番外編 拾われ子が旅立つまであと三日
『おはようございます。依頼を請けたハンターです』
「あぁ、スイ君が請けてくれたのか。ちょっと待ってて、会長を呼んでくるから」
スイは依頼の詳細を聞きにローフェル商会に来ていた。先程の男性はいつも店番をしていて、依頼だけでなく買い物でもよく来るスイとは顔馴染みとなっている。
「おはよう、坊ちゃん」
『おはようございます、ローマンさん』
「坊ちゃんが請けてくれるなら安心だ。早速依頼の話をしても良いかな?」
『お願いします』
「今回なんだが、上薬草を三十本、上解毒草を三十本、イエローナッツを二十個採って来てもらいたいんだよ」
上薬草は上回復薬の、上解毒草は上解毒薬の、そしてイエローナッツはモンスター避けの材料となる。
これらは、町から町へ移動する者、所謂旅人がよく買う物だ。
採取依頼は本来は冒険者ギルドの管轄だが、西の果ての森の様に危険度の高いモンスターと遭遇する可能性がある場所での採取依頼は、ハンターズギルドの管轄となる。
『解りました。具体的な期限はありますか?』
「出来れば、三日以内に頼みたいが大丈夫かい?」
『森に異変が起きてなければ大丈夫です。難しそうだったら早めに報告しますね』
「解った。よろしく頼んだよ、坊ちゃん」
『はい』
スイとコハクはローフェル商会の店から出ると、町の西口に向かった。
衛兵の一人がスイに気付いて片手を上げる。
「よぉ、スイ坊。仕事か?」
『はい。森まで』
「解った。ちゃんと帰って来いよ」
『はい、行ってきます』
衛兵に見送られて砂漠に出ると、スイはサンドホースの馬車に乗る事にした。目的地を告げて、運賃を支払って荷台に乗る。外の空気に触れたいので幌が無いタイプを選んだ。
コハクは思いっきり走りたい気分だと言って、荷台に乗らずにサンドホースと併走している。
『(…………この景色とも、あと少しでお別れか…………)』
Dランクに昇格し、各大陸間を移動出来る様になったスイは、養祖母であるレイラから頼まれた事を成す為に王都がある中央大陸に行く事を決めた。
出立の予定は三日後。スイはそれまでに、世話になった人達に直接挨拶をして回る予定だ。
その内の一件がローフェル商会だ。タイミング良く貼られていたローマンからの依頼書を、スイは迷わず手に取っていた。
「坊主、そろそろ着くぞ」
『解りました』
御者の一言にスイは思考を切り替える。
馬車が停まり、スイは礼を言って降りると戻っていく馬車を見送った。
『コハク、疲れてない?』
「全然! 元気いっぱいだ!」
ぶんぶんと振られる尻尾が、その言葉に偽りは無いと教えてくれる。
『じゃあ、行こうか』
森の砂漠の境目。そこから生い茂る雑草を掻き分けてスイは森に入った。
マッピングのスキルで現在地を把握すると、一番近くにある採取ポイントに向けて歩き出す。
「何処に行くんだ?」
『まずは上解毒草の群生地から。近くに擬態蝶って言うモンスターがいる事が多いから気を付けて』
擬態蝶は生息する地域によって姿が異なるモンスターの一種だ。西大陸では西の果ての森にのみ生息し、黄色い翅に大きな目玉模様がある。相手を混乱させるスキルを持っている。
擬態蝶自体の危険度ランクはCだが、西大陸屈指の高難度地帯である西の果ての森で混乱状態に陥ると死の危険性が高くなるので、遭遇したらすぐに討伐する事が望ましい。
「擬態蝶かぁ……」
『……あれ?』
スイはコハクの反応に違和感を覚えた。
アードウィッチ外れで出会った時、コハクはまだ産まれて間もなかった筈だ。西の果ての森に生息する擬態蝶を知っているのは何故なのか。
『擬態蝶、知ってるの?』
「うん。母上から聞いた事があるだけで、見た事はないけど」
『あ、成程』
「オレは山で産まれたけど、母上は森で生きてた時があったらしくて森の生態にも詳しかった」
『へぇ……
「ううん、灰色熊は山にもいる。森のとは別の奴だけど、
『そうなんだ……あ』
ひらり。視界の端に一瞬はためいたモノに、スイは追いそうになる目を留めて、視線を外したまま風の精霊術を放った。
そうっと目を動かす。地面にバラバラになっているのを確認して、顔を動かした。飛んでいる蝶はすべて落とした様だ。
「これが擬態蝶か。翅の模様と鱗粉に混乱効果があるんだよな?」
『そうだよ。だからあまり見ないで、魔法で倒した方が良いって言われてる』
