第31話 拾われ子が通らなければならない道 前編

「立ち止まったままなら問題なく維持出来る様になったな。じゃあスイ、剣を抜け」


『はい』


 左手に雷魔法を発動直前の状態で維持し、スイは右手でショートソードを抜いた。


「今から氷礫アイスバレットをスイに向けて撃つから、左手の魔法は維持したまま剣で撃ち落とせ」


『え』


「いくぞ」


『え、は、え……!?』


 真っ青な砂漠の空の下、無数の氷が飛び、砕ける音が鳴り続けた。


『…………死ぬかと思った…………!』


「この位では死なないさ。属性相性もあるしな」


『も、もう集中力の限界です……!』


「休憩にするか」


『ふはぁっ……!』


 どさりと音を立てて、崩れる様にスイは砂の上に座った。その際、左手に集まる雷魔法の魔力は霧散させた。


「動くとまだ短時間しかもたないが、それでも大した進歩だ。後は戦いながらだな」


『……うぇぇ……』


「慣れるまでだ、つらいのは。繰り返している内に慣れる。氷魔法もそうじゃなかったか?」


『そうでしたけど、雷の方が難しい気がします……コツは無いんですか?』


「有るには有るが」


『が?』


「言語化するのが難しい」


 場数を踏んで自分の中で見つけるしかないらしい。




『はぁ、はぁ、はぁ……』


「日没までまだ時間はあるが、今日はここまでにするか。スイ」


『はい……?』


「格段に良くなってる。焦らず、訓練を続けるぞ」


『はい……コハクー、町に戻ろー……』


「ぐるっ」


 大岩に向かってスイが呼びかけると、魔法に万が一でも当たらない様にと裏に隠れていたコハクが顔を見せた。

 覇気のないスイには手が差し出された。


「手、貸してやろうか?」


『自分で立ちます』


「あ」


『あ』


 真顔で立ち上がり、一歩踏み出したスイだったが足に力が入らず、膝から崩れ落ちて顔から砂に突っ込んだ。




『……痛たた……』


「運んでやれば良かったな」


『いりません』


 オアシスに戻り、宿に向かう為に歩いていると、宿の前で会うのは珍しい人物が立っていた。


『ネイト』


 ネイトはスイに気付くと、眉を下げた。


「スイ……今帰ってきたのか?」


『うん』


「じゃあエルムを見て……ないよな……」


『……何かあったの?』


 ただならぬ様子に緊張が走る。


「さっき、エルムの母さんに聞かれたんだ。今日どこかで見てないかって。あいつ、今朝家の手伝い終わって外に出てからずっと家に帰ってないらしくて……」


 スイの目が見開かれる。


「たまに俺やスイと話してるから、その内帰ってくるだろうって思ってたんだって。でももう夕方前なのに何処にも居ないらしいんだ」


『エルム君のお母さんは?』


「冒険者とハンター両方のギルドに入っていくのを見た。なぁ、もしかして、これって盗賊団の仕業なのか?」


「エルムと言うのは、たまにスイと話していた明るい髪に竜胆色の眼の少年の事か?」


『そうです』


「……断定は出来ん、が、可能性はあるな」


「そんな……!」


 ネイトの顔が悲愴に歪む。面倒見が良い彼はエルムの事も気にかけていた。


「スイは――」


