第20話 拾われ子と鍛冶師ゲルベルト
『(……暑い……朝か……)』
室内の暑さでスイは目覚めた。窓を開けて身体を伸ばす。そのまま上体を捻った後に屈伸をして軽く身体を解した。
アードウィッチのハンターズギルドが予約してくれた宿屋ハンマーも、各部屋毎に風呂が付いている。
スイは寝ている間にかいた汗を流してから着替え、部屋を出て宿屋併設の食堂に向かった。
「おはよう、スイ」
『……おはようございます、ハンターシュウ』
「硬いな。昨日も言ったが、君くらいの歳の子ならシュウおじさんでも良いんだぞ」
『やめておきます、ハンターシュウ』
食事中でもゴーグルを着けているシュウがそこに居た。
何故シュウが此処にいるのかと言えば、同じ宿に泊まっているからだ。アードウィッチのハンターズギルドは、宿を決めていないハンターにはハンマーを勧めている。料金は高くなく、部屋は清潔で食事はそこそこ美味い。根無草のハンターが求めているものを解っている。
昨夜、顔を合わせたシュウは、最年少ハンターのスイに興味を抱いた様だった。
お互いに自己紹介をした際、「シュウおじさんと呼んでくれても良いぞ」と言われてスイは引いた。
『(子どもが好きなのかな……でもこんな怪しい人に子どもは近付かないと思うな)』
別のテーブルで朝食を摂りながら、スイはチラリとシュウを見た。
歳は三十歳前後か。青と黒が基調の服装で、それ自体は長身で細身なのもあって似合っているのだが、常に着けているゴーグルが不審感を抱かせる。
冒険者でもハンターでも、目を保護する為に砂漠を移動する時や戦闘時に着けるのは珍しくないが、常時着用となると流石に怪しい。
視線に気付いたのか、シュウがスイに顔を向けた。
「どうした? 一緒に食べるか?」
『嫌です』
「冷たいな」
『(……この人、苦手だ……!)』
初対面では服の色のせいもあり、硬くて冷たい印象を受けたが、話してみるとこれである。
ゴーグルに隠されて読めない視線と、一見冷静でしっかりしてそうなのに飄々としているシュウは掴み所が無く、スイは接し方に非常に困っていた。
「だが、この後行く所が同じだからな。そこには一緒に行くぞ」
『……はい』
シュウが此処に来たのは武器の修理、或いは新調が目的だ。二週間前にアードウィッチに着き、ゲルベルトを訪ねて、その腕前を見込んで武器を打ってくれる様頼んだが断られ続けているという。だがシュウは未だ諦める気はなく、毎日ゲルベルトの所へ向かっては頼み続けている。
スイの目的もゲルベルトに会う事だと知ると、案内役を買って出たのだ。
『(二週間断り続けるゲルベルトさんもゲルベルトさんだけど、二週間通い続けるこの人もこの人では……)』
スイは頑固な二人に呆れながら、食事を終えて手を合わせて椅子から立ち上がった。食器を纏めて運ぶ。
『ご馳走様でした』
「あら、お粗末様。わざわざありがとうね」
「女将さん、ご馳走様」
「えぇ、シュウさんも毎回ありがとう」
『(他の人と話してる時は普通に見えるんだけどな……なんで私と話している時は変な人に見えるんだろう)』
「……今何か失礼な事考えてなかったか?」
『ソンナコトナイデス』
「……そうか。じゃあ行くか」
二人で宿を出る。まだ朝の時間だが、町はもう活気づいている。
「鍛冶を始めとした物作りの町だからな。朝早くから皆働く。昼頃には買手も集まってくるからもっと賑やかになるぞ」
二週間居るだけあって、町の事を把握しているシュウが歩きながら説明してくれる。
あそこの店の道具は安いとか、防具ならあの店が値段の割に質が良いとか、そこの店は弟子も腕が良いとか、次から次へと情報が出てくる。
『(町の様子をよく見てるんだな)』
スイが話を聞いていると、町の人がシュウに気付き話しかけてきた。
「おはよう、ハンターシュウ。今日もゲルベルト爺さんの所に行くのか?」
「あぁ、まだ請け負ってもらえてないからな」
「あんたも懲りねぇなぁ……」
「そんな感心される事でもない」
「呆れてるんだよ」
『(呆れてるんだよ)』
男性と同じタイミングで心の中でツッコミを入れたスイが呆れた顔をしていると、男性がスイに気付いた。
