第33話 拾われ子が通らなければならない道 後編

 エルムはコハクに先導されて上層への道を必死に走っていた。

 松明をコハクが咥えている為、周囲は暗闇でもエルムは前を見失う事無く走れる。


「はぁっ、はぁっ……あぅっ!」


 まだ震えが残る足を無理矢理動かしているせいで、地下空洞を出てから何度も転んでいた。ズボンの膝部分は破れ、手の平や腕にも擦り傷が出来て血が滲んでいる。


「ぐるぅ……」


「だ、大丈夫だよ……早く、ハンターさん達を呼んで来なきゃ……行こう、コハク……!」


「ぐるっ」


 コハクが前を向いて走り出すと、エルムもそれを追って走りながら、助けに来たスイの事を考えた。

 顔や腕に切り傷が出来ていた。地下空洞に来るまでに戦ったのだろう。そしてあの淡く緑がかった白い髪。


「(……僕のせいだ)」


 無属性魔法には、容姿を変えられるものがあると言うのを聞いた事がある。調整次第では姿形はそのままに、髪や眼の色だけ変えられると言う事も。


「(僕が攫われたせいで怪我させて、僕を逃がす為にきっと隠してた事も……あの魔法も解いたんだ……)」


 コハクの持つ松明の灯りが、滲んで見えた。袖で涙を拭う。


「(泣くな……! 自分のせいで迷惑を掛けているんだから、せめて早くハンターさん達を呼んでくるんだ……!)」


 ――バゴンッ!