スイはアイテムポーチから必要な物を取り出す。ゴーグルを目に、バンダナを鼻と口を覆う様に着け、手袋を填めて火バサミで擬態蝶を掴むと特殊素材専用の小箱に入れていった。
念には念をいれて、擬態蝶が落ちた場所を精霊術で水を出して洗い流す。
「スイは、精霊の力を使えるんだな」
『うん。秘密にしてるから知っている人は少ないけど』
「何で? シュウも知らないのか?」
『精霊術が使える人間って珍しいから、知られると悪い人達に狙われやすいんだって。だから秘密にしてる。ハンターシュウにも話してない、けど……』
「けど?」
『……あの人、気付いてそうな気はしてる……』
勘が鋭いのか、人が隠している事をびたりと言い当てる時がある。
シュウの前で精霊術を使った事も、使えると話した事も無いが、スイは気付かれている気がしてならない。
「シュウも使えたりして」
『…………有り得る、なぁ…………』
しれっと精霊術を使いこなしている姿が容易に想像出来る。遠近どちらの戦闘もこなせて、知識も豊富。少々変わった所がある以外は完璧に見えるせいか、精霊術が使えてても何の不思議もない。
『(訊いてみたいけど)』
生立ちが知られているし、精霊術が使える事を知られた所でシュウなら問題無い気がするが、精霊術が使える事を人に話したと言う点で怒られそうな予感がする。
『(……薮をつついて余計な目に遭いたくないからやめとこう……)』
火バサミをアイテムポーチにしまいながら、スイは安全策を取る事を決めた。
「スイ、これが上解毒草か?」
コハクが小さい青い花をつけた植物の匂いをふんふんと嗅ぎながらスイに訊いた。
『あ、うん。そう。採取するから、コハクは周りを見ててもらえる?』
「任せろ!」
コハクは意気揚々と周囲の見張りを始めた。歩き回り、しきりに匂いを嗅いだり耳を動かしたりしている。
『(依頼は三十本だけど、擬態蝶が飛んでいた事を考えると余分にもう十本程摘んでおいた方が良いかな)』
鱗粉が付きすぎていると調合には使えない。スイは、蝶が飛んでいた場所からはなるべく離れていた所に生えている上解毒草を十本ずつ束にしては、アイテムポーチに入れていく。
四十本摘み終わった所で立ち上がり、コハクを呼んだ。ゴーグルとバンダナを外した顔には汗が流れた。
「終わったのか?」
『うん。次は上薬草を採りに行こう』
上薬草の群生地がある北側に向かう。途中、蛍光色のキノコが生えているのを見つけた。
「凄い色のキノコだな……毒キノコ?」
『それはレジコンフュダケで、混乱を治す効果があって上解毒薬の材料のひとつなんだ。いっぱい生えてるし、採っていこうかな』
一言で毒と言っても、その種類はひとつじゃない。
レジコンフュダケはその内の混乱毒に対応した上解毒薬の材料となる。西大陸では西の果ての森にしか生えないので、採れる人が限られるのもあり高値で売れる。
どの毒にも効く完全解毒薬と言う物があるが、値が張る上に売っている所が限られる為、殆どの冒険者やハンターは各毒に対応した解毒薬を持つ。
『五本位で良いかな』
アイテムポーチにレジコンフュダケを入れ、二時間程歩くと上薬草の群生地に着いた。
「オレ、また見張りで良いか?」
『うん、お願い。出てくるとしたらアサシンスネークだと思う』
「解った。なら、牙と爪は使えないな」
薬の材料となる素材の近くには、不思議と特定のモンスターがいる事が多い。そのモンスターが近くにいるから素材があるのか、その素材があるからモンスターが縄張りとするのか、未だ解明されていない謎のひとつだ。
『(上解毒草に合わせて四十本採っておこうかな。余ったら自分で使えば良いし)』
上解毒草と同じ様に十本ずつ纏めてアイテムポーチに入れていく。
『……よし。コハク、最後の採取に行こう』
「次はどっちに向かうんだ?」
『北東の方向。イエローナッツはモンスター避けの材料になるから、もしかしたらコハクはあまり近寄れないかも』
「臭いのか?」
『多分、モンスターにとってはそうなんじゃないかな。人間には判らないけど、モンスター避けって名前と効果があるくらいだし』
「……あんまり強い臭いじゃないと良いなぁ……」
コハクは鼻に刺さる様な臭いを想像して、尻尾を垂らした。
そして歩く事三時間。黄色い実が生る木がちらほらと見え始めた。
『あれがイエローナッツの木だよ。コハク、大丈――』
「臭っ! 臭い! 鼻が壊れる!! ップシュッ!」
スイには判らないが、やはりモンスターであるコハクには判るらしく、尻尾を膨らませて大騒ぎし始めた。相当鼻にクるらしく、くしゃみまで出始めている。
