第22話 拾われ子と灰色獅子狼

 輝いていた月と星が消え、群青の夜空が薄ら白くなった頃、スイは近付いてきた気配に顔を上げた。


「ドラゴンはもう居ない様だ。その仔の親は……亡くなっていた」


 その知らせにスイは目を伏せた。

 ドラゴンと灰色獅子狼アサシンレオウルフ、双方の気配が消えて数時間。生きていればきっと仔を迎えに来る筈なのに一向に来ないから、何となくそんな気はしていたのだ。


「出血量から恐らくドラゴンも相当な深手を負っているから逃げたんだろう……スイ、その仔を親の所に連れて行こう」


『え、でも、亡くなってるんですよね……?』


「そうだ。だからその姿を見せて親の死を理解させる。その後は……一匹で生きていく事になるだろう」


『……解りました』


「上れるか?」


『はい』


 アイテムポーチから普通のバッグを取り出し、肩に掛けるとその中に灰色獅子狼の仔を入れて崖を登った。

 ドラゴンと灰色獅子狼が戦っていた場所へと向かうと、地面は抉られ、亀裂が入り、周囲の木々はなぎ倒されて激戦を思わせる様な有様だった。

 そこに、血の海で横たわる灰色獅子狼が居た。

 バッグから出された仔は、親に駆け寄る。


「ぐるるる……」


 匂いを嗅いだり、親の顔を舐めたりしていたが、やがて動きを止めて顔を上げた。


「オォーン……オォン……アオーーーン!」


 小さな身体から発された高い遠吠え。

 スイは灰色獅子狼の前にしゃがむと、手を合わせて感謝と冥福を祈った。


「……理解した様だな。後は何処へでも……」


『あれ……?』


 灰色獅子狼の仔はスイの足に擦り寄り、離れようとしない。


『……灰色獅子狼って、人に懐いたりは……?』


「危険度B+で、冥府の暗殺者だぞ。聞いた事が無いが……身体が小さいし、産まれたばかりだからなのか……? それでも普通は本能で人を警戒したり、襲うと思うが……」


『……モンスターって町に入れても良いんですか?』


「テイマーならテイムしている証拠を見せれば問題無いが……スイ、テイムのスキルは?」


『持ってません……』


「…………どうするか」


 まだ小さいとは言え、灰色獅子狼の幼獣だ。人間の子どもを殺せる力は持っている。安易に町の中に入れる訳にはいかない。


「無理矢理置いていくしかないか……? スイ、町に向かって歩いてみろ」


『は、はい』


「ぐるるる」


 スイ達が歩けば仔も着いてくる。スイ達が止まれば仔も止まった。


「ちょっと抱えるぞ」


『え? ぅわぁぁっ!』


 スイを抱えたシュウが走ると、灰色獅子狼の仔も全速力で追いかけて来た。


「これは多分諦めてくれないな……」


『は、速っ……』


「常時、呼吸法を使ってるとこんなものだ」


『(そう言えばこの人、昨日全速力の灰色獅子狼と並走してた気がする……)』


 静かにスイが引いてると、シュウはこめかみを掻きながら唸った。


「んん……テイムスキルが無い者が使う道具が有った気がするな……支部長に訊いてみるか」


「ぐるるる!」


『……人の言葉、解ってる……?』


「言葉そのものは理解してないと思うが、何となく通じてはいるかもしれないな。知性のあるモンスターもいるくらいだ。ドラゴンもその一種だが」


『そっか、元を辿れば真龍エレメントドラゴンですもんね……』


「……ったく、九死に一生とはこの事だな。すっかり太陽も昇った事だし町に戻ろう、スイ」


『はい……君も、行こう』


「ぐるっ!」


 てしてしと歩く音を聞きながら、スイとシュウはアードウィッチの町に戻った。

 ドラゴンの咆哮は町にも届いており、皆不安に怯えながら一夜を過ごした様で夜が明けた後も厳戒態勢だった。

 そんな中、警備中のハンターの一人がシュウに気付き、驚いた顔をした。


「ハンターシュウ! 無事だったのか! ドラゴンの声は響くわ、夜になっても戻って来ないわでギルドはてんやわんやだったんだが……その、あの子は……?」


 スイの姿が見えない事に気付き、ハンターの男は顔を青くしたがシュウは問題無いと答えた。灰色獅子狼の幼獣を町に入れる訳にはいかないので、スイは町の外で待っている。


「ちょっと事情があってな、今は街の外に待機している。支部長はギルドにいるか?」


「いる筈だ。ドラゴン出現の対応に追われていると思う」


「解った」


 シュウはギルドに急いだ。中に入ると、先程のハンターと同じ様に皆最初はシュウの帰還を喜んだが、二週間近く共に行動していたスイの姿が無いと知ると悲愴な顔をした。


「勘違いしているようだが、スイは生きてるし怪我もしてない。支部長はいるか?」


「此処だ、シュウ! よく戻った! スイは?」


「街の外にいる。その事で話がある」


 シュウはドラゴンと灰色獅子狼、そしてその幼獣の事を話した。


「灰色獅子狼の仔がスイに懐いた?」


「あぁ。だがスイはテイムのスキルを持っていない。だから一旦外で待ってもらっているんだ。町に入れられる方法は無いか?」


「……懐くのか? アレ……」


「現に懐いてるんだから懐くんだろう。疑わしいならその目で見てみろ」


「いやまぁ……う"ぅん……解った、ちょっと待ってろ」


 ヴァレオンはギルドの倉庫へ行き、数分後に箱を持って戻ってきた。

 そのままギルドを出て、シュウと二人で町の外へ向かう。


「ドラゴンの射程圏内に入ってよく助かったな。正直、捜索を出すのが憂鬱だったんでな……無事で良かったよ」


「俺がそう簡単に死ぬものか」


「お前の心配はしてねぇよ」


「しろよ」


「はっ、そんな口きく奴が死ぬもんかよ。ただスイがなぁ……皆心配したんだ。あの子が物言わぬ状態で戻ってくる所は見たくねぇが、未発見で捜索を終わらす事になるのも嫌だと本気で思ったよ」


