に花を持たせろ」
ウィルベスターは両手に棘の付いた鉄鋼を填めると、
食人灰色熊と、ウィルベスター。体格は食人灰色熊の方が二回り程大きい。
「来いよ。力比べといこうぜ」
「グオォォオ!」
食人灰色熊の振り上げた右手と、ウィルベスターの左の拳がぶつかった。骨が砕ける音が響き、スイの腕に鳥肌が立った。
『ウィルさん!』
「違う、スイ。砕けたのは灰色熊の方だ!」
正確に音を拾ったコハクの訂正とほぼ同時に食人灰色熊が吠えた。
「グオォォォォォォ!」
「脆いな。そんなんじゃあ、俺は殺せねぇ」
ウィルベスターは食人灰色熊の首を掴み、身体を持ち上げた。
「オォォラァァァァッ!!」
勢い良く地面に叩きつけられた食人灰色熊の頭から、嫌な音が聞こえた。ぬかるんでいる地面が衝撃を多少逃がしたのか、生来の頑丈さなのかは不明だが、まだ生きていて立ち上がろうとした食人灰色熊にウィルベスターの拳が叩き込まれ、頭蓋骨が完全に砕けた。
『………………』
唖然としているスイに、ウィルベスターは笑う。
「何だその顔。俺だって西大陸に生きるBランクハンターだぞ。これくらい単独討伐出来ねぇと話にならねぇ」
食人灰色熊をアイテムバッグに入れたウィルベスターが砂漠の方向を指差す。
「行くぞ。早く帰って、その首に下げてる物の石変えてこい」
――オアシス、ハンターズギルド。
受付で預けたハンターの証は、埋め込まれた石を銅鉱石から銀鉱石へと変えてスイの手に戻ってきた。
「Dランクへの昇格、おめでとうございます!」
『ありがとうございます』
「これでハンタースイは
『解りました』
スイは受付を離れてカテリナの所へ向かう。大陸間の移動について話を聞くスイを見ながら、セオドアとウィルベスターがロビーのソファーで話していた。
「まさかまたイレギュラーが起きるとは思わなかったが……これで俺の面子も保たれたかね」
「食人灰色熊か……基本的には西側から出てこない筈なんだがな」
「何年か前にも出てきたんだろ?」
「あぁ。その時はまだ小さいスイが狙われたそうでな。マリク殿が激昂して一撃で切り捨てた」
「……あのデッケェ斧槍か……あれを使いこなせるのは、世界中探してもそうそういねぇだろうなぁ……」
ウィルベスターがマリクの巨大な斧槍を思い出して遠い目をしている横で、セオドアは何やら厳しい表情をしている。
「どうした?」
「……いや、偶然なんだろうかと……」
「何が?」
「スイが、イレギュラーに巻き込まれるのが。数年前と今回の食人灰色熊、三ヶ月前の適性試験の
「……偶然だろ。異常固体はともかく、モンスターが本来の生息域から外れた所に現れるのは時々ある事だろうが」
「……そう、だよな……」
セオドアは違和感を拭えないが、無理矢理自分を納得させる事にした。
食人灰色熊は森の中に住んでいる。その時の気分でたまたま西から東側に出てくる事くらい、あるだろう。
『セオドアさん』
「お、おぉ、スイ。昇格おめでとう。カテリナの説明はもう終わったのか?」
『はい。世界地図を貸していただいたので、宿に戻って早速見てみます……!』
地図を持つスイの目はキラキラとしている。
「楽しむのは構わんが、ちゃんと身体も休ませるんだぞ」
『はい!』
スイは頭を下げるとコハクと共にギルドを出ていった。
「遂にDか。そろそろ旅立ちか?」
「多分。王都に行く理由もある」
「何だ、支部長ともあろうお方が随分と浮かない顔をしている」
「馬鹿言え、雛鳥の巣立ちだ。喜ばしい事だよ。しかし、三ヶ月か……思ったより早かったな」
近付いているだろう別れの日に、セオドアは寂しさを覚えた。
一方、スイは養祖父母の墓に昇格を報告して宿に戻ってきていた。ベッドに借りてきた世界地図を広げて、コハクと一緒に眺めている。
「広いな! スイと旅するの楽しみだ!」
ふさふさの尻尾がぶんぶんと振られる。
『やっぱり先に中央大陸かな。おばあさまに頼まれた事を果たさないと』