『……なるべく離れてた方が良いね』
「うぅ……ごめんスイ……で、でも見張りはちゃんとやるから任せて! プシッ! ップシッ!」
鼻水を垂らすコハクに、スイは早く此処を離れようと、急いで実をもいでいく。
『十八、十九、二十……よし。コハク、終わったから此処から離れよう!』
登っていた木から飛び降りて、スイはコハクに走り寄る。コハクは頷いて、臭いが届かない所まで走った。
『……鼻、大丈夫?』
「……うん。あんな酷い臭いだとは思わなかった……だからあの木の周りはモンスター全くいないんだな……」
前足で顔を洗いながらコハクはげんなりしている。
そんなに強い臭いなら実をもいでいた自分にも染み付いているのではと、スイは思い立った。
『もしかして、私からもイエローナッツの臭いする?』
「少し。でも実そのものに比べれば全然マシだから大丈夫だ」
『……宿に戻ったらすぐお風呂に入るよ』
臭いが付いているなら町に戻るまではそのままの方が良さそうだが、コハクに害があるので町に着いたら早めに洗い落とした方が良いだろう。
スイは脳内に浮かんだ地図で現在地とオアシスの位置を把握する。
『東にまっすぐ行けば砂漠に出られる。急いで戻ろう』
スイとコハクは森を駆け抜ける。
普段ならスネーク系モンスターが襲ってくるが、スイに染み付いたイエローナッツの臭いを嫌っているのか全く姿を見せない。
近付いて来るのはマッドスライムなど、嗅覚の無いモンスターだけだ。
スイは氷の精霊術を使って核を打ち砕いていく。走りながら、マッドスライムが遺した魔石を拾った。
『水の魔石だ。珍しい』
マッドスライムは地属性と水属性持ちだが、倒した後に残る魔石は地属性が多い。
「スイは今日、魔法は使わないのか?」
『森を出るまではそのつもり。周りに人がいない時じゃないと使えないしね』
熟練度を上げる為に魔法を使ってきたが、元々スイは魔法よりも精霊術の方を得意とする。久々に精霊術を使ったからか、解放感を覚えた。
休む事無く走り、森の中の暗さが増した頃、スイとコハクは森と砂漠の境目に辿り着いた。
『陽がだいぶ傾いてるね……』
「走るか?」
『そうだね、日没前に戻りたい』
再び走り始める。三十分程走った所で、後ろから近付いて来る気配を感じた。
『何か後ろから来る……あれ、もしかして……』
「スイ、サンドホースだ」
『御者の人以外に誰か乗ってるか見える?』
「見える。ハンターだ。ギルドで見た事ある」
『乗せてもらえないかな』
スイは足を止めて馬車が来るのを待つ。御者もスイ達に気が付いた様で、徐々に走る速度を落とした。
「スイじゃないか。今から町に戻るのか?」
『はい。空いていたらコハクと一緒に乗せてもらいたいのですが、大丈夫ですか?』
「あぁ、乗りな」
『ありがとうございます』
スイとコハクが荷台に乗ると、二十歳前後のハンターが一人いた。コハクの言う通り、顔見知りでスイと同じランクのハンターだ。
『お疲れ様です。相乗りさせてもらいますね』
「お疲れ。どうも」
馬車代は複数人で乗る場合、等分して払うのが基本だ。折半した金額をハンターに渡す。
オアシスに着くまでの雑談の中で、スイは三日後に西大陸から旅立つ事を話すと、ハンターは驚いた顔をした。
「急だな……でも、そうか。レイラ様の頼み事なら行かない訳にはいかないよな。しかし、スイに先を越されたかぁ」
『先を越された?』
「俺もDランクになったら別の大陸に行こうと思ってたんだ。でもオアシスは居心地が良くて離れがたくて……なんて言い訳だけどな。ずるずると決断を先延ばしにしてきた。俺も、これからの事をちゃんと考える事にするよ」
『もしオアシスから出るなら、その内また何処かで会うかもしれませんね』
「そうだな」
「二人とも、オアシスに着いたぞ」
到着の言葉にスイ達は荷台から降りる。御者に礼を言い、スイはローフェル商会に向かう為にハンターと別れた。
「ぎりぎり日没までに戻ってこれたな」
薄青色から橙色へと変わっている空には濃灰色の雲が浮かんでいる。
『うん。急いでローマンさんの所に行こう』
町の人々にぶつからない様にスイとコハクは走り抜ける。ローフェル商会の店に着いた時、ちょうどローマンが店の外に出て来ていた。
『ローマンさん!』
「おや、坊ちゃん。そんなに急いでどうしたんだい?」
『お店が閉まる前に、依頼の品をお渡ししようと思いまして』
