第21話 拾われ子達を襲う天災
「そう思うか?」
『確実ではないと思いますけど』
「どうすれば良いと思う?」
『……裏から回って敵を討てばまだどうにか』
「かしこまり」
『………………り、りー……』
「はい、集中力切れてるし呼吸も乱れてるのでやり直し。ついでに五秒経ったのでしりとりは俺の勝ち」
『……うーーーー……!』
しりとりに負けて、ダメ出しもされて、スイは行き場の無い苛立ちを抱えて唸った。
スイがアードウィッチに着いて四日目。
ゲルベルトがスイとシュウの武器を打っている間、ゲルベルトに出された条件を満たす為に、シュウはスイに自身の技術を教えていた。
『(どうやって切り出すか、悩んでた呼吸法を教えてもらえる事になったは良いけど、難し過ぎる!)』
呼吸法。呼吸の方法であり、それを用いた身体強化術だ。魔法ではなく、スキルにあたる。
呼吸法は数種類あり、自己治癒力も含めた身体機能の向上や、心を落ち着かせて集中力を高めるもの等、効果は多岐に渡る。
「深呼吸すれば気持ちが落ち着く、逆に走り回ったり緊張したりで呼吸が乱れば苦しくなる……呼吸の仕方ひとつで身体が受ける影響は、スイが普段してるやり方でも結構大きい。ほら、イライラを鎮めて息と心を整えろ」
『……すぅー……はぁー……』
「そうだ。そのまま教えたやり方に変えてみろ」
『……すぅーーー……はぁーー……すぅー……』
「返事はしなくていい。さっき渡した木剣で、呼吸を乱さずにこいつを斬ってみろ」
シュウが投げたのはただの拳大の石。スイはそれに駆け寄り、木剣を振り抜いた。
『っ!』
切り口付近が大きく欠けたが、それでも石は両断された。
「驚いても呼吸を乱さない」
『すぅーーー……』
「そうだ」
『はぁーー……』
「(他に意識が向かなければ出来てはいる。後はやはり慣れだな)」
思考や会話、戦闘等他の動作をしている時にも自然に使える様にならなければ、呼吸法は意味が無い。
「スイ」
『?』
言われた事を守り、返事をせずに目で何かと訊いて来たスイにシュウは笑みを浮かべて、今スイが持っている物よりも大きめの木剣を渡した。
「その大きさで一般的なショートソードだ。魔法も使って良い」
シュウも自分の得物と同形の木剣をアイテムバッグから取り出して構える。
「今から俺と手合わせだ。勿論、呼吸法を使いながら」
『くっ……!』
「よしよし、よく避けた。でも避けてばかりじゃ駄目だ。反撃してこい」
『このっ……!』
「
ゴオッ、とスイの真横を渦巻いた空気の塊が通った。後ろにあった大岩が割れる音がスイの耳に聞こえた。
「無詠唱に慣れていない魔法はなるべく使うな。威力が弱すぎる」
『(同じ魔法で、無詠唱でこの威力……!)』
シュウは強かった。Bランクハンターの地位は伊達じゃない。
あまり攻めには出てこないが、スイの攻撃を躱したり受け止めたりしては、時折隙を狙う様に剣撃や威力を下げた魔法を撃ってくる。
決して本気では狙ってこない。その証拠に、スイの全身は擦り傷は幾つも出来ていたが、動けなくなる様な傷はひとつも無い。
『(強い……でも久しぶりの手合わせだ……)』
マリクが伏せる前は毎日の様に森で剣を合わせた。もう数ヶ月以上前の事になる。
『(……たの、しい……!)』
剣を振る度に、魔法を撃つ度に、避けられる度に、攻撃される度に。
経験が蓄積されて、力となるのを実感する。
スイは、知らずの内に微笑っていた。
「(……素質はある……これは、化けるかもしれない)」
この日の二人の手合わせは日が沈むまで続いた。
『……、……、……』
「疲れて動けないか。ほら、今日もこれ飲んでおけ」
渡されたのは回復薬。グレードは一番下の物だ。ボロボロのまま戻ると、主にシュウが非難轟々の目に遭うので毎回帰る前に渡されている。
回復薬の瓶の蓋を取り、呷るスイと向かい合う様にシュウが地面に腰を下ろした。
「スイは、ハンターマリクに憧れてハンターになったのか?」
『そうです。ご馳走様でした』
「お粗末様。スイは……あー……」
シュウは珍しく言い淀んだが、スイに訊ねた。
「……ハンター以外の道を歩もうとは思わなかったのか?」
『思いませんでした。何度か勧められはしましたけど。おじいさまとおばあさまの様に、人を助けながら世界を見てみたいと思ったんです。それに、公的身分証明書を取るならハンターしか無かったので』
「あぁ、なるほどな……まぁ、下手に貴族の所に行くよりかは、そうか……」
『ハンターシュウはどうしてハンターに?』
「俺は…………秘密だ」
『駄目です、狡いです。ボクは答えたのに』
「大人は狡い生き物だぞ、覚えておけスイ」
『答えになってません!』
「はっはっは、じゃあ少しだけ教えてやる」
そう言って立ち上がったシュウにつられて、スイも立ち上がって尻に付いた土を払った。
「探しものをな、しているんだ」
『探し物?』
「あぁ、もう五年以上経つ」
『…………』
「ほら、宿に戻るぞ」
ゴーグルで見えない筈なのに、酷く悲しい目をしている気がするのをスイは感じた。
宿に帰り、夕食を摂って風呂に入って眠り、朝になると山中で呼吸法を使いながら手合わせ。
それを繰り返して十日程経った頃、事件は起きた。
――グルォォォォォ!!