「あれ、アンタ子連れだったのか!?」
「そうだったらいいんだがな、こんな可愛い子が居たらハンター辞めてるよ……そうだ、うちの子になるか? スイ」
『絶対嫌です。初めまして、ハンターのスイです』
「ハンター!? こんな小さな子が!?」
「スイは最年少で適性試験に合格した子だ。将来有望だぞ」
こんな
何故か自慢げにシュウが話をしているのを聞きながらそう思った時、スイは自分の父親について考えた。
『(……私の父様……って…………!)』
ドクン、とひとつ、嫌に鼓動が大きく跳ねた。
父親を思い出そうとして脳裏に浮かんだのは、紅い眼の男。
『(……おんなじ、かお……あのひとは……)』
背中を嫌な汗が流れ、顔から血の気が引いていく。
スイの様子が急変した事にシュウが気付き、男性との会話を自然に切り上げるとスイの手を引いて道を曲がり、ちょうどいい高さの塀にスイを座らせた。
「大丈夫かスイ、どうした? 顔色が悪いぞ」
『………………』
言葉が出て来ず、スイはただ頭を左右に振る事しか出来ない。
「此処で待っていろ、いいな?」
今度は頷いたスイを見て、シュウは何処かに走っていった。
『(……違う……同じ顔だけど、違う……父様の眼は、紅くなかった……あの人は違う……!)』
目に両手を当てて、スイは幻像を振り払う様に激しく頭を振った。呼吸が荒くなり、汗が噴き出す。
「……ィ……スイ!」
『!?』
「聞こえるか? 俺の顔が見えるか? スイ」
大きな声で呼ばれて手をどけると、眼前にシュウが居た。
『……は、い……』
「手に力は入るか? これを飲め」
シュウが手渡したのは少々白く濁っている水だった。色を見てスイは躊躇したが、毒じゃないと言われ、恐る恐る口をつけると、レモンの香りが鼻を抜け、甘味を感じた。
『(……あ、これ砂糖水だ……)』
昔、レイラに教わって作った事があるのを、動き出した頭で思い出した。
飲み干すと、狭まっていた視界が急に拓けた気がした。
「気分は?」
『……もう大丈夫です。ご迷惑をおかけして、すみません』
「それは別に良い。急激に体調を悪くした様だったから驚きはしたが……暑さによるものか……? 今日は宿で休んだ方が良いんじゃないか?」
『いえ、大丈夫です。もう歩けますし。ゲルベルトさんの所に連れてってください』
「……本当に平気だな? 無理はするなよ」
『はい』
塀から降りて歩き出す。
紅い眼の男の姿はスイの頭から消え、代わりにシュウの事を考えていた。
『(……近いと、薄ら目が見える……)』
名前を呼ばれた時、間近でゴーグル越しに見えた目はレンズのと混じって色は判らなかったが、スイを心配しているのは確かだった。
変人に見えるが、良い人ではあるのかもしれない。若干シュウの評価を上方修正した所で、そう言えばとスイはオアシスのハンターズギルドでの会話を思い出した。
『(……セオドアさんは疑っていたけど……)』
スイは前を歩くシュウを見上げる。
予想とは違い、大人だけでなく、よく子どもにも話しかけられている。
「シュウおじさん、またゲル爺の所に行くの?」
「あぁ、そうだよ」
「また熱っつい鉄を投げられるんじゃない?」
「坊主達、爺さんを止めてくれないか? 危なくて敵わん」
「ムリー!」
「ムリー! ゲル爺怒ると怖いもーん!」
「頑張れおじさーん!」
子ども達が笑いながら走り去っていく。
溜息を吐いたが、微笑ましげにその後ろ姿を見送っている様子は、
気配が薄いのが気になるが、始終一貫して悪意も感じない。
『(子ども好きではありそうだけど、悪人ではなさそう)』
シュウは人攫いとは多分無関係だと見ながら、スイは後を着いて行った。
「テメェこの野郎! また来やがったのか!」
地下街に下り、ある建物に入った途端に怒声と共に投げつけられた真っ赤な鉄に、スイは驚き、魔法を放とうとして止めた。
スイ達の前で鉄は瞬時に凍りつき、地面に繋ぎ止められている。内部でパキパキと音を立てて氷を溶かしながら、真っ赤な鉄は急速に色を失っていく。
『(……水魔法で鉄と床を繋ぎ、ほぼ同時に発動した氷魔法で凍らせた……)』