『ボクも行きます』


 宿に戻れと言われる前にスイは先手を打った。シュウはそれを止めずに頷いた。


「疲れている筈だ。決して無理はするな」


『解ってます。ネイト、ボクらはギルドに行く。何か解ったら知らせるから』


「……解った。俺に手伝える事があったら、何でも言ってくれ」


『うん、ありがとう』


 ネイトと別れ、スイ達は道を戻りギルドに向かう。仮にエルムが攫われたとして、スイには心当たりがあった。


『……もしかしたら……』


「どうした?」


『前に、視線を感じたって話をしましたよね』


「あぁ」


『あれ、町の中で感じたのは二回なんです。そして二回共、近くにエルム君がいた時でした』


「……狙われていたのはスイではなく、あの子だと言う事か。一理ある。見た目だけなら、西大陸ではよくある色に変えているスイよりも、あの子の方が余程珍しい」


『……急がないと』


 ハンターズギルドに入ると、中は緊張感が漂っていた。セオドアが二人に顔を向ける。


「シュウ、スイ……その顔は、誰かから聞いたか?」


『ネイトから聞きました。エルム君が朝から行方がわからないって』


「スイ、先程の仮説を支部長に話しておけ」


「仮説?」


『実は――』


 スイはシュウに話した事をセオドアにも話す。話終わると、セオドアの表情は厳しさを増した。


「……確かに、可能性はある……」


 セオドアはハンター達を見回して声を張り上げた。


「ハンター達に緊急依頼だ! 内容はエルムと言う少年の捜索及び保護。全員で砂漠をくまなく捜せ!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 ハンター達の声で建物が微かに揺れた。


「スイ、ウィル……それと、シュウ」


 セオドアは三人を呼び寄せる。


「お前達は、あと何人かを連れてオアシスより南西の遺跡を調査してくれ。そこが一番怪しい。スイ、前に話してくれた、盗賊団らしき奴等がいたと言う遺跡に皆を案内してくれ」


「「了解」」


『解りました』


 地下探索をした時に、隠し扉を隔てて感じた嫌な気配の集まり。そこにスイとシュウとウィルベスター、そしてウィルベスターが声をかけた七人の計十人で向かう事になった。

 二ヶ月以上仕事していると、ハンター達とは皆顔見知りになる。


「坊主、また案内人か」


『はい。よろしくお願いします』


「やぁ、スイの坊や」


 声を掛けてきた男に、スイは適性試験の日の事を思い出した。


『試験の日にボクを見つけてくれた方ですよね』


「覚えててくれたんだな。今日はよろしく頼むよ」


『はい。よろしくお願いします』


 スイ達の後ろで、Bランクハンターの二人も挨拶を交わしながら歩く。


「Bランクのウィルベスターだ。あんたの話は聞いているが、話すのは初めてだな」


「シュウだ。ランクは同じ。よろしく頼む」


「あぁ。スイ、早速案内を頼む」


『はい』


 町を出るとオアシスよりやや南西に向かう。既に太陽は傾いている。暗くなるまであと数時間だが、砂漠は広い。歩いていては時間が足りないので、スイとシュウは呼吸法で、他の八人は身体強化ストレングスの魔法で身体能力を上げて遺跡まで急いだ。