『!?』
「!?」
山中に咆哮が響き渡った。びりびりとした殺気がぶつかり、スイの肌は鳥肌が立った。
「スイ! 気配を消せ!」
『は、はい……!』
戦闘訓練中だったとは言え、気配感知は疎かにはしていなかった。シュウも咆哮が聞こえるまで気づいていなかったので、モンスター側が完全に気配を消していた事になる。
息を潜め、体勢を低くして木々や大岩の裏に二人共身を隠す。
殺気と共に肌にぶつかってくる感覚にスイは覚えがあった。
『……これ、魔力ですよね……?』
「魔力だ。それもこの感覚……多分、ドラゴンだ。
『……堕龍……!?』
ドラゴンは東西による姿形だけではなく、他にも
真龍は神や精霊として存在するドラゴンであり、堕龍はその真龍が人やモンスターから生まれる悪意や瘴気に長く当たり続けた結果、自身がモンスターと化してしまったドラゴンだ。
真龍は堕ちてモンスター化するが、堕龍から真龍に戻る事は無いと言われている。一度堕龍になったドラゴンから産まれる仔は、産まれた時から堕龍なので、世界各地で堕龍は緩やかにだが増え続けている。
そして堕龍の危険度ランクは、個体差によって少々バラつきがあるが、すべてAランクとなっている。危険度Aとは、世界屈指の防衛力を持つ王都が滅ぶ可能性があるという事だ。
モンスター討伐のプロであるハンターですらCランク以下は人々の避難誘導や警備に回り、BランクがサポートをしてAランクが主体となって討伐に挑む程のモンスターだ。それでも討伐は確実とは言えない。
町ひとつ簡単に滅ぼせる天災、それがドラゴンだ。
「……何かもうひとつ……ふたつか? ドラゴンじゃない気配があるな……」
『……戦ってる……?』
「多分そうだ。スイ、そのまま聞け」
『は、はい』
「ドラゴンとはまだ距離がある。このまま気配を消して、町に戻る。他のハンター達と合流するぞ」
『はい……!』
二人で周りを窺いながら、山中をなるべく音を出さずに走る。手合わせをするから被害を出さない様にと離れていたのが仇となり、町はまだ遠い。
『……! 近付いてくる……!』
「速い! くそっ、追い付かれる!」
――ザザザザザザッ
風の様な速さで現れたのは、濃灰色の被毛に琥珀色の眼を持つ四足のモンスター。
『……め、冥府の暗殺者……!』
「
冥府の暗殺者の通り名を持つ灰色獅子狼は、危険度ランクB+。アサシンの名を持つモンスターの中では珍しく毒を持たない。濃灰色のしなやかな身体を持ち、素早く、そして音を出さずに移動しては獲物を鋭い牙と爪で屠るのが通り名の由来だ。雄と雌で姿形が少々異なる。
その灰色獅子狼は、スイ達を襲わず並走していた。見ると、何かを咥えている。
『襲ってこない……?』
「理由は解らんが好都合だ、このまま逃げるぞ……!?」
――グルォォォォォ!!