淀みのない、流れる様に鮮やかな魔法の発動にスイはシュウがBランクハンターであるのを思い出した。
スイが分析しているのを、不意打ちで固まってると思ったのかシュウが非難の声をあげる。
「おい、ゲルベルト爺さん! 客に対していきなりこんな物ぶん投げるとはどういう事だ。当たったらただじゃ済まないぞコレ」
「テメェそう言いながら毎回余裕で避けてるじゃねぇか!」
「俺じゃない。この子に当たってたらどうするつもりだったんだって言ってるんだ」
「あ"ぁ? この子だと?」
嗄れた声が奥から近付いてくる。
夕陽色の眼と、オレンジがかった赤い髪。豊富な髭も髪と同じ色で、顔にはあちこちに皺が刻まれている。ギルドの受付の男性と同じ様に、外見的特徴からドワーフと解るが、寄せられた眉根と、不機嫌そうに睨んでくる眼が気難しさを如実に現している。
「……本当に子どもがいるじゃねえか。何でそれを早く言わねぇんだボンクラ!」
「声掛ける前に投げてきたんだろうが、クソジジイ」
「あ"ぁん? チッ……驚かせて悪かったな坊主。怪我は無いか?」
『は、はい。大丈夫です』
「何の為に来たんだ? 騎士ごっこや冒険者ごっこに使うなら木剣で良いだろ、此処は危ねぇぞ」
口は悪いが、目の前まで来てしゃがみ自分と目を合わせたゲルベルトは、根は良い人なのかもしれないとスイは思った。
「この子はハンターだ。爺さんに用があって来たんだ」
「おい嘘つけ」
『ほ、本当です。ハンターのスイです』
ギロリとシュウを睨み上げたゲルベルトに、慌ててスイは首から下げてるハンターの証を見せて自己紹介をした。
「……銅鉱石、Eランクの石じゃねえか……ほぅ、坊主が……そういやハンターの連中が一ヶ月位前に子どもがどうたらと騒がしかったが、坊主の事か」
で、とゲルベルトは再びスイに目を向けた。
「俺に何の用だ? Eランクハンターならそこらの武器屋にある物で充分足りるだろ。俺の打った物には負けるが、この町の武器はそこそこ質が良いぞ」
『おじいさまに頼まれて来ました』
「おじいさま?」
『ハンターマリクからの、お手紙です』
そう言ってスイがアイテムポーチから手紙を取り出して差し出すと、ゲルベルトは夕陽色の眼を大きく見開いた。
「…………あのジジイが逝ったか…………」
工房に繋がっている居住スペースに案内されたスイとシュウの前で、マリクからの手紙を読んだゲルベルトは深く息を吐いた。先程までの荒々しさは消えている。
「アンタもジジイだろ」
「うるせぇ、茶々を入れるな」
シュウを睨んだゲルベルトは、スイに顔を向けるとその目を穏やかなものにした。
「そうか、お前さんがアイツの言っていた孫のスイか……改めて、俺がゲルベルトだ。さっきは悪かったな」
『いいえ、お気になさらず』
「……アイツに育てられた割には……いや賢者レイラもいたな。それなら礼儀正しいのも当然か」
『(……昔のおじいさまってどんな人だったんだろ)』
レイラ程、動作も言葉も丁寧ではなかったが、ゲルベルト程荒くも無かった。少しだけ、スイは昔のマリクが気になった。
「お前さんの事は昔、直接聞いてな……物も預かってる。アイツの最期の頼みなら聞かない訳にはいかん。任せろ、俺の渾身の一振を打ってやる」
『え?』
話が飲み込めないスイは目を丸くしてゲルベルトを見た。
「何だ、マリクから何も聞いてないのか?」
『おじいさまからは、ただ手紙を届けてくれと……後は奴に任せてあるとしか聞いていなくて……』
「かーーっ!! 何年、何十年経ってもアイツは言葉が足らねぇな!」
大きな声にびっくりしたスイが肩を跳ねさせたが、ゲルベルトは気にせずマリクへの文句を言っている。
「……マリクと最後に直接会った時にな、頼まれたんだよ。自分の孫にいつか武器を打ってくれってな。その時に金と素材も受け取ってるんだ」
『……おじいさまが……』
「手紙には直接最期の挨拶に出向けない詫びと、お前さんの事を頼むと書かれてたよ」
『………………』
「うぉっ!? な、泣くな泣くな!」
マリクの想いに、耐えきれずに涙を零したスイにゲルベルトが慌てふためく。
ポロポロと零れる涙を止めようと目を擦るスイに、シュウが静かに訊ねた。