「ぐるぁっ……!」


「わっ! コハク……? どうしたの?」


 上から聞こえた響く様な音と、急に立ち止まったコハクにエルムは戸惑いながら声をかける。コハクは耳を頻繁に動かしていたが、一度エルムを振り返るとまた走り出した。


「わっ……ま、待って……!」


 一階層上がった所で、エルムの耳にも自分達以外の足音が聞こえた。思わず足を止めたエルムをコハクが振り返る。


「ぐるる」


「こ、この足音って……ハンターさん達の……?」


 盗賊団だったらどうしよう、と不安な気持ちでコハクに訊ねると、コハクは一鳴きしながら頷いた。


「ほ、本当に……? 良かった……じゃあ、急がないと……!」


「ぐるっ!」


 双方の足音が近くなる。そして互いに、視界の向こうに自分達とは異なる灯りを見つけた時、漸く足音は止まった。


「ぐるる!」


「コハクか!?」


「ぐるっ!」


 曲がり角からシュウが顔を見せると、コハクはシュウに駆け寄った。


「コハク、スイはどうした?」


「ぐるるる」


 コハクがエルムを振り返る。コハクは人語を話せないので、エルムが話すしかない。


「君は……エルムだな? これを飲め。怪我が治る」


 エルムは渡された回復薬を飲み干し、急いで伝えるべき事を話す。


「スイ君は一番下で、盗賊団のボスって人と戦ってます……ボ、ボクとコハクは、ハンターさん達を呼んできてって……お、お願いです、早くスイ君、スイ君の所に……!」


 怖いのか、不安なのか、自分でも原因が解らない涙が溢れた。同い年のスイが一人戦っているのに、自分は何も出来ずに泣いている。そんな自身に、エルムは嫌悪感を抱いた。


「よく頑張った」


「……え……」


 大きな手で頭を撫でられる。ゴーグルのレンズで目は見えないが、怖くはなかった。


「ウィルベスター」


「おう」


「保護対象を発見した。だが、スイが最下層で盗賊団のボスと戦っているらしい。恐らくこのふたりを上に向かわせる為の足止めも兼ねてる」


「バッ……また一人で無茶しやがる……!」


「俺はこのまま最下層に向かう。二・三人着いてこい。それ以外はウィルベスターと共にエルムを地上まで連れて行け。盗賊団の残党がいるかもしれんから気をつけろ」


「了解」


「気を付けろよ。ルオツィネが見当たらねぇ」


「解っている。コハクも着いてくるか?」


「ぐるっ!」


 当然だと言わんばかりにコハクは鳴くと、上がってきた道をまた駆け下りて行った。


 スイとルオツィネは、同時に地下空洞に向かってくる気配に気付いた。


『(思ったより早かった……B・Cランクハンターの集まりだし、それもそうか)』


「……戦いの最中に考え事なんて、幾ら何でも舐めすぎだ」


『そう言うあなたこそ、ボクを馬鹿にし過ぎです』


「! くっそ……!」


 横振りの一撃をショートソードでいなし、氷礫アイスバレットを放つ。ルオツィネは寸での所で躱したが、右の耳朶が裂けた。


「素直で可愛らしい子どもだと思っていたが、蓋を開けたら小憎こにくらしいな……そろそろ終わりにするか」


 ルオツィネは後方に跳び、スイから距離を取ると地魔法を発動させた。


大地の棘アースニードル!」


『! くっ……!』


 地面から次々に巨大な棘が隆起してくる。スイは走りながら避けるが、隆起物はスイを追う様に方向を変えてきた。


「追尾するよ」


『……氷槍アイスランス!』


 氷柱よりも大きな、幾つもの氷の槍が地面の隆起物をへし折りながら飛んでいく。


「あぁもう、ホンットに鬱陶しいな……!」


『……風を纏いし氷槍トルネードアイスランス!!』


「何っ……!?」


 異なる属性魔法の合わせ技の習得は、才能に寄る所が大きい。複数属性を持っていて、尚且つ異なる属性魔法を同時に発動し、完全に制御しなければならない。魔導師でも中々出来ない技だ。

