第40話 拾われ子のDランク昇格試験 前編
Dランク昇格試験の朝。
スイは朝食を終えて宿を出ようとした所で、二階から降りてきたシュウと出くわした。
「おはよう。もう行くのか?」
『おはようございます。今日は森にも入るので』
「そうか。スイなら油断しなければ大丈夫だろう。吉報を待っている」
頭に置かれた大きな手に、スイは頷いた。
『行ってきます』
コハクと一緒に宿を出る。向かうはオアシスから西。やや西の果ての森に近い地点だ。
試験場に着いた時、スイは見覚えのある人影に走り寄った。
『……ウィルさん?』
「おぅ。スイ、時間通りだな」
『今回の監督官って、ウィルさんですか?』
「そうだ」
適性試験や昇格試験の監督官はBランク以上のハンターが任命される。
現在、オアシスのハンターズギルドにはAランクハンターはおらず、三人のBランクハンターがいるが、監督官の条件を満たす者が複数人いる場合、基本的には受験者の試験に一度も立ち会った事が無い者が選ばれる。
「本来なら、まだ一度もスイの試験に立ち会っていないシュウが立ち会う事になるんだが、受験者のスイと懇意である事から俺が立ち会う事になった」
不正を防ぐ為、受験者と親しい者を監督官には出来ない。監督官任命の例外事項である。
「俺は監督官として一度失態を犯してるからな。今度こそ、しっかり任務を遂行しねぇと」
スイの適性試験の時、
この評価はハンターズギルド側に見られる為、今後依頼を請ける時やAランクへの昇格試験の時に足枷となる可能性がある。
スイは謝ろうとしたが先にウィルベスターに制された。
「謝るなよ。誰も予想出来なかった、なんて言い訳にはならない。そもそもモンスターの襲撃なんて大体が誰も予想出来ないもんだ。相手が異常固体であっても、予想外のモンスターに対応して当然なのがハンター。あれは完全に俺の失態なんだよ」
『…………』
ここでスイが謝っても、それは自身の心を慰める為の自己満足に過ぎない。
『……解りました。今日はよろしくお願いします』
「あぁ。試験内容は把握しているな?」
『砂漠で
「その通りだ。制限は二時間以内。リタイアを申し出た場合と、監督官の俺の判断で救助した場合は失格となる。討伐方法に制限は無いが、従魔の使役は禁止となる為コハクはこちらで預かる。質問は?」
『ありません。コハク、ウィルさんの所に』
「
『うん』
コハクはスイの側から離れて、ウィルベスターの隣に立つ。
「それでは、Dランク昇格試験開始!」
スイは気配を探り、砂蜥蜴の方に向かう。スイに気付いた砂蜥蜴が威嚇してきた。
『
「ゲッ!?」
砂蜥蜴の足元の地面と四肢が凍り付いて地面に縫い止められた。スイはすかさず近付き、首を狙って風の魔力を付与したショートソードを振り下ろしたが、途中で止めた。
『っ!!』
「ゲッゲッ!」
横から飛んできた
『(挟まれるのは避けなきゃ)』
幸い、砂蜥蜴の動きは速くない。スイは直線上に二匹を捉えると、氷魔法を放った。
『
頭上に具現化した複数の巨大な氷柱が、砂蜥蜴目掛けて落下していく。
「ゲェッ!?」
「ゲッ……!」
外皮が硬いので貫通はしなかったが、それでもダメージは食らったようで動きが鈍くなった。スイは再びショートソードに風の魔力を付与すると、素早く駆け寄り一匹目の首を斬った。片手を離して、二匹目の砂蜥蜴に向ける。
『
轟音が砂漠に響き渡った。
砂蜥蜴は黒焦げとなって煙をあげている。
『(だいぶ上手く出来るようになったかな)』
シュウとの訓練の成果を実感しながら、スイは討伐した砂蜥蜴をアイテムポーチに入れた。
「これくらいなら朝飯前と言った所だな。次は西の果ての森だ。道中に遭遇するモンスターは倒していけ」
『はい』
「
『うん!』
コハクの応援に笑顔で返事をしながら二人と一匹は西の果ての森へ向かう。
道中の襲ってきた敵はすべて倒し、都度アイテムポーチに入れた。