「……ハンターマリクが亡くなったのはいつだったか」
『い、一ヶ月前です……』
「……そうか……」
ぽん、と頭に置かれた手の大きさと温かさに、スイの目から更に涙が溢れた。
「おいテメェ、更に泣かしてどうすんだ!」
「良いだろ、泣かせてやれ爺さん。まだ十歳だぞ。育ての親である祖父母が亡くなった傷が、そんな早く癒えると思ってるのか?」
「ぬぅぅ……!」
『ご、ごめんなさい……早く止めます……』
「いい。自然に止まるまでそうしていろ。だが目は擦るな」
ほら、と渡されたタオルを、スイは少し悩んだが素直に受け取り、涙が止まるまで目に当てていた。
『……すみません、もう大丈夫です』
ぐすっと鼻を鳴らしたスイが、タオルから顔を上げた。
『(エルム君の事泣き虫だって思ったけど、人の事言えない……)』
スイはオアシスでの友人を思い出して、少し反省した。
「なぁ、スイ」
『はい?』
「マリクは、お前さんにとってどんな奴だった?」
急な問いにスイは戸惑ったが、七年間の思い出が溢れてくるのを感じながら答えた。
『厳しいけど優しくて、料理が下手で時々おばあさまに怒られてて、でも勇敢で強くて大きい人でした。ボクにとっては、誰よりも』
スイはゲルベルトを真っ直ぐに見つめながら続けた。まだ残っていた涙が、両方の頬を流れ落ちていった。
『心から尊敬する、自慢で憧れのおじいさまで、ボクがハンターとして目指す姿の人です』
「……そうか……良ーい孫を持ったなぁ、アイツは……」
寂しそうに、でも嬉しそうにゲルベルトは微笑った。
「……スイ、そのナイフが今のお前さんの得物か?」
『はい。おじいさまから貰った物です。本当はもう一本あるんですが……』
「見せてくれ。そのもう一本はどうした?」
『……ボロボロにしてしまって、ポーチに』
「それも見せろ」
スイはアイテムポーチから、ヒビが入り、刃こぼれをしているナイフを取り出して渡した。
「……こっちはどんな使い方をした?」
『……魔法剣を試そうと、風の魔力で包みました』
「道理で……微妙に感じる魔力はそのせいか。ナイフとして出来は悪くないが、素材が魔法剣向きじゃない。こうなるのは当然だな」
ゲルベルトの言葉を聞いて、今度はシュウがスイに訊ねる。
「どんな奴相手に使ったんだ? 専用じゃない武器に魔法剣なんて、余程の敵じゃないと使わないと思うが」
『……
「は?」
「……岩蟹って、ここに来るまでの山道にもいるアレか?」
困惑した視線と声に、スイは思わず目を反らした。岩蟹は危険度ランクD-のモンスターだ。スイのハンターランクより上ではあるが、一般的には魔法剣を使って倒す様な敵ではない。
『……その、ボクは力が足りなくて、普通に物理攻撃を仕掛けても相手に効かないんです』
「あぁ、言われてみれば成程な。確かにお前さんの細腕では岩蟹は斬れねぇだろうなぁ」
「今までの戦闘は、全部魔法主体か?」
『そうです』
「
『使えません。おじいさまに教わって何度も練習しましたが、無理でした』
「…………」
「そうか……」
黙り込んだ二人に、スイはいたたまれなくて視線を泳がせる。意味も無く居住スペースに置かれてる家具を見ていると、ゲルベルトが苦々しげに言葉を発した。
「……おい、ハンター」
「どっちの事を指してる?」
「オメェだよ、解ってんだろうが」
シュウを睨んだゲルベルトは、間を空けると確かめる様に訊いた。
「……オメェ、使ってるな?」
「……目が良いな、爺さん。それとも耳か?」
「どっちもだ馬ァ鹿野郎。鍛冶は目で炎の色を見て、耳で鉄の声を聞いて、肌で温度を感じて、魂を込めてやるもんだ」
「流石はこの町一番の鍛冶師だ」
「茶化すんじゃねぇっつってんだろ、ったく……オメェの依頼、請けてもいい。但し条件がある」
「俺の二週間が報われる。で、何をすれば良い?」
薄く笑ったシュウは、解っていながら訊いている。それに気付いているゲルベルトは腹立たしそうに顔を歪めた。
「オメェが使ってるそれを、スイに教えてやれ。それが条件だ」
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