「良い子だからな、気持ちは解る。一時、魔力と殺気を乗せた咆哮に当てられたがすぐに立て直した。不安定な所もあるが、上にいく素質はある」


「ほぅ……そりゃあ五年十年先が楽しみだな」


「五年後はBまで上がっているかもしれん。ハンターを続けていれば、十年後は間違いなくAになっている」


 シュウの言葉にヴァレオンは愉しげに笑った。


「現役Bランクハンターにそこまで言わせるとは、余程の逸材だ。アードウィッチ専属になるよう今から目をつけておくか……」


「オアシス支部長が随分気に入っているという話だから難しいと思うぞ」


「セオドアか……ぐぬぅぅ……そういやぁ彼処はハンターマリクを亡くしたばかりだしなぁ……」


 Aランクハンターは数が少ない。現在は各大陸合わせても二十人程しかおらず、Aランクハンターが居る町の方が珍しい。

 今回のアードウィッチの様に、ドラゴン等危険度Aランクのモンスターが出た場合の討伐戦力として、Aランクハンターを囲っておきたいのは何処の町も同じだ。


「あぁ、いたいた。スイ、待たせたな」


『いいえ、大丈夫です』


 町の外、山道とは逆側の出入口の近くで、スイはしゃがんで木の棒を揺らし、灰色獅子狼の仔はそれにじゃれていた。


「……おいおい、本当に冥府の暗殺者が人に慣れてんじゃねぇか……撒かなかったのか?」


「撒こうとしたさ。全速力で追い掛けて来られたから諦めた」


「あー……」


『……やっぱり、町の中には入れられないですか……?』


「幼獣とは言え危険度B+は楽観視出来ねぇからな、そのままじゃ駄目だ。だからコレを着けてもらう」


 ヴァレオンが箱から取り出したのは首輪だった。漆黒の魔革に透明な石が付いている。


「従魔の首輪だ。テイムスキルの無い者がメッセージバードとか弱いモンスターを従えたい時に使う。モンスターの魔力が一定量より多い場合と、モンスター側が従うのを拒否した場合は首輪は着けられん。その時は残念だがそいつは町には入れられんと言う事になる」


『従魔……無理矢理従えるって事ではないんですか?』


「モンスター側の意思も尊重される。この石にスイの魔力を入れるんだが、その魔力をそいつが拒否しなければ首輪を着ける事ができる」


「モンスター側の魔力が多いと使えんってのは、単純に強いモンスターはこれでは従えられんって事か」


「そうだ。あくまでテイムスキルの無い物が、弱いけど生活の中で役立つモンスターを従えたいって時に使うもんだからな。強いモンスターを従えさせる力は必要無ぇ。そんな事すると悪用されやすいしな」


『……ドラゴンを従えて侵略とかですか?』


「出来るかどうかは別として、そう言う事だ 。スイ、この石に魔力を入れろ。風属性以外の方が良いな。入れたらこいつに近付けるんだ」


『はい』


 スイはヴァレオンから首輪を受取り、石に魔力を入れた。すると、透明だった石が青色に変わった。


『これ、着けてくれる?』


 首輪を近付けると、灰色獅子狼の仔はふんふんと匂いを嗅いだ。石に顔を擦り付けると、輪の部分に自ら頭を入れた。首輪の石が青くチカッと光ると、灰色獅子狼の仔の首にちょうどいいサイズに縮小し、ぴったりと収まった。


『これは……?』


「成功だ。良かったな、スイ」


『は、はい。ありがとうございます、ヴァレオンさん』


「構わねぇよ。それよりそいつに名前付けてやったらどうだ?」


『名前……名前……? アンバー……はそのままかな……』


「アンバー?」


「あぁ、眼の色か。まるで魔宝石みてぇだもんな」


「そうか、此方ではアンバーと言ったか」


 シュウの呟きを聞いて、スイは顔を上げて訊ねた。


『此方では? 別の地方では違う言い方なんですか?』


「あぁ。東の方では琥珀と言うのが主流だ。アンバーでも通じなくはないが」


『コハク……コハク……』


 響きが気に入ったのか、スイは何度か繰り返すと、灰色獅子狼の仔に顔を向けた。


『コハクって名前はどうかな?』


「ぐるっ!」


『決まりました!』


「早いな」


 ヴァレオンは笑って頷いた。


「良いんじゃないか? 灰色獅子狼は地属性持ちだからな。地属性を象徴するアンバーの別名はぴったりだと思うぜ。じゃあ町に戻るか」


『はい。行こう、コハク』


「ぐるっ」


 コハクは上機嫌にスイの後を着いていき、アードウィッチの町の中に入った。

 パッと見、普通の猫か、小型の猫系モンスターに見えるコハクは出会った人には概ね受け入れられ、宿屋にも入れる事の許可がおりた。

 ドラゴン出現について、最も近くにいたスイとシュウはギルドに詳細を報告しなければならなかったが、ヴァレオンの配慮により翌日以降になる。

 この日スイは、宿屋に着くと部屋に入ってすぐに深い眠りに落ちていったのだった。

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