第32話 拾われ子が通らなければならない道 中編

「何だ!?」


「ハンター共だ!!」


「数はこっちのが多い! 殺るぞ!」


 怒号と金属音の応酬の中、スイとコハクもそれぞれ一人ずつ対峙していた。


『(……エルム君……! 生きてる!)』


 遺跡の奥に、両手両足を縛られ、猿轡を嵌められているエルムが見えた。涙を流しながら震えている。


「オイ、ガキなんざ早く仕留めろよ!」


「うるせぇ! てめぇこそ、その猫みてぇなのに手間取ってんじゃねぇ!」


『ふっ!』


「ぐぁっ! く、クソガキがぁ……!」


 男の胸が斜めに裂け、血が舞う。しかし傷は浅く、致命傷には至らない。


「はっ、てめぇ、人殺した事ねぇな? そりゃそうか、まだガキだもんなぁ」


『…………!』


 躊躇った。踏み込めなかった。大丈夫と言っておきながら。


「言葉をひとつ教えてやるよ。殺られる前に殺れって言葉をなぁ!」


『――氷結フリーズ!』


「な……にぃ!? テメッ……」


 両手剣を握る両手と両足を凍らせ、動きを止めた隙を狙ってスイは渾身の力で、相手のこめかみにショートソードのポンメルで殴りつけた。呼吸法で強化された力での一撃に、相手の意識は飛んだ。


「ぐるるるぁっ!」


「この猫、魔法を……!?」


 コハクも岩礫ロックバレットを発動させて相手を追い詰める。


「クソッ、痛ぇ! 石礫ストーンバレットじゃねえぞコレ……!?」


 岩礫も石礫も地魔法だが、岩礫の方が大きさと威力が一段階上だ。スピードと当たり所によっては、これだけで相手を死に至らしめる。


「え」


 飛んでくる拳大の岩から顔を庇う為、両腕で覆った一瞬を狙ってコハクは相手の背後に跳ぶ。そしてそのまま、首筋に牙を立てた。


「………………」


 どさりと音を立てて倒れた男は、もう二度と起きる事はない。


『……コハクは、強い、ね……』


「ぐるぅ?」


『何でもない、ハンターシュウ達を手伝お……エルム君は?』


 先程までいた場所には誰も居ない。遺跡内部を見回しても、誰かが保護している様子もない。考えられるのは。


『……あの奥か!』


 隠し扉の向こう。地下空洞へ至る通路。

 ハンターの中で手が空いているのは、まだスイだけだ。


『……行かなきゃ……!』


「! スイ!」


 シュウの声には振り向かず、スイは隠し扉に向かって走り、コハクも後に続く。扉に魔力を流すと、大きな音と共に勢い良く開いた。一人の時は大きく聞こえたこの音も、今は戦闘の音や声に掻き消されかけている。


『(だから気付けなかったのか……!)』


 アイテムポーチから松明と火の魔石を取り出して火をつけると、下層に感じるふたつの気配に向けて道を走り抜けた。

 気配を追って辿り着いたのは、砂漠の真下の地下空洞。スイが適性試験の日に落下してきた場所だ。光魔法と思しき光があちこちにふよふよと浮いている。スイは松明を遠くに放った。

 そして、エルムと一緒にいた人物に目を向ける。


『……あなたも盗賊団の一人だったんですね。もしかして奴等が言っていたボスもあなたですか?』


「……驚かないんだな? 」


『そんな気がしてましたから』


 適性試験の日、スイを最初に見つけたハンターだった。


『ルオツィネさん、ですよね』


「名前まで覚えていてくれたとは光栄だよ。英雄のお孫さん」


「エルム君を離してください」


「嫌だと言ったら?」


『……ボクはハンター。あなたは盗賊団のボス。やるべき事を、やるだけです』


「解りやすくて結構」


 ショートソードを構えたスイに、ルオツィネがにんまりと嗤った。


 金属音と破裂音が空間に響き渡る。スイとコハクは、ルオツィネと一進一退の戦いを繰り広げていた。


「やるなぁ……これでもCランクにまで上がった身なんだけ、どっ!」


『くっ……最初から、盗賊団だったんですか?』


「……いいや? 最初は、真面目にハンターをやってたよ」


『なら、何故盗賊なんかに……!』


「最初は、ただの興味だったんだよ」


『……興味?』


「そう。ちょうどいい、話がてら、休憩にしようか」


 ルオツィネはエルムに近寄ると、首筋に剣身を当てた。


「…………!!」


 ガタガタと震えるエルムに、スイが怒りを顕にする。


『お前……!』


「何もしないよ。君とコハクがそこから動かない限りは」


『…………!』


「……ハンターに憧れる子どもって、いつの時代もある程度いるんだよな。そういう俺も、昔はその一人だったけど」


 ルオツィネは昔話を語り始める。


 ある時、俺に凄く懐いてくれた子がいたんだ。ちょうど君やこの子位の歳の子だった。

 ハンターさん、ハンターさんって。

 町で会う度に声をかけてきて、俺の話を聞きたがった。可愛いもんだったよ。慕ってくれて、こっちも悪い気はしない。時間がある時は話を聞かせた。

 ある時ね、ふと……そう、本当にふと、思ったんだ。こんなに慕ってくれるなら、簡単に騙せるんじゃないかって。

 それで、試して見た。特別にモンスターと戦う所を見せてあげるよって。

 そしたら、大喜びでね。簡単についてきてくれた。幸いな事に……あ、俺にとっての幸いだけど。あの子は色は珍しくなかったけど、見目がとても整っていてね。人身売買をやっている奴等の所に売りに行ったら高値で売れたんだよ。