そして、砂漠と森の境目から西の果ての森に入る。急激に環境が変わり、蒸した空気が肌に纏わりつく。昼間でも森の中は薄暗く、頭上を遮る木々の枝や葉のせいで、空は極僅かしか見えない。
スイはマッピングのスキルで現在地を把握すると、ある方向を向いて歩き出した。迷わずに進んでいくスイの後をウィルベスターとコハクがついていく。
やがて行き着いたのは川だった。川縁に何か蠢く物が見える。
『……いた』
泥水色で、水溜まりの様に身体を崩しているそれ。
マッドスライムと呼ばれるモンスターで、地属性と水属性の魔法を使う。危険度ランクはC。ジェル状の身体の性質上、物理攻撃が効きにくく、身体に穴が空いても直ぐに修復してしまう。倒すには身体の中にある、薄らと見える核を壊すしかない。
スライムは種類問わず分裂のスキルを持っており、物理攻撃を受けた際に核と共に分裂し、固体数を増やす事があるので魔法で戦う事が推奨されている。
スイは左手に風の魔力を集めた。その魔力に反応してマッドスライムが身体の形を変えた。楕円形となり、身体をぽよぽよと動かしている。よく見ると、地面が波打っている。
突如、スライムの前に大きな泥の波が生まれ、スイに迫った。地魔法と水魔法の合わせ技で、
スイはそれを大きく迂回して避けて
『(やっぱり身体を固めないと駄目だな)』
西の果ての森はスイにとって庭の様なものだ。危険度A・Bランクが跋扈する西側は養祖父母に行くのを禁じられていたが、東側なら地理も生息するモンスターも把握している。マッドスライムとも何度か戦った。
『
ジェル状の身体が凍っていく。
『
凍った身体が幾つもの風の刃に細切れにされていく。相反属性の風魔法なので、修復が遅い。スイは細切れにされた断片の内、たったひとつに狙いを定めて氷魔法を放った。
『
氷の槍がマッドスライムの核を撃ち砕く。マッドスライムの身体は崩れて消え、小さな欠片が地面に落ちた。スイはそれを拾う。
『(平均位かな)』
スライム系は魔力を多く保有する為、倒すとほぼ必ず魔石を残す。魔石の大きさはそのスライムの魔力の多さに依存する。マッドスライムの場合は地の魔石の確率が高いが、稀に水の魔石を残す事もある。
「見事だ。強くなったな、スイ」
ウィルベスターの称賛の言葉に、スイは礼を述べた。
『ありがとうございます。でも、もっと強くなります』
「言い切ったな。上を目指す気か?」
『はい。おじいさまの様なハンターになるのが、夢のひとつですから』
「ほぅ」
ハンターマリク。若い頃から数々の逸話を残した世界有数の実力者で、死してなお伝説のハンターと呼ばれている。
晩年は西大陸に腰を落ち着かせたが、それまでは世界中を旅し続けてはあらゆるモンスターを倒して人々を救い、各大陸にその名を轟かせた。彼に憧れてハンターになった者も多く、ハンターの中で最も有名な人間と言っても過言では無い。
マリクの訃報はハンターズギルド各支部に知らされたが、ハンターの中にはその場で膝から崩れ落ちた者もいたと言う。
「憧れだけで辿り着ける境地じゃないぞ」
『覚悟の上です』
スイの眼は、適性試験の時とは少し変わっていた。憧れと熱意は未だ顕在だが、凪いでいる様な静けさも感じられる。
「(……ひとつ、乗り越えたな)」
若い
盗賊団のボスとの戦いが、スイにハンターとして生きる事の過酷さを教えた。それはまだ一欠片に過ぎないが、その一欠片を握り締め、自分のものと出来るかどうかが、ハンターとしての成長に関わってくる。
「ならば、お前の名が世界中に轟く日が来るのを楽しみにしてみるか。俺が死ぬ前に頼むぞ」
『頑張ります……!』
「よし。では、スイのDランク昇格試験は合格とする!」
『ありがとうございま……!?』
「!?」
「う"ぅ"ーーーー……!!」
スイとウィルベスター、コハクが一斉に同じ方向を向き、臨戦態勢を取った。
がさがさと丈の長い草を掻き分けて、何かがやってくる。
とてつもない殺気を放つ、何かが。
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