最初よりも近くから聞こえた咆哮に二人と一匹の動きが止まった。
「追いかけて来ている……! スイ、すまんが抱え……スイ!?」
『……かふっ…………けふっ……』
スイは硬直し、呼吸困難に陥っていた。大きく見開かれた目は瞳孔が開いて涙が溢れ、口からは唾液が零れている。その髪は白く、眼も赤錆色ではなくなっていた。
「強すぎる殺気と魔力に当てられたか……!」
シュウはスイを抱きかかえて全速力で走った。灰色獅子狼もそれに続く。
「スイ、スイ、大丈夫だ、落ち着け。俺の声が聞こえるか?」
こく、と頷いたのを見てシュウは話しかけ続ける。
「こういう時こそ呼吸を意識しろ。呼吸が乱れると心身も乱れる。そうなっては何も出来ない」
『は……い』
「深く息をして、整えるんだ。全身を血と魔力が巡るのをイメージしろ」
『すぅ……はぁ……』
「よし、それで良い。維持出来るよう意識しろ。移動と戦闘は今は俺に任せておけ」
『はい……すみま、せん……』
「気にするな、ドラゴンなんて誰にとっても想定外だ」
スイと話しながらシュウは途中で方向を変えた。
「(……町に龍を連れていく事は避けねばならん……だがこのままではスイが……)」
ハンターは町とそこに住む人々を守らなければならない。町にドラゴンを引き連れて行く訳にはいかず、シュウは苦渋の決断で進行方向を変えたが、このままでは自分とスイの命が危ない。
「(俺だけならまだしも、この子を死なせる訳には……!)」
「グルルルル」
「!」
くぐもった声が聞こえた方を向くと、灰色獅子狼がシュウを見ていた。
『……口に咥えているの、子ども……?』
スイの言葉に、よく見てみると確かに灰色の被毛を持つ小さな身体が見えた。
「グルルルル……」
減速して足を止めた先は崖だった。
「グルッ」
『……えっ』
灰色獅子狼は咥えていた仔を崖下に放ると、走り去った。下に生えている茂みに落ちた音がした。
そして間を空けてから、走り去った方向からドラゴンとは違う、恐らくは灰色獅子狼のものと思われる凄まじい殺気が感じ取れた。
「まさか、向かっていったのか!?」
『…………こどもを、すてた………?』
「……スイ?」
スイの脳裏にフラッシュバックする光景。
紅い眼の男と、母親の怒声。
――出て行きなさい!
『そんな……!! 嫌だ、捨てないで!』
「スイ!? どうした、スイ!」
『嫌だぁぁあ……!』
「スイ! 駄目だ、とりあえず……!」
錯乱状態に陥ったスイを宥めようとするが、スイの目はシュウを見ていない。何処か違う
シュウはスイを抱えたまま、崖下に下りた。ちょうど山に食い込む形で窪みが出来ており、先程の場所からは見下ろしても見つからない様になっている。
シュウは灰色獅子狼が放った仔を見つけ、スイと共に抱えると窪みに背を預けて座った。スイの向きを変えて背中から抱える様にし、仔を預け、そしてスイの頭を撫でた。
空の色は橙色から途中で紫色に変わっている。太陽が沈みかかっているのが解った。
『……ひっ…………ひっく……ぐすっ……』
「誰に何をされたのかは知らんが、俺はお前を捨てて一人で逃げたりはしない」
『…………はぃっ……』
しゃくり上げる小さな白い頭は、少しずつ落ち着きを見せてきた。
「ぐるる……」
『……え……あ、怪我してる……』
「何?」
『脚の所、血が出てます……モンスターに回復薬って効きます……?』
「効いた筈だ。ただ、人間向けに作られてる物だから人間よりは効きにくい筈」
スイはアイテムポーチから回復薬を出すと、灰色獅子狼の仔の脚にかけた。
驚いて跳ねた仔が、かけられた所を舐めている。
『な、舐めちゃ駄目だよ……あれ、回復薬なら良いのかな……』
「経口摂取になるからな、悪くはなさそうだが」
人間よりは時間がかかったが、傷口は塞がり、灰色獅子狼の仔はスイに抱かれて眠った。
スイは起こさない様に立ち上がると、シュウの懐から離れて隣に座った。マントを外して、灰色獅子狼の仔を包んで地面に置いた。
「何だ、俺は別に構わないが」
『……ボクが構います』
「……今日はこのまま此処で夜を明かす。感じると思うが、向こうで殺りあってるからな。両方……少なくともドラゴンがいなくなったと確信出来るまでは町に行けん。連れていく可能性がある。気配はずっと消しておけ」
『解りました』
「……落ち着いたか?」