「王都に行くのか?」
『うん。その後は……どうしようかな』
世界中を旅したいが、故郷の情報も集めたい。
王都の次は南大陸か、北大陸に行くか。それとも東大陸に向かうか。
『うーん……あ』
ドアをノックする音に、スイが『どうぞ』と声を掛けると、ドアが開きシュウが入ってきた。
「試験はどうだった?」
『合格しました』
ハンターの証を首から外して掲げて見せる。銀鉱石がキラリと光ったのを見て、シュウはスイの頭を撫でた。
「おめでとう。無事で何よりだ」
『ありがとうございます。試験後に食人灰色熊が出ましたけど、ウィルさんがあっという間に倒してくれました』
「ウィルベスターが? そうか……」
シュウは何やら思う事があった様だが、それは言葉にはせずに気になった事をスイに訊いた。
「食人灰色熊は、森の西側に生息しているんじゃなかったか?」
『基本はそうです。でも、たまに東側に出てきちゃうみたいなんですよね。昔にも一度、森の東側で遭遇した事があります』
「……その時はどうやって?」
『近くにいたおじいさまが一撃で真っ二つにしました』
おじいさまの顔はあの時が一番怖かった、とスイは呟く。
「………………」
『どうしました?』
「……いや、何でもない。その世界地図は買ったのか?」
『ギルドで借りてきました。王都の次は何処に行こうかコハクと考えてる途中です』
「王都? 観光目的ならまぁ、行く価値はあるかもしれんが中央大陸の更に中央に位置するだけあって、モンスターが弱いから此処より張り合いは無いぞ」
『観光目的もありますけど、おばあさまに頼まれた事があるのでその為に行きたいんです』
「あぁ、成程……その後はどうする気だ?」
『そこで迷ってます。世界中を見たいので北か南に行くか、故郷の情報を集めに東に行くか……』
「スイ」
『はい?』
椅子を引いて座ったシュウに、スイは顔を向ける。
「今は東大陸に行くな」
有無を言わせないシュウの声の強さに、スイは戸惑い気味に返事をした。
『な、何でですか?』
「今のお前に、今の東大陸は危険過ぎる。まだ行くな」
『……そんなに強いモンスターがいるんですか?』
「……そうだな。あれはある意味モンスターだ。手の付けようのない、な」
『…………?』
解る様で解らない答えにスイは首を傾げる。
「とにかく、今は行くな。先に南か北に行って実力を磨け。東大陸の情報なら、北・中央・南のいずれでも入手出来る筈だ」
『……解りました』
東大陸に行きたい気持ちもあったので、それを却下されたのはショックだったが、選択肢が減り、決めやすくなったと思えば、これはこれで良いのかもしれない。
スイはそう思う事にして、北大陸と南大陸を見比べた。
『北は年中冬で、南は年中夏なんですよね?』
「そうだ。南の気温は
『うーん……どうしよう、コハクはどっちが良い?』
「
『うーーーん…………』
コハクを当てにしたら当てにされて、スイは更に悩む事になった。
そんなスイを見てシュウが微笑う。
「すぐに旅立つ気か?」
『……早めにとは思ってますが、いつまでにとは決めてません』
「なら、今すぐ決める事もないだろう。じっくり考えても良いし、先に中央大陸に行くなら旅をしながら決めても良いんだ」
『……そっか。それもそうですね』
気が急いていたのか、視野が狭まっていた。別に今、北か南かを決める必要は無い。
スイは地図を丸めてアイテムポーチにしまった。
「オーナー夫妻が、今日はスイの昇格祝いにご馳走にすると言っていたぞ」
『やった!』
「今日の試験では、雷魔法は使ったのか?」
『使いました。砂蜥蜴を倒す時に。ある程度は上手く制御出来る様になったと思います』
「そうか。なら」
シュウは脚を組み、ゴーグル越しにスイに目を向けた。
「そろそろ、魔法制御の修了試験といこうか」
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