 渦巻く風の刃を纏った氷槍がルオツィネに飛んでいく。掠っただけでも風の刃に切り裂かれるそれは、直撃したらどうなるか言うまでもない。


「可愛い顔して、やる事がエグいな!」


『いざとなったら顔で隙を作って、この技で敵を葬りなさいと養祖母に教わりました』


「教える事がエグい!!」


 力のこもった声が地下空洞に響く。その最中にも氷槍はルオツィネに襲いかかり、左腕を半分程切り刻んだ。


「ぐぁぁっ!!」 


『終わりです』


「……それは、どうかな……?」


『何を……っ!?』


 背後に感じた地の魔力。振り返れば、丸太の様な形で、しかし丸太よりも太い岩の塊がスイの腹を強く殴りつけた。ショートソードが手から離れて遠くに滑っていく。


『ぐがっ………うぁっ!!』


 スイの身体が勢い良く吹っ飛び、壁に叩きつけられた。欠けた壁の欠片と共に、地面に落ちる。


『がふっ…………ご、ゴーレム……!』


「ご名答。俺は地魔法は上級まで使えるんでね。大したものだよ、ハンタースイ。俺にこの魔法を使わせるなんて」


『……ぐっ……!』


「無理するな。咄嗟に氷の盾アイスシールドを張ったのは素晴らしい判断だけど、それでも内臓に受けたダメージは相当な筈だ」


 ルオツィネの言う通り、氷の盾はいとも容易く砕かれ、スイの肋骨は数本折れた。喉の奥から血が込み上げる。呼吸の度にひゅーひゅーと嫌な音が鳴る。


『ゲホッ……!』


 地面に鮮血が落ちる。呼吸がしづらく、身体能力が徐々に下がっていく。


「よく頑張ったよ、スイ。でも残念だった。経験が浅いんだよ。あと十年、君が歳を取ってたら多分俺が負けてた」


 ルオツィネがスイの首元を掴んで、無理矢理立ち上がらせる。

 スイは苦痛に耐えながらルオツィネを睨んだ。右手を強く握る。覚悟と共に。


「あぁ、でもやりすぎたな……これじゃあ人質にならな…………」


 途切れた言葉。ルオツィネの左胸に突き刺さる氷の剣。それは、スイの右手に握られていた。


「……氷魔法で、剣を……」


 スイの首元から手が離され、ルオツィネが地面に倒れる。ルオツィネの身体の下からじわじわと血溜まりが拡がっていく。


「………、………」


 一度びくんと跳ねて、ルオツィネは動かなくなった。創造主が死んだ事で魔力供給が断たれ、ゴーレムも停止し、崩れて残骸と化した。


『………………』


 スイは右手に持つ氷の剣を見る。今し方、ルオツィネ人間の心臓を貫いた剣を。


『(……肉に突き立てる感触を、心臓を貫く感触を……)』


 絶対に忘れてはならない。

 絶対に慣れてはならない。

 でも、自分含め誰かの命を守る為に、躊躇ってはならない。

 ハンターは人々の生活を脅かすモノを狩る者。

 それは――。


『(人間が相手でも、変わらない)』


 氷の剣が砕け、スイの手から零れ落ちていく。何も無くなった右手を握り、スイは目を閉じて、マリクとシュウに言われた言葉を反芻した。


 シュウ達が最下層に着いた時、地下空洞は静まり返っていた。駆け下りている最中に響いていた音や振動はすっかり消えている。

 光魔法が浮かぶ広い空間。その壁際に、白い髪のスイが後ろ姿で立っていた。


「スイ!」


 シュウが名を呼ぶと、ゆっくりと振り返ったその顔は青白く、口元と襟首を中心に服と胸当てが所々血に染まっていた。


『……ハンターシュウ……あっ』


 思い出した様に声をあげたスイだが、直後顔を歪めた。


『痛っ……!』


「スイ! どこを痛めた!?」


『あうぅっ……!』


「くるるる……!」


 前に身体を折ったスイを支えようとシュウが腹に手を当てると、スイが苦悶の表情で悲痛な声をあげた。ゆっくりとそのまま座らせて、背中を支える。

 コハクは心配そうに二人を見上げ、周りをおろおろと行ったり来たりしている。


「おい、あの岩の塊、もしかしてゴーレムじゃねぇのか……!?」


 シュウが顔を横に向けると、離れた所に確かにゴーレムらしき形が所々に残る岩の塊があった。ゴーレムは地属性の上級魔法だ。風属性持ちのスイは攻撃をくらってしまうとダメージが大きくなる。