『……はい。その、すみませんでした……迷惑をいっぱいかけて……』
「……モンスターに追い掛けられてる時に錯乱するのは、ハンターとしては不合格だな」
『……はい……すみません』
スイは目を伏せる。正論なので何も言い返せないし、言い返す気も無かった。
一般人ならともかく、スイはハンターだ。狩る者がそんな状態に陥っては逆に狩られるだけだ。
「だがまぁ、事情があるんだろ。並々ならない何かが」
『………………』
「正直、話してくれるなら聞きたい。まぁ、スイの秘密はもうひとつ知ってしまったが」
『……え?』
シュウは自分の頭を指差した。
「髪。気付いてなかったか?」
『髪? え、あ、わぁっ……! じゃ、じゃあ……!』
「眼の色もだな」
スイはマントのフードを深く被ろうとして空を掴み、今は外している事を思い出した。
いたたまれなくて両手で顔を隠す。ドラゴンの咆哮を聞いてからと言うもの、醜態ばかり晒している自分が情けなくなった。
「まぁ、多分
『そ、そうです。バレてたんですか……?』
「上手く抑えてはいるが、魔力感知に長けている奴には分かる。俺もそうだが、あとは魔導師とかな」
『……西大陸では、ボクの髪と眼は珍しい色だからって教えてもらって……』
「そうだな。白髪の若い人間は北大陸と、各大陸から人が集まる王都でもたまに見るが……各地を旅してきた俺が見てもその眼は珍しい。だから変装を?」
『そうです。西大陸は人攫いの盗賊団がいるからって』
「……そうだな」
『………………ボク、七年前に西大陸に来たんです』
ぽつり、その呟きを皮切りにスイは自分の事を話し始めた。母に出て行けと言われ、ドラゴンと共に西の果ての森に墜落した事から始まった七年間を。
誰彼構わず話して良い話ではないと養祖父母に言われていたが、スイはシュウならば大丈夫かもしれないと思った。
それに、もう心が限界だった。七年前の記憶が蘇る度に、猛烈に心が蝕まれた。抱え続けた
『……さっきも、この仔が此処に捨てられたのを見て、思い出してしまって……っ!』
スイは咄嗟に目を瞑り、口を両手で覆った。嗚咽が漏れる。また七年前の始まりがフラッシュバックしているのだ。
『い、いつまでも、こんなんじゃ駄目だって、解ってるんです、けど……』
きつく閉じられた瞼の隙間から涙が滲み出て、流れ落ちた。
その涙が片方、拭われた。
『?』
「……悪かった。
『……あんなに迷惑をかけたんです。話さないと……話しても、あんな足手纏、許されないのに……』
「……灰色獅子狼や、一部のモンスターはな……」
突然話を変えたシュウに、何事かと思いながらもスイは黙って話を聞く。
「自分と仔に危険が及んだ時、崖下とか谷底に仔を置いていく事があるんだ。何でか解るか?」
『……自分が助かる為ですか?』
シュウは首を振る。
「多くのモンスターや動物はそれを理由にそうする。自分さえ生きていれば子孫は残せるからな。でも灰色獅子狼達は逆だ。仔を助ける為にそうする」
『……え』
「外敵に見つかりにくい所に仔を置き、親である自分が敵に向かう事で仔を逃がそうとするんだ」
『…………じゃあこの仔も、捨てたんじゃなくて…………』
「そうだ。だからな…………」
シュウはゴーグル越しにスイを見下ろし、頭に手を置いた。
「……スイの母親も、そうだったんじゃないだろうか」
『……え?』
「スイは、面と向かって母親に出て行けと言われたのか?」
『……そう…………あれ、そう、じゃない……?』
スイは記憶を辿る。
出て行きなさいと言われたのは確かだ。
だがその声は、背後から聞こえた気がする。その声が聞こえた時、自分が見ていたのは紅い眼の男だった。
『……
「……出て行けと言ったのは、その男にだったんじゃないか?」
『………………』
「……何かがあって、母親は男からスイを守ろうとした。でもそれが出来なくて、止むを得ずドラゴンに託したとしたら……スイを、家から逃がす為に」
『……私は、捨てられたんじゃなかった……?』
翡翠と燐灰石の眼から、ぶわりと涙が溢れた。
「そうだ……多分な。俺はそう思う」
『……私も、そう思いたい、です……』
スイは膝を抱えて顔を埋めた。七年間苛まれた記憶に差した一筋の光に、スイの心は苦しみの中に未だありながらも希望に打ち震えた。
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