「何と! もう採ってきてくれたのか!?」
早くても明日だろうと思っていたローマンは驚愕の表情でスイを見る。
『はい。此処で出しても大丈夫ですか?』
「いや、中でお願いしたい。リッツ、店番を頼む」
ローマンに応接室へと案内される。オアシスで消耗品を扱う店としては珍しく、ローフェル商会はテントではなく石造りの建物で商売をしている。
「このテーブルの上に出してくれるかな」
『解りました。まずは上解毒草を四十本……近くに擬態蝶が飛んでいたので、多めに採ってきました』
「そうか。それは助かるよ」
ローマンが一本一本上解毒草を検品していく。スイは次に上薬草を四十本出し、続けてイエローナッツを取り出そうとして、手を止めた。
『コハク、部屋の外に出る?』
「……
臭いは確かに嫌だが、コハクはスイの従魔としての矜持もある。主の側を離れるのは抵抗があり、決めあぐねている。
「どうしたんだい? 何か問題が?」
『コハクにはイエローナッツの臭いがきつすぎるみたいで……』
「あぁ、成程! こちらはそれでも構わんよ」
『じゃあコハク、外に』
「……
決断した様で、コハクはスイの足元に伏せた。
『無理しなくて良いんだよ?』
「
コハクが動く気配が無いので、スイはテーブルの上にイエローナッツを二十個出した。
「………………」
『……無理、しなくて良いんだよ……?』
「……
コハクは両方の前足で鼻を覆って涙目になっていた。
全ての検品を終えると、ローマンはアイテムボックスに素材を入れて、コハクの為にか、窓を開けた。
「上薬草、上解毒草、イエローナッツの納品を確かに確認したよ。ありがとう、坊ちゃん」
『いえ、余分に採ってきた分はどうします?』
「良ければこちらで買い取らせてもらいたい。依頼分の三十本も品質は問題無かったが、あればあるだけ助かるからね」
『解りました。お願いします』
「うむ」
ローマンは目配せをすると、壁際に立っていた秘書が部屋を出て行った。
「今代金を持ってくる。少し待ってくれ」
『はい』
ちょうど良いのでスイは今、話を切り出す事にした。
『今日依頼を請けたのは、ローマンさんにご挨拶をしたかったのもあったんです』
「挨拶?」
『はい、三日後に西大陸を出て、中央大陸の王都に行く予定です』
ローマンは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻してひとつ頷いた。
「ハンターになって世界を旅すると言っていたものな……そうか……思ったより早かったが、坊ちゃんはもうDランクにまで上がったからなぁ」
『お世話になりました』
「いやいや、こちらこそありがとう。坊ちゃんはいつも確実に、丁寧に依頼を遂行してくれるから私も本当に助けられたよ。それに、今日会えて良かった」
『え?』
「ローフェル商会の本店は中央大陸の王都にあってね。此処は支店なんだよ。私は会長として定期的に支店を回っているんだが、そろそろ王都に戻ろうと思っていたんだ」
『……という事は……』
「私が出立するのは坊ちゃんの後だが、もしかしたら王都で会うかもしれないね。良かったら、本店にも寄ってくれ。品揃えは私が保証するよ」
『解りました。是非寄らせていただきます』
ドアがノックされ、ローマンが促すと秘書が入ってきた。スイに余剰分の素材の代金が入った袋を渡す。
『ありがとうございます』
「今日採ってきてもらったのは商品とする分もあるが、王都に戻る為に自分達で使う分も含まれているんだ。多めに採ってきてくれてこちらこそ有難かったよ」
スイは代金と依頼完了証明書を受け取り、立ち上がった。ローマンも同時に椅子から立ち、応接室の外に出るとそのまま建物の出入口まで見送りに出てきた。
「それでは坊ちゃん。まだ早いが……元気でな」
『はい。ローマンさんも』
スイは頭を下げて、ローマンと別れた。精算をするべく、ギルドに向かう。
『(……森を出て、初めて会ったのはローマンさん達だったな)』
砂漠でバンディットウルフに襲われているのを助けたのがきっかけだった。
砂漠に必要な装備や、相手と対等である為に必要な事など教えてくれた人。彼の護衛であるアンガスやジェフにも世話になった。
『(王都でも会えると良いな)』
スイは空を見上げた。すっかり陽が沈んだ空は群青色に変わり、無数の星が瞬いていた。
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