『ケホッ……!』


 嫌な音の呼吸をしながら咳込んだ拍子に、スイの服が新たに血に濡れる。


「内臓……もしや骨もか……! スイ、上回復薬だ。口を開けろ」


 ゆっくりと開かれた口に、上回復薬が流し込まれる。嚥下し終わると、もう一本流し込まれた。


「飲んでおけ。一本じゃ治りきらない。すぐに医療ギルドに連れていく。すまんが、もう少しだけ我慢してくれ」


 スイは頷くと、か細い声でシュウを呼んだ。


「何だ?」


『……ごめんなさい……その人、盗賊団の、ボスなのに……ボク……』


 殺してしまいました。

 そう告げたスイに、シュウは首を左右に振る。


「謝る事はない。確かになるべく生かして捕らえろと言われているが絶対ではない。自分達や人質の命が優先だ。上で捕らえた奴等からも話は聞ける」


 シュウはスイの頭を撫でる。


「スイはやるべき事をやった。お前が気にする事は何も無い。よく、戦った」


 スイは小さく口を開けたが、何も言わずに閉じると頷いた。


「帰りは俺が運ぶから、スイは寝てて良い。疲れただろう?」


『…………すみません……じゃあ、お願い、します…………』


「あぁ、よく頑張った。おやすみ」


 シュウの大きな手がスイの目を塞ぐ。暗くなった視界、あたたかい手。スイの意識はすぐに沈んでいった。


『………………』


「(……流石に寝付くのが早い。これだけ魔法を使えば当然だが)」


 広い空間に残る、地魔法、氷魔法、風魔法の痕跡の数々。ルオツィネの鎧や壁の一部にある焦げた後からして、雷魔法も使った事が見て取れる。


 シュウはスイにフードとお面を被せると、背中と膝裏に手を添えて持ち上げた。


「お前達はそいつを運んでくれ」


「了解……あれ、顔が……!?」


「どうした?」


「ルオツィネの顔が、違うんです……」


 見ると、確かにギルドを出る前に見た三十代位の顔とは違って五十代位の別の男の顔をしていた。しかし、ギルドで見た顔でもある。


「指名手配書の顔と同じだな。変装ディスガイズを使っていたんだろう。死んだ事で元の顔に戻ったんだ」


 指名手配書が貼られた掲示板の一角に、長年貼り続けられた手配書。それが漸く、討伐済みとなり、剥がされる事になる。


「……シュウさん」


「何だ?」


「スイ坊のその髪と眼は……」


「こんな珍しい色をしてるんだ。自衛手段のひとつやふたつ、必要だと思わないか?」


「……そうッスね。変な事訊きました。すみません」


「急いで戻るぞ」


「「「はい」」」


「ぐるっ」


 コハクはいつの間にか、スイの手から遠くに離れていたショートソードを咥えていた。シュウはそれを受け取ると、スイの腰にある鞘に戻した。


 シュウ達はスイの傷に響かない様に配慮しながら、それでも急ぎ足で地上に向かい、ウィルベスター達と合流した。

 メッセージバードの報告を受けたハンターズギルドからサンドホースの馬車が数台派遣されていたので、ハンター達は捕らえた盗賊団と共に馬車に乗り込みオアシスに戻る。

 エルムは地上に残ったハンター達と共に一足先に遺跡を離れ、オアシスの家族の元に送り届けられていた。


 オアシスの町に着くと、シュウがスイを抱えて降り、ウィルベスターもそれに続いた。


「セオドアへの報告は俺達に任せろ。シュウはすぐにスイを医療ギルドに連れていけ」


「解った。頼んだぞ」


「あぁ」


 シュウはコハクと一緒に医療ギルドへと急ぐ。

 職業柄、怪我をする事が多い冒険者・ハンターズ両ギルドの近くにあるそこは、治癒魔法での治療を主としている。

 回復薬で治せなかった傷や、パッと見では解らない身体内部の傷の治療で訪れる者が多い。


「ハンターだ。重傷者の治療を至急頼みたい」


「承知しました。此方へどうぞ」


 案内された部屋に置かれたベッドにスイを寝かせる。治癒士からの質問に、解る範囲でシュウは答えていく。


「最後に、この方の持つ属性はお解りですか?」


「風と水と無属性だ。だから地属性以外の魔力で頼む」


「承知しました。治療を始めます」


 治癒魔法は特殊な性質で、地・水・光の三属性に属する。

 三つの内、いずれかの属性を持つ者が扱える可能性があり、その者が持つ属性の魔力によって発動されるので、属性相性が悪いと傷の治りが遅くなったり、強い不快感を与える事になる。

 最悪の場合は傷が悪化する事もあるので、患者の属性には充分注意を払う必要がある。発動時の詠唱は、どの属性でも変わらない。


「……上回復薬を飲ませたとの事ですが、肋骨が二本折れた後があり、内臓にも損傷があり非常に危険な状態ですね。重度の疲労と、魔力もほぼ枯渇……相性が良い水の魔力で治癒魔法をかけます」


「頼む」


「では……ヒーリング!」


 ひんやりとした魔力がスイに降りかかる。苦しげだった表情は穏やかになり、早かった胸の動きも穏やかになった。


「……傷の方は完治しましたのでもう大丈夫ですが、かなり疲れている様なので数日ゆっくり休ませる必要があります。此方でお預かりしましょうか?」


「いや、世話になってる宿で休ませる」


「承知しました。もし何かありましたら、いつでもお越しください」


「あぁ、ありがとう」


 シュウを治療代を支払うと、スイを抱きかかえて医療ギルドを後にした。そのまま宿屋ブレスへと向かう。


「いらっしゃ……ドアは私が開けるわ」


「すまん、頼む」


 シュウに抱えられているスイを見て、ジュリアンはすぐに部屋の鍵を持って先に階段を上がった。

 スイの部屋のドアを開けるとシュウが入り、ベッドにスイを寝かせた。ジュリアンも部屋に入ってきて、棚に置いてあるタオルを洗面所で濡らしてシュウに渡す。


「顔を拭いてあげて。私は出ていくから」


「助かる」


 スイの事は何も知らない筈だが、何か察するものがあるのだろう。ジュリアンは特に語らずに階下へ降りていった。

 シュウはスイのお面を外して顔を拭く。口元にべったりとついていた血は綺麗にとれた。コハクが心配そうにスイの頬を舐める。

 スイはこのまま三日間、眠り続けた。

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