 ハンターやってるのが、馬鹿らしく思えるくらいに。


「……それからだね、コンスタントに攫うようになったのは。そしたら勧誘される様になったから、この盗賊団に正式に入ったって訳。今じゃボスの座まで登りつめた」


『………………この』


「ん?」


『外道が…………!』 


「褒め言葉だ」


『コハク!』


「ぐるっ!」


「あーあ、動いちゃうんだね」


 エルムの首筋に当てられた剣身が滑る――その前に。


『させない!』


「ぐあぁぁあっ!?」


 ルオツィネの手首を、突如現れた氷柱が貫いた。

 コハクはエルムの腕と足を纏めるロープに爪と牙を立てて解いていく。

 スイは更に大型の氷柱を複数出して、ルオツィネに向かって撃ち出しながらエルムに走り寄った。ルオツィネはエルムから離れ、氷柱を地魔法と剣で迎撃する。

 その隙にスイはエルムの猿轡を外して、手を取った。


『エルム君、立てる?』


「う……うわぁぁぁ……! スイぐん………!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でスイの手を取ったエルムの手は震えている。


『ごめんね、来るのが遅くなって。上にもハンターが沢山来てるから、もう大丈夫だよ』


「ありら……あり、ありがとう……!」


 ガチガチと歯を鳴らしながら、それでも礼を述べたエルムに、スイは出来るだけ笑って見せた。


『一緒に町に戻ろう』


「そうはさせるか……!」


『!!』


 魔力の気配にスイは大きな氷の壁を創った。氷柱状の岩が当たり、両方とも割れて落ちた。


「さっきも……そして今も。無詠唱の魔法……もしくは、精霊術か?」


『……さぁ、どちらでしょうね』


「……部下に時々言われた言葉がある。今、それが身に染みるよ……ボスは慎重過ぎるとは、その通りだ」


 右手首から夥しい量の血を流しながら、ルオツィネは狂った様に笑う。


「あの時、君を保護せずにそのまま攫ってしまえば良かった。淡く緑がかった白髪とオッドアイに精霊術の使い手なんて、売れば一生遊んで暮らしても釣りが来る位の額になったのに」


『……やっぱり、バレていたんですね』


「俺は目が良いからね」


『……じゃあ、もうエルム君じゃなくてボクを狙えばいいじゃないですか』


 スイは変装ディスガイズを解く。後ろから小さく「えっ」と声が聞こえた。

 スイはちらりと、下層に続く階段を見てすぐにルオツィネに視線を向ける。そのまま、後ろのエルムに話しかけた。


『エルム君、歩けるならひとつだけお願いがあるんだけど、良いかな?』


「ぐずっ……ひっく……う、うん、大丈夫……」


『コハクと一緒に上に戻って、ハンターの皆を連れてきて欲しい』


「えっ……ス、スイ君は……?」


『ボクはこの人を止める。ハンターとして。だから、頼めるかな?』


 振り向かない後ろ姿に、エルムは涙を拭うと頷いた。


「わ、解った……すぐに連れてくるから、ちょっとだけ、待ってて……!」


『ありがとう。コハク、エルム君を頼んだよ』


「ぐるぅっ!」


「……そう簡単に行かせると――」


『行かせます』


 ――バチィッ!


「!?」


 ルオツィネの前を雷が横切った。


『行って!!』


「ぐるぅっ!」


 コハクはスイが放った松明を咥えると、エルムを連れて上層への道を走っていった。

 スイは左手に雷の魔力を集め、右手のショートソードを一振した。


「ふ……ふははは……本気じゃないか……そしてその姿、まるで精霊のようだ……!」


『……そうですね。多分、本気です』


「……へぇ?」


『ボク、生まれて初めてです。こんなに腹が立ったの』


 静かに語るスイの眼は、酷く冷たい。


「………………!」


 ルオツィネの背中に悪寒が走った。目の前にいるのが、子どもとは到底思えなかった。


『すぐに皆が来ます。例えボクを殺しても、逃げられません』


「人質位にはなるだろうさ。特に、ハンターシュウは随分と君に執心しているようだし」


『……人質にはならないと思いますけどね。ボクの命より、あなたを捕まえる事をきっと優先します』


「君は自分の価値を解ってないな」


『外道に役立つ様な価値を持つくらいなら、自分で捨てます』


 ――バチィッ!


「クソッ……!」


 スイの左手から放たれた雷がルオツィネの脇腹を掠めた。鎧から煙が上がり、焦げた臭いが鼻をつく。


『(維持は出来る様になったけど、狙った所に撃つのはまだ駄目か……!)』


 変装を解いた事で他属性魔法の同時発動による魔力干渉は完全に消えたが、それでも制御しきれていない。

 スイは雷の魔力を消し、氷の魔力に変える。


氷礫アイスバレット!』


石礫ストーンバレット!」


 石と氷がぶつかり、氷の欠片が煌めきながら落ちていく。この魔法の衝突を皮切りに、スイとルオツィネは再び命の鬩ぎ合いを始めた。

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