 幾つかの砂丘を越えて、遺跡が見え始めた時、先頭のスイとそれに続くシュウがスピードを緩めた。最後尾にいたウィルベスターが二人に近寄る。


「……居るな」


『はい。数は……えっと……十四……いや、十五……?』


「十五だな。ひとつ、周りとは別の気配がある。スイ、多分当たりだ」


「……マジか、俺ら全然判んねぇのに……坊主もこの距離で気配感じるのか?」


『はい。でもこの距離だとちょっと遠くて、数の把握はまだ自信持って出来ないです』


「俺は気配すら感じれねぇよ」


「それはお前が未熟なだけだ」


 ウィルベスターの指摘に男は落胆したが、すぐに気を取り直した。


「デイヴァー、メッセージバードでセオドアに報告だ」


「了解」


 デイヴァーと呼ばれた男はメッセージバードに言伝ると、オアシスに向けて飛ばした。


「向こうは十五……一人が保護対象なら敵は十四人か。対するこっちは十人」


「ぐるるるっ!」


「うぉっ!? な、何だ?」


『多分、自分もいるぞって言ってます。だから十一人だね、コハク?』


「ぐるっ!」


「なるほどな、小せぇのに見上げた根性だ。スイに似たな。じゃあこっちは十一人」


「奴等と会話が成立するとは思えんから、俺とウィルベスターで五人…………スイ」


『はい』


「……前に俺が言った事、覚えているか?」


 シュウの問いに、スイは一瞬目を伏せて頷いた。


『……ハンターは狩る者。相手が人間でも、それは変わらない……』


「そうだ。やれるか?」


『………………』


 盗賊団は犯罪者の集まり。冒険者やハンターは犯罪者を見つけ次第捕らえるのが義務付けられている。主犯格はなるべく生かして捕らえなければならないが、それ以外は生死を問わない。

 しかし主犯格の場合でも、自身や仲間の命が危うければ殺すのもやむを得ないとされている。


「無理なら下がっていろ。覚悟が無いまま突っ込んでも邪魔になるだけだ」


『……やります』


「……スイ、無理は――」


『ハンターシュウ! ボクも、やれます……!』


「………………」


 腰のショートソードを掴む手は、震えているが、眼差しは強い。


「…………ならば、俺とウィルベスターで五人請負う。他は一人ずつ対応しろ。早く終わった者は俺達の方に来てくれ。スイ、本当に大丈夫だな?」


『……はい……!』


「解った。コハクも一人頼むぞ」


「ぐるっ!」


「では気付かれない様に、一度散開して気配を消して遺跡に近付く。合図したら全員で乗り込むぞ」


 全員が了解の返事をして、距離を取って散開する。スイはコハクと共に遺跡へと近付く。遺跡との距離が近くなると、感じていた気配は鮮明になった。


『……エルム君だよね、やっぱり』


「ぐるっ」


『……何でもっと早く気付けなかったんだろ……』


 そうすれば、こんな目に遭わせずに済んだかもしれないのに。スイは自分の未熟さを悔やむ。


『…………今こんな事言っても仕方ないよね』


「ぐるぅ……」


『ボク、やるよ。コハクも、死なないようにね』


「ぐるっ!」


 一人と一匹、決意を胸に遺跡へと向かう。

 そして十一人全員が遺跡周辺に集まった。中からは声が聞こえる。


「後は明日の朝の船に乗ってコイツを売りに行くだけだ。ったく、時間かけさせやがって」


「だから早く攫えっつったんだ。もたもたしてるから他のガキとつるむ様になっちまったんだろうが。つーかあのハンターのガキも一緒に攫わなくて良かったのか? ボスが目をつけてたんだろ?」


「あのガキは思った以上に敏い。異常個体アノマリーを倒しただけの事はある。下手に手を出しても噛まれるだけってのがボスの見解だ。今は妙な獣も連れてるしな」


「見つけた獲物を考えもせずに飛びついてばかりじゃ、長生き出来ねぇって事か」


「そーかい……ま、こいつだけでも充分高値で売れるだろうしな。紫色の眼は人気があるし、こいつの性格ならサディスト気質な奴等の大好物だろ」


 品のない嗤い声に、スイは頭に血が上るのが解った。自分の左手で右腕を押さえつけると、食い込んだ爪が皮膚を破った。


「……よく抑えた」


 囁き声に振り向くと、シュウがすぐ側にいた。回復薬を取り出し、スイの右腕に掛ける。


「怒りは突入してから奴等にぶつけて構わん。味方は巻き込まない様にな」


『……はい……ハンターシュウ』


「何だ?」


 スイがシュウの耳元で話すと、シュウは頷いてスイの頭に手を置いた。


「……俺は配置につく。スイ、コハク、死ぬなよ」


『はい。ハンターシュウもお気を付けて』


 ハンター全員が配置につき、各々が得物に手をかける。

 シュウが頷くと、ウィルベスターが号令をかけた。


「突入しろ!!」


「「「おうっ!!」」」


 出入口や窓から突入したハンター達の奇襲により、遺跡内部は騒然となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る